2023-06-23 国立天文台天文シミュレーションプロジェクト
概要】
巨大な爆発現象である「太陽フレア」は、「磁場のねじれ(磁気ヘリシティ)」が蓄積することで発生しますが、これまでどのように磁気ヘリシティが蓄えられるのかは分かっていませんでした。実際に、ねじれを持たない磁場が太陽内部に存在したとても、それが元になって太陽フレアを起こすことはないだろうと考えられてきました。
太陽内部は望遠鏡で観測することができませんが、スーパーコンピュータを使ったシミュレーションであれば内部のようすを探ることができます。宇宙航空研究開発機構(JAXA)の鳥海 森准教授、名古屋大学の堀田英之教授、草野完也教授からなる研究チームは、シミュレーションを用いることで、磁気ヘリシティを供給する過程に太陽内部の熱対流がこれまで考えられてきた以上に大きな影響を与えていることを突き止めました。スーパーコンピュータ「富岳」(理化学研究所)および「アテルイⅡ」(国立天文台)を用いた大規模数値シミュレーションにより、太陽の深部から磁力線の「たば」(磁束管)が浮上し、黒点を形成する様子を再現しました。その際、磁束管に与えるねじれの強さを人工的に変化させることにより、磁束浮上・黒点形成に伴って太陽コロナに磁気ヘリシティが供給されるプロセスの違いを調査しました。その結果、磁束管のねじれがゼロの場合でも周囲の対流が磁束をよじることで黒点が回転運動し、太陽コロナに磁気ヘリシティが供給されることがわかりました。熱対流によるねじれの供給量は小規模な太陽フレアを発生しうるほどに達しました。
本研究の結果は、磁気ヘリシティを供給し太陽フレアに必要なエネルギーを蓄える上で、磁束管自体の持つねじれだけではなく、熱対流が磁束管をよじる効果も重要な役割を果たしている可能性を示しており、これまでの認識を改める成果と言えます。本成果は英国の科学雑誌Natureの姉妹誌である『Scientific Reports』誌に 2023 年 6 月 2 日付けで掲載されました。(2023 年 6 月 23 日、本記事公開)
図:ねじれの無い磁束管が対流層を浮上し、太陽表面に黒点を形成する様子のシミュレーション。詳しくは【詳細】の図1を参照のこと。(クレジット:Toriumi et al. (2023))
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【詳細】
太陽系で最大の爆発現象である太陽フレア注1は、太陽コロナに存在する「磁場のねじれ」として蓄えられたエネルギーが、突発的に解放されることで発生します。太陽フレアは、強い磁場のかたまりである黒点の周辺で発生しやすく、そのようなプロセスについては「ひので」衛星をはじめとする多波長の観測により詳細な研究が進められています。また、黒点は、太陽の内部(対流層)から磁力線の「たば」(磁束管)が浮上することで形成されます。このことから、太陽フレアは、対流層から強くねじれた磁束管が浮上し、そのねじれが、黒点を作る際にコロナに供給されることで発生するのだと考えられています。
しかし、対流層の内部を光によって見通すことはできないため、実際にどのように磁束管が浮上し、黒点を形成するのかは明らかではありません。特に、対流層は激しい熱対流が起きている領域ですが、その熱対流が磁束にどのような影響を与えるかは謎に包まれています。そこで本研究では、「富岳」(理化学研究所)注2と「アテルイⅡ」(国立天文台)注3という2種類のスーパーコンピュータを使った大規模数値シミュレーションにより、対流層から磁束管が浮上し、黒点を形成する様子を再現しました。その際、磁束管のねじれ強度を人工的に変化させることで、熱対流が磁束浮上・黒点形成に与える影響を調べたのです。
図1:ねじれの無い磁束管が対流層を浮上し、太陽表面に黒点を形成する様子。(左)計算開始12時間後における磁場強度と太陽表面の明るさ。(右上)36時間後における太陽表面の明るさ、(右下)磁場強度。正極(白)・負極(黒)の黒点が形成された。(クレジット:Toriumi et al. (2023))
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図1(左)は、対流層の内部を磁束管が浮上する様子を3次元的に示しています。シミュレーションの開始時、太陽の深さ約2万キロメートルの地点に置かれた、ねじれのない(すなわちねじれゼロの)磁束管は、熱対流の上昇流によって押し上げられ、太陽表面に達すると黒点を形成しました。図1(右)は、太陽表面における黒点の様子を示しています(右上:明るさ、右下:磁場強度)。正極(白)と負極(黒)の2つの黒点が出現した様子が見て取れます。
