熱流と垂直方向に発電する新しい熱電材料の開発~電極界面が劣化しないメンテナンスフリーな新規熱電モジュールへ期待~

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2024-02-08 産業技術総合研究所

ポイント

  • 新しいゴニオ極性材料群を発見
  • 熱流と電子(ホール)の移動が交差するメカニズムを第一原理計算によって解明
  • より高性能な新材料発見へ期待

熱流と垂直方向に発電する新しい熱電材料の開発~電極界面が劣化しないメンテナンスフリーな新規熱電モジュールへ期待~

従来型(温度差の向きと電流の向きが平行)と新型(温度差の向きと電流の向きが直交)の熱電モジュールの模式図

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)省エネルギー研究部門 後藤 陽介 主任研究員、李 哲虎 首席研究員、村田 正行 主任研究員は、国立大学法人 島根大学(以下「島根大学」という)総合理工学部 臼井 秀知 助教らと共同で、温度差と電流の向きを直交させることのできる特異な熱電材料(ゴニオ極性材料)の開発に成功しました。

一次エネルギーの多くは熱として排出されており、この未利用熱(廃熱)を有効活用するため、熱を電気に変換する熱電材料の開発が世界中で進められています。近年、高い性能を有する新材料の報告が相次いでいますが、実用化されているのは半世紀以上前に発見された、室温付近で動作するBi2Te3系材料のみです。室温より高い温度域で動作する熱電モジュールは実用化されていないことが、廃熱を用いた発電の進展を阻んでいます。特に、従来の熱電モジュールは熱流と発電方向が同じ「縦型」構造であり、発電時に高温熱源と接触した電極界面において元素拡散などの反応が生じ劣化してしまうことから、耐久性に課題がありました。本研究グループは、キャリア密度を精密に制御したMg3Sb2とMg3Bi2の単結晶を作製し、熱流と発電方向が直交する「横型」熱電モジュール実現につながる極めて特異な性質(ゴニオ極性)を発見しました。横型熱電モジュールは、高温部に電極が不要な構成であるために熱劣化が起きにくく、従来型熱電モジュールのボトルネックである耐久性の課題を抜本的に解消できると期待されます。

ゴニオ極性が発現する起源を解明するために第一原理計算を行い、電子のエネルギー状態の異方性により、結晶方位によって電荷キャリアの符号が異なることを明らかにしました。類似の特徴を有する物質が多く存在することから、今回用いた手法を適用すれば、より高性能な熱電モジュールの開発が期待できます。

なお、この技術の詳細は、2024年2月7日(米国東部時間)に「Chemistry of Materials」にオンライン掲載されました。

開発の社会的背景

未利用のまま捨てられていた廃熱を用いて発電する熱電発電は、可動部のない固体デバイスであるため、振動や騒音が発生せず、原理的にはメンテナンスフリーという長所があります。一方で、実際に高温熱源に接触させた場合には、電極界面において化学反応や元素拡散が生じることで性能が劣化してしまうため、実用化に課題を抱えています。この問題を解決するために提案されているのが、温度差方向と発電方向が直交する「横型」熱電モジュールです。この横型熱電モジュールを実現するために、1種類の材料中で電子とホールの移動する方向が結晶方位により異なるゴニオ極性材料(ゴニオはギリシャ語で回転・角度の意味)の利用が提案されていました。温度差と発電方向が直交という特徴に加えて、p型とn型の2種類の半導体を組み立てる必要がなく、1種類の材料で構成されるため、構造が単純で製造が容易となることが期待されます。また、アスペクト比の調整(薄型化)により変換効率が上昇することも予測されています。しかしながら、ゴニオ極性という極めて特異な性質を持つ高性能材料の開発はあまり進んでいませんでした。

