水電解における水素発生の高効率化を実現~白金/炭素ナノマテリアル複合体による水素発生触媒の開発~

ad

2023-08-21 理化学研究所

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター 創発生体工学材料研究チームの川本 益揮 専任研究員、オサマ・メタワ 国際プログラムアソシエイト、伊藤 嘉浩 チームリーダーらの共同研究グループは、白金ナノ粒子(PtNP)/炭素ナノマテリアル(CNM)[1]複合体から成る高効率な水電解[2]水素発生触媒[3]を発見しました。

本研究成果は、次世代のクリーンエネルギーである水素を用いた脱炭素社会の実現に貢献すると期待できます。

今回、共同研究グループは、水の電気分解(2H2O→2H2+O2)による水素発生のために、水中でPtNPとCNM(単層カーボンナノチューブ、グラフェン、アセチレンブラック)を直接複合化した3種類の水素発生触媒を開発し、それぞれをプロトン交換膜(PEM)[4]水電解の陰極[5]に用いました。その結果、各陰極で、既報の白金系水素発生触媒と比べておよそ100分の1の白金量で水素が発生すること、および電流密度100mA/cm2で150時間連続して水素が発生することが分かりました。特に、開発した触媒の一つであるPtNP/単層カーボンナノチューブ触媒は、白金量が市販の白金/炭素触媒の470分の1であるにもかかわらず、270倍も高い質量活性[6](白金の単位質量当たりの電流値)を示したことから、高価な貴金属の使用量を減らすコスト効率の高いアプローチであるといえます。

本研究は、科学雑誌『ACS Applied Nano Materials』オンライン版(8月21日付:日本時間8月21日)に掲載されました。

水電解における水素発生の高効率化を実現~白金/炭素ナノマテリアル複合体による水素発生触媒の開発~

PtNP/CNM複合体をプロトン交換膜(PEM)水電解の陰極に用いた水素発生触媒

背景

水素(H2)は、使用しても二酸化炭素(CO2)を排出しない次世代のクリーンエネルギーとして注目されています。しかし、生産される水素の96%は石炭、石油、天然ガスなどの化石燃料に由来し、副生成物として二酸化炭素が発生します。そのため、温室効果ガスである二酸化炭素を発生しない、環境に優しい水素の生産方法が求められています。

近年、水(H2O)の電気分解によって、陽極で酸素(O2)、陰極で水素を発生させる「水電解」が注目されています。水電解は、太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギー由来の電源と組み合わせると、二酸化炭素を排出せずに水素を生産することができます。特に、プロトン交換膜(PEM)水電解は、高いエネルギー効率と水素発生効率を示すことから、環境調和型の水素生産方法として期待が高まっています。

しかし、PEM水電解の水素発生触媒には貴金属の白金(Pt)が使用されており、市販の触媒である白金/炭素(Pt/C)のPt担持量は、1cm2当たりミリグラム(1,000分の1グラム)オーダーです。そのため、共同研究グループは高価なPtの担持量を最小限に抑え、触媒の性能を向上させることができれば、PEM水電解のコストと水素発生の高効率化が可能になると考え、研究を開始しました。

研究手法と成果

共同研究グループは、炭素ナノマテリアル(CNM)に着目しました。CNMは大きな比表面積を持ち、高い電気伝導度を示すことから、エネルギー、センサー、医療などさまざまな分野への応用が検討されています。しかし、CNMは水中で容易に凝集してしまうため、結果としてCNMの優れた性能を引き出すことができません。

CNMの凝集を抑制する方法の一つに、分散剤を使ったCNMの水中分散化が知られています。界面活性剤[7]などの分散剤がCNMの表面に付着することで、CNMが水へ分散します。これまでに共同研究グループは、液中プラズマ法[8]を用いた界面活性剤を使用しない水分散性白金ナノ粒子(PtNP)の合成に成功し、PtNPの表面が親水性の酸素原子(O)やヒドロキシ基(OH)で覆われていることを明らかにしています注1)。そこで、このPtNPが非共有結合機能化[9]によってCNMと直接複合化できれば、得られるPtNP/CNM複合体は水に分散すると予想しました(図1)。

まず、単層カーボンナノチューブ(SWCNT)、グラフェン、アセチレンブラックの3種類のCNMを選び、これらのCNMを個別に水分散性PtNPと混合した後、超音波処理を施すと、PtNP/SWCNT(C6)、PtNP/グラフェン(Gr5)、PtNP/アセチレンブラック(AB20)の各複合体から成る水分散液が得られました(図1)。得られた複合体を電子顕微鏡で観察すると、直径がおよそ2ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)のPtNPがCNMの表面へ直接付着していることが分かりました。