これまで、磁束管が対流層の熱対流に打ち勝って太陽表面に達するには、磁束管はある程度ねじられている必要があると考えられてきました。しかし、今回、大規模な数値シミュレーションを行うことにより、磁束管はねじれがゼロであっても、上昇流に押し上げられれば、太陽表面に到達し黒点を形成しうることが分かったのです。
図2:太陽表面に出現した磁束量(上)とコロナへ供給された磁気ヘリシティ(下)の時間変化の様子。ねじれゼロ(赤)、ねじれ弱(青)、ねじれ強(黒)の3つの初期条件の場合を比較している。ねじれゼロの磁束管についても、有限の(すなわちゼロではない)磁気ヘリシティが供給されたこと、その量はねじれ有りの場合の数10パーセントに及ぶことが分かる。(クレジット:Toriumi et al. (2023))
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図2は、磁束管が浮上し、黒点を作る際の、時間に沿った変化の様子を示しています。図2(上)は太陽表面での磁束量(黒点面積と関連する)を表しています。ここでは比較のため、ねじれゼロの磁束管のほか、弱くねじられた磁束管、強くねじられた磁束管を加えた、合計3例を示しています。ねじれ有りの2例では、フレア黒点として実際に観測される程度のねじれ強度を与えました。この図からは、3例において太陽表面に出現する磁束量に大きな差は見られず、いずれも同じ程度の大きさの黒点が作られたことが分かります。
図2(下)は、太陽表面に出現した黒点が、上空へと広がる磁力線を通して供給した「磁気ヘリシティ」(磁場のねじれ度合いを示す量)の時間変化を示しています。これまでのフレアの観測からは、磁気ヘリシティの大きな黒点領域ほど強いフレアが起きる傾向にあることが知られています。この図からは、磁気ヘリシティの供給が、ねじれ有りの磁束管だけでなく、ねじれゼロの磁束管についても生じていることが見て取れます。これは非常に興味深い事実です。なぜなら、初期にねじれを与えなかった磁束管についても、磁束管が太陽表面に達した時には有限の(ゼロではない)磁場のねじれを持っていた、ということを意味しているからです。しかも、その量は、ねじれ有りの磁束管の20パーセントから50パーセントにも達しています。
図3:(左)ねじれゼロの磁束管浮上の例について、回転する2つの黒点の直下を3次元的に示した図。黄色は磁力線を、赤い立体的な表示は磁場強度を表す。(右)黒点回転・磁気ヘリシティ供給のメカニズムを説明したイラスト。(クレジット:Toriumi et al. (2023))
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では、このような磁場のねじれは、どこからもたらされたのでしょうか?図3(左)は、ねじれゼロの場合について、黒点のすぐ下の領域を拡大して示した様子です。黒点から下方に、磁力線が柱状に伸びている様子が分かります。図3(右)では、詳しく解析した結果をイラストで示しています。それによると、黒点から下方に伸びる磁力線は、渦状の熱対流によってよじられていることが分かりました。すなわち、初期の磁束管はねじれがゼロであったにもかかわらず、浮上中・黒点形成中に、熱対流の効果によってねじれ(磁気ヘリシティ)が与えられたのです。そのため、太陽表面では黒点も渦と同じ向きに回転し、その結果、磁気ヘリシティが上空のコロナへと供給されたのです。
このとき、渦の回転方向はランダムに決まると考えられます。これは、太陽内部の熱対流が、速度や向きが不規則に変化する「乱流」状態になっているためです。今回のシミュレーションでは、渦の向きがたまたま磁気ヘリシティを強化するように働きましたが、熱対流のようすが異なる別のシミュレーションでは磁気ヘリシティが減少するかもしれません。
さらに、ねじれゼロの磁束管が作った黒点の磁場分布を解析したところ、小規模の太陽フレアを引き起こす能力があることも分かりました。太陽フレアは磁場のねじれ(磁気ヘリシティ)として蓄えられたエネルギーが解放されることで生じる現象ですから、この結果は、熱対流の効果だけでもフレアを説明するだけの磁気ヘリシティが供給されうることを意味しています。
これまで、世界の研究者に広く受け入れられてきた太陽フレアの発生メカニズムは、
(1)対流層からねじれた磁束管が浮上し、その結果として黒点が回転運動を示す