研究の経緯

産総研は熱電モジュールを用いて廃熱を有効利用することで、将来のカーボンニュートラル社会の実現に貢献することを目指しており、これまでにも、Bi2Te3系に匹敵する新規材料を開発してきました(2021年4月17日 産総研プレス発表)。現在、従来型の「縦型」モジュールの課題を抜本的に解消する「横型」モジュールを実現するため、島根大学と共同で新材料開発に取り組んでいます。今回、横型熱電モジュールの実現に有望な新しいゴニオ極性材料を発見し、特性発現メカニズムを第一原理計算によって解明しました。

この成果は、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託業務(JPNP14004)の結果得られたものです。また、科学研究費助成事業 挑戦的研究(開拓)(23K17342)により助成を受けています。

研究の内容

・Mg3Sb2とMg3Bi2のゴニオ極性

産総研の研究グループはキャリア密度を精密に制御したMg3Sb2とMg3Bi2の単結晶を作製し、これらがゴニオ極性材料であることを発見しました(図1)。Mg3Sb2単結晶のゼーベック係数の温度変化を図2(a)に示します(電子ドーピングのためにYを少量添加しています)。ゼーベック係数が負の符号を持つ場合は電子が電荷キャリアであり、正の場合はホールがキャリアであることを表しています。本測定結果により、図1中の横方向は電子が、縦方向はホールが主要キャリアであり、本物質がゴニオ極性を示すことがわかりました。後述する第一原理計算によれば、電子は材料中を等方的に伝導するのに対し、ホールは異方的(縦方向のみ)に伝導するため、両者のバランスによってゴニオ極性が発現します(図1右)。キャリア密度の異なる試料において同様の測定を行ったところ、ゴニオ極性が発現するのはキャリア密度が1018  cm-3以下の場合であり、1019 cm-3以上の領域ではこの特性が失われ、等方的になることがわかりました(図2(b))。キャリア密度が高濃度の領域においてゴニオ極性が失われる原因は、Mg3Sb2が半導体であり、少数キャリアであるホールの寄与が無視されるほど小さくなったことに由来すると考えられます。

図1
図1 Mg3Sb2およびMg3Bi2の結晶構造
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。

図2
図2 (a)Mg3Y0.002Sb2のゼーベック係数の温度変化。Yは電子ドーピングのために添加した (b)キャリア密度が異なる試料の300 Kのゼーベック係数
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。


図3(a)にMg3Bi2単結晶のゼーベック係数の温度依存性を示します。Mg3Sb2の場合と同様にゴニオ極性を示すことがわかりました。さらに、Mg3Sb2は半導体であるのに対し、Mg3Bi2は半金属的な性質を有しており、電子とホールの両方が電気伝導に寄与できるため、キャリア密度が1019 cm-3以上の高濃度領域でもホールがキャリアとして機能し、ゴニオ極性を示す点が特長的です(図3(b))。熱電モジュールの性能を高めるためには、高いゼーベック係数と低い電気抵抗率を両立させる必要があり、キャリア密度が1019 cm-3の高濃度領域でもゴニオ極性を示すことは重要な知見です。実際、Mg3Bi2の電気抵抗率は20 μΩm以下と極めて低い値でした。横方向熱電性能指数ZxyTは室温において0.06と算出されました。また、実験結果と第一原理計算の結果がおおむね一致することがわかり(図3(b))、実験結果の妥当性を示すとともに、今後さらなる性能向上の指針を提示可能であることがわかりました。

図3
図3 Mg3Bi2の(a)ゼーベック係数の温度変化と(b)キャリア密度が異なる試料の300 Kのゼーベック係数
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。

・第一原理計算によるゴニオ極性メカニズム解明

Mg3Sb2とMg3Bi2のゴニオ極性発現メカニズムについて、島根大学の研究グループは第一原理計算による解明を試みました。図4にMg3Sb2の電子とホールのフェルミ面を示します。電子フェルミ面は球状をしており、電子が物質中を等方的に伝導することを示します。これに対し、ホールフェルミ面は平らな形状をしており、これは、図中の縦方向のみにホールが伝導することを示します。このようなフェルミ面の異方性(バンド異方性)はMg3Bi2においても同様であり、電子とホールの伝導の異方性を制御することで、ゴニオ極性が発現していることがわかりました。