3種類の水分散液をインクとして用い、スプレーコート[10]によってプロトン交換膜(PEM)水電解の陰極の成膜を試みました。このとき成膜したPtNP/CNM複合体であるC6、Gr5、AB20に含まれるPt担持量は、それぞれ6μgPt/cm2、5μgPt/cm2、20μgPt/cm2とマイクログラム(100万分の1グラム)オーダーでした。さらに、陰極の裏面に酸化イリジウムをスプレーコートすることで陽極を成膜し、PEM水電解の電極を作製しました(図1)。

PtNP/CNM水分散液の調製とPEM水電解電極の作製の図

図1 PtNP/CNM水分散液の調製とPEM水電解電極の作製
開発していた水分散性白金ナノ粒子(PtNP)と3種類の炭素ナノマテリアル(CNM)をそれぞれ混合させ、超音波処理を施すと、非共有結合機能化によりPtNP/CNM水分散液が調製される。それぞれのPtNP/CNM水分散液をスプレーコートして陰極を成膜し、さらに陰極の裏面に酸化イリジウムをスプレーコートして陽極を成膜し、プロトン交換膜(PEM)水電解電極を作製する。


作製したPEM水電解電極に電圧を加えると、水素発生に伴う電流が発生しました。2.0VにおけるC6、Gr5、AB20複合体の質量活性(白金の単位質量当たりの電流値)は、それぞれ89,300A/gPt、40,400A/gPt、17,100A/gPtであり、既報のPt系水素発生触媒と比べ、およそ100分の1のPt担持量で水素が発生することが分かりました(図2a)。また、これらの触媒のファラデー効率[11]は95%から99%であり、市販のPt/C触媒の効率(~100%)と同等の水素発生効率を示しました(図2b)。発生する気体は、H2とO2がほぼ2:1の割合であることから、水の電気分解(2H2O→2H2+O2)によって生じたことが分かります(図2c)。さらに、触媒の安定性を常圧、25℃で確認したところ、電流密度100mA/cm2のとき150時間連続して水素が発生することが明らかになりました(図2d)。

開発した水電解水素発生触媒の性能の図

図2 開発した水電解水素発生触媒の性能
(a)本研究の水素発生触媒(赤)の質量活性を、以前報告されたPt系水素発生触媒(青)と比較した。左上ほど少ないPt担持量で高効率な水素発生触媒となる。
(b)水素発生触媒のファラデー効率。
(c)PEM水電解による気体発生量。H2とO2の発生量の比が2:1に近いほど、理想的な水電解反応である。
(d)常圧、25℃のとき、電流密度100mA/cm2でPEM水電解を150時間連続運転した結果。電圧の変動が少ないことから、水素が安定に発生していることが分かる。


特に、C6のPt担持量(6μgPt/cm2)は市販のPt/C触媒(2.8mgPt/cm2)の470分の1であるにもかかわらず、C6は市販触媒の270倍も高い質量活性を示します。

また、C6による水素発生にかかる運転コストは5.3米ドル/kgであり、これは米国エネルギー省が作製したPt担持量2mgPt/cm2の水素発生触媒を用いた最新鋭PEM水電解の運転コスト(3.7米ドル/kg)に迫る値です注2)。一方、現在化石燃料から生産する水素の運転コストは1.5米ドル/kgであるため、水素の生産をPEM水電解に置き換えるにはまだ多くの課題があります。しかし、今回開発した3種類の水素発生触媒は、従来触媒のおよそ100分の1のPt担持量で水素を生成できることから、高価な貴金属の使用量を減らすことができ、実質的にコスト効率の高いアプローチであるといえます。

注1)Genki Horiguchi, Yu Chikaoka, Hidenobu Shiroishi, Shinpei Kosaka, Morihiro Saito, Naohiro Kameta, and Naoki Matsuda, Synthesis of Pt Nanoparticles as Catalysts of Oxygen Reduction with Microbubble-Assisted Low-Voltage and Low-Frequency Solution Plasma Processing. J. Power Sources 2018, 382, 69-76.
注2)Guido Bender and Huyen N. Dinh, HydroGEN: Low-Temperature Electrolysis (LTE) and LTE/Hybrid Supernode(外部サイト)

今後の期待

本研究では、高効率な水素発生と優れたコスト効率を兼ね備えた水素発生触媒を開発しました。得られた3種類の触媒は、高い活性を維持した状態で長時間水素を発生することに成功しました。これらの結果は、水電解による水素生産を促進し、脱炭素社会の実現に向けた重要な指針を与えるものです。

今回の研究成果は、国際連合が2016年に定めた17項目の「持続可能な開発目標(SDGs)[12]」のうち「7.エネルギーをみんなにそしてクリーンに」「13.気候変動に具体的な対策を」に貢献するものです。

