活性酸素を効率良く安定に生成できる分子光触媒を新たに開発~ポルフィリンと分子状タングステン酸化物を複合化~

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2024-01-30 東京大学

発表のポイント

◆ ポルフィリンと分子状タングステン酸化物を組み合わせた分子光触媒を開発した。
◆ 開発した分子光触媒は、可視光を吸収して活性酸素を効率良く生成できることに加えて、生成した活性酸素で分解されない高い耐久性を持つことから、優れた光触媒特性を示す。
◆ 資源循環を志向した分子触媒や、エネルギー変換材料、光機能材料、医療、分子エレクトロニクスなど幅広い応用が期待される。

活性酸素を効率良く安定に生成できる分子光触媒を新たに開発~ポルフィリンと分子状タングステン酸化物を複合化~
分子光触媒の構造と反応性

概要

東京大学大学院工学系研究科の鈴木康介准教授、山口正浩大学院生、米里健太郎助教、山口和也教授らによる研究グループは、同大学生産技術研究所の石井和之教授、村田慧助教と共同で、ポルフィリン(注1)と分子状タングステン酸化物(注2)を組み合わせることで、活性酸素を効率良く安定に生成できる分子光触媒の開発に成功しました。

ポルフィリンは、血液中で酸素を運ぶヘモグロビンや光合成を行うクロロフィルの基本骨格であり、可視光を効率的に吸収する色素分子です。ポルフィリンは、光のエネルギーを利用して活性酸素を生成することができるため、化学合成を行う光触媒反応や光がん治療などに応用されています。しかし、生成した活性酸素と反応することによってポルフィリン自身が分解してしまうことが課題でした。本研究では、ポルフィリンと分子状タングステン酸化物を複合化することで、活性酸素の1つである一重項酸素(注3)の生成効率が向上するだけでなく、生成した活性酸素への耐久性が大幅に改善することを発見しました。この技術は資源循環を志向した触媒反応や環境に優しい化学反応の実現、エネルギー変換材料、光機能材料、医療、分子エレクトロニクスなど幅広い応用が期待されます。

本研究成果は、1月29日(米国東部時間)に米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」誌のオンライン版に掲載されました。

発表内容

〈研究の背景〉
ポルフィリンは、ヘモグロビンやクロロフィルの基本骨格であり、可視光を効率的に吸収することができる分子です。特に、ポルフィリンは可視光を吸収することで、空気中の酸素分子を活性酸素の1つである一重項酸素に変換することができます。この一重項酸素は、化学反応性が高いため、ポルフィリンを光触媒として利用することで、さまざまな化学原料の高付加価値化学品の合成や光がん治療への応用が可能になります。しかし、生成した一重項酸素と反応することでポルフィリン自身の分解が起こるため、ポルフィリンの高い一重項酸素の生成効率と、長時間の使用や繰り返しの使用が可能な高い耐久性を両立することは困難でした。

〈研究の内容〉
本研究では、ポルフィリンと分子状タングステン酸化物を組み合わせた新しい分子光触媒を開発しました。この分子光触媒は、ポルフィリンと結合しやすい部位を持つ分子状タングステン酸化物と、タングステン酸化物と結合しやすい部位を持つポルフィリンを溶液中で混合することで容易に合成することができます(図1)。この分子光触媒の構造は、単結晶X線構造解析(注4)によって明らかにしました。2つのポルフィリンは、それぞれ4つの剛直な分子状タングステン酸化物と結合することで、その平面状の分子構造が並行に重なる位置に強く固定されています。また、このように向き合って配置されたポルフィリンの間に相互作用がはたらき、構造を安定化させる効果があります。

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図1:ポルフィリンと分子状のタングステン酸化物を組み合わせた分子光触媒の合成と構造
上段は、タングステン酸化物と結合しやすい部位を組み込んだポルフィリンとタングステン酸化物の反応によって、分子光触媒を合成する過程の概略図である。


この分子光触媒は、可視光を吸収しそのエネルギーを利用して、空気中に豊富に存在する酸素分子を効率良く一重項酸素に変換できます。また、一重項酸素を生成する効率は、ポルフィリンを単独で光触媒として使用した場合より高いことが分かりました。このように一重項酸素の生成効率が向上する理由は、分子状タングステン酸化物の重原子効果(注5)によるものと考えられます。この一重項酸素を効率よく生成できる特性を利用することで、分子光触媒は、可視光を照射した際にさまざまな有機化合物の酸化反応に優れた活性を示しました。例えば、図2の光触媒作用の項目に示すα-テルピネンの酸化反応では、0.003%の分子光触媒を用いるだけで、わずか数分間で反応が完了しました。また、この分子光触媒は、他にもさまざまな有機化合物の酸化反応に対して優れた触媒活性を示すことが分かりました。

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図2:本研究で開発した分子光触媒による光触媒反応
本研究で開発した分子光触媒は、可視光の照射によって酸素分子を一重項酸素に高い効率で変換することができ、さまざまな有機化合物の酸化反応に優れた活性を示す。この光触媒活性はポルフィリン単独で用いる場合よりも高活性である。