図4
図4 Mg3Sb2の電子フェルミ面とホールフェルミ面
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。


ゴニオ極性の活用については、理論的には提案されていましたが、数十万以上という膨大な数が知られている既存物質の中で、ゴニオ極性が実験的に観測されている物質は数年前まで10種程度にとどまっていました。近年、新材料の報告がなされていますが、実用化を可能にする高性能材料の開発には至っていません。Mg3Sb2およびMg3Bi2は、縦型の熱電材料として高い性能指数(1.5)を示すことから、世界的に研究が進められている材料であり、今回これらの材料においてゴニオ極性が観測できたことは、高耐久性熱電モジュールの実用化への重要な成果です。また、これらの材料が属する122ジントル相化合物は膨大な元素の組み合わせが可能であり、類似のバンド異方性を有する物質も多く存在します。本物質群を新しいゴニオ極性材料群と捉えることで、今後、さらなる高性能材料の発見に至ることが期待されます。

今後の予定

本研究では、キャリア密度を精密に制御したMg3Sb2とMg3Bi2の単結晶を作製し、新しいゴニオ極性材料として熱電材料を作製することに成功しました。バンド異方性に注目し類縁化合物へと材料探索を展開することで、ゴニオ極性材料を用いた高性能な横型熱電モジュール実現を目指します。

論文情報

掲載誌:Chemistry of Materials
論文タイトル:Band anisotropy generates axis-dependent conduction polarity of Mg3Sb2 and Mg3Bi2
著者:Yosuke Goto, Hidetomo Usui, Masayuki Murata, Joshua E Goldberger, Joseph P Heremans, Chul-Ho Lee
DOI:10.1021/acs.chemmater.3c02970

用語解説
熱電材料
熱エネルギー(温度差)を電気エネルギーに直接変換できる材料。高効率な変換(発電)には、材料が大きなゼーベック係数と低い電気抵抗率を持つことが必要です。ここで、ゼーベック係数Sと材料両端の温度差ΔTの積が発生電圧ΔV=SΔTとなります。
ゴニオ極性材料
結晶方位によって電荷キャリアの符号が異なる材料。熱エネルギーを材料に与えたときに、熱流と電流の向きを直交させることが可能で、数年前までは10種程度しか知られていませんでした。
電極界面
熱電材料と電極の接合面のことです。熱電材料を用いて発電した電力を外部に有効に取り出すためには、界面で生じる電気抵抗が小さい良好な接合面を形成する必要があります。
第一原理計算
量子力学の基本原理に基づいた計算。物質の性質を支配する電子の状態を求めることができます。
半金属
電気伝導に電子とホールの両方が寄与する金属のことです。
横方向熱電性能指数(ZxyT)
熱電材料の性能を表す指標。絶対温度T、ゼーベック係数S、電気抵抗率ρ、熱伝導率κを用いて 通常の熱電性能指数はZT = S2T/ρκと表されます。高い熱電性能には、高いS、低いρとκが必要になります。横方向熱電性能指数ZxyTは、熱流に対して、直交方向のゼーベック係数Sxy、 直交方向の電気抵抗率ρx、平行方向の熱伝導率κyを用いてZxyT = Sxy2T/ρxκyと表されます。
フェルミ面
波数空間における等エネルギー面。電子フェルミ面は伝導帯下端、ホールフェルミ面は価電子帯上端の等エネルギー面です。電子、ホールが電場、温度差などの外場に応じてどの方向に容易に伝導するかを評価することができます。
ジントル相化合物
共有結合した陰イオンネットワークと、イオン結合した陽イオンからなる一連の化合物。構成元素の組み合わせが1:2:2の場合を122ジントル相化合物と呼びます。Mg3Sb2やMg3Bi2はMgが2サイトを占める122ジントル相化合物に分類されます。
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