補足説明

1.炭素ナノマテリアル(CNM)
炭素原子がナノメートル(10億分の1メートル)スケールで集まった材料の総称。軽量で丈夫、電気をよく通す、質量に対して表面積が大きいなどの特別な性質を示す。本研究では、カーボンナノチューブ、グラフェン、アセチレンブラックを用いた。アセチレンブラックはアセチレン(C2H2)の熱分解によって製造される。CNMはcarbon nanomaterialの略。

2.水電解
水の電気分解によって、水素と酸素を発生する化学反応のこと。

3.水素発生触媒
水電解において、水素を発生する触媒のこと。これに対し、酸素を発生する触媒を酸素発生触媒という。

4.プロトン交換膜(PEM)
プロトン(H+)のみが透過する膜のこと。通常、フッ素を含む特殊な高分子から作られている。PEMはproton exchange membraneの略。

5.陰極
水電解の際、水素と酸素は別々の電極で発生する。水素が発生する電極を陰極、酸素が発生する電極を陽極という。

6.質量活性
触媒(本研究では白金)の単位質量当たりの電流値のこと。質量活性が大きいほど高効率な水電解を示す。

7.界面活性剤
水に親和性のある「親水性」と油に親和性のある「疎水性」の両方の性質を併せ持つ化合物のこと。洗剤やシャンプー、乳化剤など、さまざまな分野で広く利用されている。界面活性剤は界面における物質の挙動を制御し、混合や分散などのプロセスを助ける役割を果たす。

8.液中プラズマ法
本研究で用いた水分散性の白金ナノ粒子(PtNP)を合成する手法の一つ。過酸化水素水の中で一対の高純度白金電極にパルス状の高電圧を加えると、電極から直接PtNPが発生する。

9.非共有結合機能化
静電相互作用、水素結合、ファンデルワールス力などの分子間相互作用を用いて、物質表面の性質を変化させること。本研究では、疎水性である炭素ナノマテリアルの表面に、親水性の白金ナノ粒子(PtNP)を付着させることで複合体を形成し、水への分散を実現した。

10.スプレーコート
塗液を霧状(ミスト)にして吹き付けるコーティング手法のこと。コーティングの面積や厚みをコントロールできるため、成膜だけでなく、塗装や舗装などの用途にも利用される。

11.ファラデー効率
加える電流から計算される理論生成量に対する目的の生成物に寄与した電流の割合。水電解において、ファラデー効率が100%の場合、投入した電流が生成物である水素の発生に全て消費されたことを示す。

12.持続可能な開発目標(SDGs)
2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標。持続可能な世界を実現するための17のゴール、169のターゲットから構成され、発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいる(外務省ホームページから一部改変して転載)。SDGsはSustainable Development Goalsの略。

共同研究グループ

理化学研究所
創発物性科学研究センター 創発生体工学材料研究チーム
専任研究員 川本 益揮(カワモト・マスキ)
(埼玉大学大学院 理工学研究科 連携准教授)
国際プログラム・アソシエイト オサマ・メタワ(Osama R.M. Metawea)
(埼玉大学大学院 理工学研究科 大学院生)
チームリーダー 伊藤 嘉浩(イトウ・ヨシヒロ)
光量子工学研究センター 光量子制御技術開発チーム
チームリーダー 和田 智之(ワダ・サトシ)
研究パートタイマーⅡ 奈良 美幸(ナラ・ミユキ)
研究員 村上 武晴(ムラカミ・タケハル)
研究員 藤井 克司(フジイ・カツシ)

産業技術総合研究所 センシングシステム研究センター
研究センター付 松田 直樹(マツダ・ナオキ)
テクニカルスタッフ 岡部 浩隆(オカベ・ヒロタカ)

研究支援

本研究は、理化学研究所奨励研究課題「Development of Solution-Processed Membrane Electrode Assembly Using Metal Nanoparticle-Carbon Nanotube Composite for Hydrogen Production(研究代表:川本益揮)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(C)「アンカー型機能性分散剤によるカーボンナノチューブの分散,配向制御(JP21K04682、研究代表:川本益揮)」による助成を受けて行われました。

原論文情報

Osama R.M. Metawea, Miyuki Nara, Takeharu Murakami, Hirotaka Okabe, Naoki Matsuda, Satoshi Wada, Katsushi Fujii, Yoshihiro Ito, and Masuki Kawamoto, “Aqueous Suspensions of Carbon Nanomaterials with Platinum Nanoparticles for Solution-Processed Hydrogen-Producing Electrocatalysts”, ACS Applied Nano Materials, 10.1021/acsanm.3c02190

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 創発生体工学材料研究チーム
専任研究員 川本 益揮(カワモト・マスキ)
国際プログラム・アソシエイト オサマ・メタワ(Osama R.M. Metawea)
チームリーダー 伊藤 嘉浩(イトウ・ヨシヒロ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

1700応用理学一般
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました