素子間の結合により超伝導ダイオードを実現~素子の結合という超伝導機能性の新しい開拓原理~

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2023-08-01 理化学研究所

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター 量子機能システム研究グループの松尾 貞茂 研究員、樽茶 清悟 グループディレクターらの国際共同研究グループは、二つのジョセフソン接合[1]がコヒーレント結合[2]した際に、一方の電流方向のみで電圧が生じる「超伝導ダイオード効果[3]」が発現することを発見しました。

本研究成果は、ジョセフソン接合のコヒーレント結合に関する基礎物理の進展や非散逸の整流素子[4]の実現に貢献すると期待できます。

ジョセフソン接合は、二つの超伝導体[5]の間に絶縁体もしくは伝導体が挟まれた素子で、磁気センサーや超伝導量子コンピュータ[6]において主要な役割を担います。これまで、超伝導体間の物質の特性を制御することで単一のジョセフソン接合を用いた超伝導機能性が開拓されてきました。超伝導ダイオード効果もその一つで、強磁性体や強い磁場を用いて単一のジョセフソン接合で実現されてきました。

今回、国際共同研究グループは半導体を介して二つのジョセフソン接合がコヒーレント結合した素子の電子輸送特性を調べました。その結果、一方の接合を制御するだけで、もう一方の接合に超伝導ダイオード効果を発現させることに成功しました。この結果は、強磁性体や強い磁場の無い環境では単一の接合が示さない機能性を二つの素子の結合で実現できることを示している点で重要です。

本研究は、科学雑誌『Nature Physics』オンライン版(7月31日付:日本時間8月1日)に掲載されました。

本研究で用いた素子と結果の概念図の図

本研究で用いた素子と結果の概念図

背景

二つの超伝導体の間に絶縁体もしくは伝導体が挟まれた素子を「ジョセフソン接合」と呼び、電極間には超伝導電流[5]が流れます。ジョセフソン接合は、高感度磁気センサーや近年発展の著しい量子コンピュータ技術などにおいて重要な役割を果たしています。

近年このジョセフソン接合を二つ準備し、それらをコヒーレントに結合させることが可能であるという理論が提案されました。コヒーレント結合した素子は単一素子が持たない特性を示します。例えば、水素原子を二つ準備してコヒーレントに結合させると、水素分子が形成されます。水素原子と水素分子は全く異なる特性を持っていますが、これはコヒーレント結合により単一の状態が持たない特性が発現し得ることを意味します。従って、ジョセフソン接合においても、単一の接合が持ち得ない、もしくは実現が難しい特性をコヒーレント結合により作り出すことができると期待されます。

これまでに松尾研究員らは隣接したジョセフソン接合において、コヒーレント結合が形成されるという実験的証拠を報告しました注1)。しかし、コヒーレント結合の導入によって超伝導素子の新しい特性を発現できるかという点についてはよく分かっていませんでした。

一方、「超伝導ダイオード効果」の研究が近年活発に進んでいます。超伝導ダイオード効果とは、ある方向に電流を流すと有限の電圧が生じるが、逆方向に同じ大きさの電流を流した場合には電圧がゼロである現象のことを指します。超伝導ダイオード効果はさまざまな系で発見されていますが、これまで主に強磁性体や強い磁場を用いた環境で研究されてきました。

注1)2022年9月13日プレスリリース「素子間の結合による超伝導電流の非局所制御に成功

研究手法と成果

国際共同研究グループは、パデュー大学のマイケル・マンフラ教授のグループが作製した半導体(インジウムヒ素)基板上に、一つの超伝導電極を共有する二つのジョセフソン接合(JJ1とJJ2)の電子素子を作製しました。超伝導体にはアルミニウムを用いました(図1)。

本素子の構造の特徴は、JJ2が超伝導体のループ内に埋め込まれた構造になっていることです。ジョセフソン接合を流れる超伝導電流の大きさは、二つの超伝導電極間の位相[7]の差に依存して変化します。この位相差は超伝導ループ内を貫く磁場によって決まっているため、超伝導ループ内の接合であるJJ2の位相差を磁場の大きさで制御できます。そこで、磁場を制御しながら、つまりループ内のJJ2の位相差を制御しながら、極低温10mK(約-273℃)においてループの外にあるJJ1における電子輸送を測定しました。

素子の模式図の図

図1 素子の模式図
基板上に作製された素子を上から見た模式図。青色部分は超伝導体であるアルミニウムを示しており、灰色部分がジョセフソン接合を示している。超伝導体のループ構造の中に入っている磁場により、ループ内にあるジョセフソン接合2(JJ2)の位相差が制御できる。電子輸送測定は、ループ外のジョセフソン接合1(JJ1)について行った。なお、図中の磁場の向きは紙面の裏側から表側へ、紙面に対して垂直の向きを示す。これは図2における正の磁場を表しており、その逆向きが負の磁場となる。


測定結果から、電流を0から掃引したときにJJ1の電圧が有限になる電流値(臨界電流[8])を、電流方向が正および負(図1のJJ1の上から下向きおよび下から上向き)の場合について絶対値で評価しました(図2上)。まず、JJ1の臨界電流の絶対値が磁場に対して周期的に振動している様子が観測されましたが、これは、JJ1とJJ2がコヒーレント結合していることを意味しています。また、正と負のそれぞれの臨界電流の絶対値が異なる磁場領域が系統的に現れました。正と負の臨界電流の絶対値が異なることは、超伝導ダイオード効果が発現していることを意味しており、JJ2の位相差の制御により超伝導ダイオード効果の発現が可能であることが分かりました。特に、臨界電流の絶対値が小さくなる磁場領域の付近で、超伝導ダイオード効果が強く発現していました。さらに、磁場の掃引によって、系統的に臨界電流の絶対値の大小関係が反転する様子が観測されました。