さらに、今回開発した分子光触媒は、これまでポルフィリン光触媒で課題とされてきた耐久性の課題を解決することもできました。ポルフィリンを単独で光触媒として使用すると、反応後には90%以上のポルフィリンが分解しました。一方で、今回開発した分子光触媒は、同じ反応条件でほとんど分解せず、耐久性が大きく向上していることが分かりました(図3左)。このようなポルフィリンの分解は、生成した一重項酸素がポルフィリンと反応することで引き起こされることが知られており、分解の過程でポルフィリン分子の形は大きく歪みます。量子化学計算(注6)によって、今回開発した分子光触媒では、ポルフィリンがタングステン酸化物構造によって位置や形を頑強に固定されること、かつポルフィリン分子間に相互作用がはたらくことで、ポルフィリンの分子構造が歪みにくくなり、一重項酸素による分解が抑制されたことが分かりました(図3右)。

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図3:本研究で開発した分子光触媒の耐久性
左図は、光触媒反応条件において、本研究で開発した分子光触媒とポルフィリンの分解の経時変化を示しており、本研究で開発した分子光触媒では分解が大きく抑制されていることが分かる。右図は量子化学計算を用いたポルフィリン構造が分解する過程のシミュレーションの模式図である。ポルフィリン構造が大きく歪んだ状態(遷移状態)のエネルギーが、本研究で開発した分子光触媒では大きくなっている。このことは、歪んだ状態に移行しにくくなることで分子光触媒の耐久性が向上していることを示す。

〈今後の展望〉
本研究で開発した分子光触媒は、ポルフィリンと分子状タングステン酸化物の組み合わせによって高い光触媒活性と優れた耐久性を両立します。そのため、光エネルギーと酸素を高い効率で利用する環境に優しい化学反応の実現や、医農薬品や機能性有機分子などの化学品の合成、資源循環や環境浄化に用いられる触媒としての応用が期待されます。さらに、センサー等の光に応答する光機能分子デバイスや、電気化学触媒、分子エレクトロニクス、医療など幅広い分野への応用が期待されます。今後は、ポルフィリンを含むさまざまな機能性有機分子と、分子状金属酸化物を組み合わせた多様な構造・電子状態を持つ分子触媒を開発し、その機能や応用を開拓していきます。

発表者・研究者等情報

東京大学
大学院工学系研究科
山口 正浩 修士課程
塩谷 海斗 研究当時:修士課程
李 赤峰 研究当時:博士研究員
米里 健太郎 助教
山口 和也 教授
鈴木 康介 准教授

生産技術研究所
石井 和之 教授
村田 慧 助教

論文情報

雑誌名:Journal of the American Chemical Society
題 名:Porphyrin–Polyoxotungstate Molecular Hybrid as a Highly Efficient, Durable, Visible-Light-Responsive Photocatalyst for Aerobic Oxidation Reactions
著者名:Masahiro Yamaguchi, Kaito Shioya, Chifeng Li, Kentaro Yonesato, Kei Murata, Kazuyuki Ishii*, Kazuya Yamaguchi*, Kosuke Suzuki*
DOI10.1021/jacs.3c11394
URLhttps://doi.org/10.1021/jacs.3c11394

研究助成

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 さきがけ(課題番号:JPMJPR18T7)、JST創発的研究支援事業(課題番号:JPMJFR213M)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金(課題番号:22H04971、23H01971)、JSPS研究拠点形成事業の支援により実施されました。

用語解説

(注1)ポルフィリン:
1つの窒素原子と5つの原子からなる環状化合物(五員環化合物)4個が炭素原子4個と交互に結合した大環状化合物の総称である。血液中で酸素を運ぶヘモグロビンや光合成を行うクロロフィルの基本骨格であり、可視光を効率的に吸収する色素分子のこと。可視光を吸収することで、さまざまな反応を起こす。

(注2)分子状タングステン酸化物:
原子番号74のタングステン原子が、酸素原子を介して結合した大きさ約1ナノメートルの分子状の化合物であり、その構造の一部に、特定の有機分子の構造と結合しやすい部位を持つ。

(注3)一重項酸素:
通常、空気中の酸素分子は三重項状態にある。ポルフィリンが吸収した光のエネルギーを酸素分子に移動させることで、酸素分子を一重項酸素と呼ばれる活性酸素に変換することができる。一重項酸素は、通常の酸素分子とは異なる反応性を示し、特定の部分を選んだ酸素化反応に利用できるため、医薬品や機能性分子の合成や光がん治療(光線力学的療法)に利用されている。

(注4)単結晶X線構造解析:
化合物の単結晶にX線を照射すると、特定の方向に強くX線が散乱される(回折)。X線の回折点を収集、解析することで分子の構造を決定する方法。

(注5)重原子効果:
光増感剤の分子構造に金属原子などの重い原子を組み込むことで、触媒が光を吸収した状態から活性酸素の生成に必要な状態への変化(項間交差と呼ばれる)が生成しやすくなることが知られている。

(注6)量子化学計算:
コンピューター等の計算機を利用して、分子の電子状態の解明や、反応機構のシミュレーション等を行う手法。

プレスリリース本文:PDFファイル
Journal of the American Chemical Society:https://pubs.acs.org/doi/10.1021/jacs.3c11394

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