(2)そのためコロナに磁場のねじれ(磁気ヘリシティ)が供給される
(3)磁気ヘリシティとして蓄積された磁場のエネルギーが、突発的に解放されることで太陽フレアが生じる
というものでした。しかし、本研究の結果は、熱対流が磁場をよじる効果によっても多大な磁気ヘリシティが供給されるため、例えねじれゼロの磁束管であってもフレアを生じる黒点が形成されうることを示しています。すなわち、本成果は、これまでのフレア発生メカニズムの認識に一石を投じる内容と言えます。
フレアの発生メカニズムは太陽物理学における最重要課題の1つとされており、日本の「ひので」衛星や、さらには次期太陽観測衛星「SOLAR-C」注4の主要な観測ターゲットとなっています。その一方で、磁束浮上・黒点形成・磁気ヘリシティ供給は、太陽の内部を光で見通すことができないことから、未解明の謎が多く残されています。本研究のような数値シミュレーションや、太陽内部を探査する手段である日震学注5を用いた研究を進めることで、磁場と熱対流がどのように黒点形成やフレア発生に関わっているのかを明らかにすることが期待されます。
【論文】
タイトル:Turbulent convection as a significant hidden provider of magnetic helicity in solar eruptions<?XML:NAMESPACE PREFIX = “[default] http://www.w3.org/2000/svg” NS = “http://www.w3.org/2000/svg” />
著者:Shin Toriumi, Hideyuki Hotta and Kanya Kusano
掲載誌:Scientific Reports
DOI:10.1038/s41598-023-36188-z
【本研究で使用されたスーパーコンピュータについて】
本研究では、ねじれの強さを変えた磁束管浮上のシミュレーション 3 通りを「アテルイⅡ」で実施しました。一方で、その準備となる、計算負荷の高い熱対流の計算には「富岳」を使いました。このように、計算負荷の高いシミュレーションは富岳で、計算条件(パラメータ)を変えた何通りものシミュレーションはアテルイⅡで行うという、それぞれのスーパーコンピュータの長所を活かす運用が成功の鍵となりました。
国立天文台のスーパーコンピュータ「アテルイⅡ」の理論演算性能は 3.087 ペタフロップスで、天文学の数値計算専用機としては世界最速です。岩手県奥州市にある国立天文台水沢キャンパスに設置されており、平安時代に活躍したこの土地の英雄アテルイにあやかり命名されました。「勇猛果敢に宇宙の謎に挑んで欲しい」という願いが込められています。(画像:スーパーコンピュータ「アテルイⅡ」(クレジット:国立天文台))
【用語解説】
(注1)太陽フレア:太陽コロナに蓄積された磁気エネルギーが突発的に解放される現象。様々な波長帯の電磁波の強度が数10分から数時間にわたって増大するとともに、コロナ質量放出や高エネルギー粒子の放出を伴う。
(注2)富岳:理化学研究所が2021年3月に共用を開始し、計算速度400ペタフロップス(1ペタは10の15乗、フロップスはコンピュータが1秒間に処理可能な演算回数を示す単位)以上の性能を誇るスーパーコンピュータ。
(注3)アテルイⅡ:国立天文台が運用する天文学専用のスーパーコンピュータ。理論演算性能は3.087ペタフロップスで、天文学の数値計算専用機としては世界最速を誇る。
(注4)SOLAR-C:「ひので」の後継機となる次期太陽観測衛星。高感度の紫外線分光望遠鏡EUVSTを搭載し、太陽フレアの発生メカニズムや大気加熱の謎に迫る。2028年度の打ち上げを目指し、日米欧の国際協力で検討・開発が進められている。
(注5)日震学:太陽表面の振動を観測することで、太陽内部の構造を探査する手法。光によって見通すことのできない太陽内部を探る唯一の手段であり、熱対流や磁場の様子を解明することが期待されている。
【研究プロジェクトについて】
本研究は以下の助成を受けて実施されました。
・日本学術振興会科学研究費助成事業(課題番号:JP20KK0072、JP20K14510、JP21H01124、JP21H04492、JP21H04497、JP23H01210)
・文部科学省「富岳」成果創出加速プログラム(課題番号:JPMXP1020230504、JPMXP1020230406)
数値シミュレーションは、理化学研究所「富岳」(課題番号hp210164)と国立天文台「アテルイII」を利用して実行しました。