一方で、JJ2が存在しない場合の単一のジョセフソン接合について測定したところ、臨界電流の正負の絶対値は等しくなり、同じ磁場領域では臨界電流値がほぼ一定であることが確認されました。このことから、コヒーレント結合によって初めて超伝導ダイオード効果が発現したものと結論できます。

これらの特徴がJJ1とJJ2のコヒーレント結合によって生じていることを確かめるために、数値計算を行った結果、コヒーレント結合したJJ1とJJ2について、JJ2の位相差を変化させたときのJJ1の臨界電流が求められました(図2下)。これにより、数値計算で得られた臨界電流においても超伝導ダイオード効果が現れることが確認されました。さらに、実験的に得られていた「臨界電流の小さな領域で超伝導ダイオード効果が強く発現する」、「位相差の変化に対応して系統的に臨界電流の絶対値の大小関係が反転する」という二つの特徴が数値計算結果においても再現できることが分かりました。

得られた実験結果と数値計算結果の図

図2 得られた実験結果と数値計算結果
(上)実験で得られた臨界電流の絶対値を、正負それぞれを磁場に対してプロットしたもの。臨界電流の振動(コヒーレント結合)に伴って、正と負の臨界電流の絶対値が異なる磁場領域が系統的に観測された(超伝導ダイオード効果の発現)。さらに、磁場の掃引に対して、正と負の臨界電流の絶対値の大小関係が系統的に反転している。
(下)計算で得られた臨界電流の絶対値を、JJ2の位相差に対してプロットしている。実験結果を再現していることが分かる。

今後の期待

本研究では、コヒーレント結合によりジョセフソン接合に超伝導ダイオードという機能を付加することに成功しました。本成果は、コヒーレント結合という普遍的な物理機構がジョセフソン接合においても有用であり、新機能の開拓に利用できることを示しています。これは、超伝導ダイオード効果に限らず、新奇的な超伝導現象や超伝導素子機能の開拓にコヒーレント結合が有用であることを意味しており、今後のさらなる発展が期待できます。

また、超伝導ダイオード効果は将来的な超伝導回路内において整流素子としての応用が期待されています。従来の強磁性体や強い磁場を用いた手法では局所的な素子の制御は難しいと考えられますが、本成果は非常に弱い磁場で位相差を制御することで実現することから、局所的な整流素子の制御が可能となります。その意味で、超伝導回路技術の今後の発展にも寄与すると考えられます。

補足説明

1.ジョセフソン接合
二つの超伝導体の間に、非常に薄い絶縁体もしくは伝導体(電子を流す物質)を挟んだ接合のことで、超伝導電流が電極間に流れる。

2.コヒーレント結合
二つの波がそれぞれの位相を失わずに干渉することで形成される結合のこと。本研究では、ジョセフソン接合において形成される状態が、もう一方の接合の状態と波としての位相を失わずに干渉し、結合が生じることを指す。

3.超伝導ダイオード効果
電流方向が正の場合には有限の電圧が生じる一方、逆方向の電流では電圧が生じないようなダイオード現象が、超伝導素子で観測されること。

4.整流素子
一方向にだけ電気を通す作用を持つ電子素子。

5.超伝導体、超伝導電流
超伝導は、ある温度を境として電気抵抗がゼロになる状態。超伝導を示す物質である超伝導体の内部では、二つの電子が対(クーパー対)を形成しており、その流れを超伝導電流という。

6.超伝導量子コンピュータ
ジョセフソン接合を核として構成される量子計算機のこと。

7.位相
波としての特性の指標。超伝導体では、クーパー対の状態の位相がそろっている。

8.臨界電流
ジョセフソン接合では電流が小さいと電圧がゼロとなるが、ある値よりも大きくなると有限の電圧が超伝導電極間に生じる。このときの値を臨界電流という。

国際共同研究グループ

理化学研究所 創発物性科学研究センター 量子機能システム研究グループ
研究員 松尾 貞茂(マツオ・サダシゲ)
研修生(研究当時)井本 隆哉(イモト・タカヤ)
リサーチアソシエイト(研究当時) 佐藤 洋介(サトウ・ヨウスケ)
グループディレクター 樽茶 清悟(タルチャ・セイゴ)

大阪大学大学院 基礎工学研究科
講師 横山 知大(ヨコヤマ・トモヒロ)

パデュー大学(米国)
研究員 タイラー・リンデマン(Tyler Lindemann)
研究員 セルゲイ・グロニン(Sergei Gronin)
研究員 ジェフリー・ガードナー(Geoffrey Gardner)
教授 マイケル・マンフラ(Michael Manfra)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(S)「非可換エニオンの電気的光学的制御(研究代表者:樽茶清悟)」、同若手研究「多端子ジョセフソン接合の多次元位相空間における動的なトポロジカル物性(研究代表者:横山知大)」、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業さきがけ「並列二重ナノ細線と超伝導体の接合を用いた無磁場でのマヨラナ粒子の実現(研究代表者:松尾貞茂、JPMJPR18L8)」、新世代研究所ATI研究助成「並列ジョセフソン接合間に流れる非局所超伝導電流の制御」による助成を受けて行われました。

原論文情報

Sadashige Matsuo, Takaya Imoto, Tomohiro Yokoyama, Yosuke Sato, Tyler Lindemann, Sergei Gronin, Geoffrey C. Gardner, Michael J. Manfra, Seigo Tarucha, “Josephson diode effect derived from short-range coherent coupling”, Nature Physics, 10.1038/s41567-023-02144-x

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 量子機能システム研究グループ
研究員 松尾 貞茂(マツオ・サダシゲ)
グループディレクター 樽茶 清悟(タルチャ・セイゴ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

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