プラズマの放射冷却で探るM87ジェットの磁場強度

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2023-06-08 国立天文台

韓国天文研究院、工学院大学、国立天文台などからなる研究チームは、日韓合同VLBI観測網を用いて楕円銀河M87の巨大ブラックホールから噴出するジェットを詳しく観測しました。複数の周波数帯を用いることでジェットが放射冷却によって冷える様子を分析し、M87ジェット中の磁場強度を推定することに成功しました。

fig.1
Credit: Ro et al. 2023

活動的な銀河の中心にある巨大ブラックホール近傍から細く絞られたプラズマ流として噴出し、光速に近いスピードで宇宙空間を伝播する活動銀河核ジェットは、その形成機構に「磁場」が深く関与していると考えられています。しかし、磁場の強度については未解明の点が多く、科学者たちの間で議論が続いています。

今回、東アジアVLBI観測網(EAVN)活動銀河核サイエンスワーキンググループは、日韓合同VLBI観測網(KaVA:図1)を用いた観測を行うことにより、M87ジェット中の磁場強度を推定することに成功しました。M87は、イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)によってジェット根元の巨大ブラックホールシャドウの撮影に成功したことで知られる天体です。

図2に示すように、研究のポイントとなったのは、22GHz帯と43GHz帯という2つの周波数帯でのジェットの準同時観測です。2つの異なる周波数帯で観測したジェットの画像を比較すると、ジェットを構成しているプラズマが放射冷却で冷える様子を可視化することができます。図2のカラーマップの青色部分/赤色部分は、プラズマがよく冷えている/あまり冷えていない領域に対応しています。そしてプラズマが冷える時間スケールは磁場強度の2乗に反比例して短くなるため、図2のような放射冷却分布図を解析することで、ジェット中の磁場強度を推定することができるのです。

こうして、図3に示すように、巨大ブラックホールからおよそ900-4500倍のシュバルツシルト半径(約2~10光年に相当)の距離において、ジェットの磁場強度は0.3ガウスから1ガウスの範囲にあることがわかりました(図3の黒塗り領域)。本研究で推定された磁場強度をジェット根元のブラックホールの位置まで外挿すると、ジェット中の磁場強度は距離におよそ反比例して分布していることが示唆されます(図3)。つまり、ブラックホール近傍のジェット流の中の磁束の大半は、著しく散逸されることはなくジェットの下流まで運ばれていることが示唆されました。

本研究をリードした韓国天文研究院の盧 炫旭(ノ・ヒョヌク)博士研究員は、
「KaVAによる2周波帯での準同時観測というユニークな観測を実行することにより、M87ジェット中の磁場強度について新たな知見を得ることができました。」
と喜びを語りました。

同サイエンスワーキンググループ代表の紀基樹 客員研究員(工学院大学)は、
「磁場は、ブラックホールの事象地平面から広大な宇宙空間まで、何桁にもわたるスケールで起こる物理現象を橋渡しする道標のようです。」
と述べました。

国立天文台水沢VLBI観測所の秦和弘助教は
「現在開発中のVERA 3.5mm帯(86GHz帯)受信機が完成すれば、今後M87ジェットのさらに根元付近での放射冷却の様子や磁場を探ることが可能になると期待されます。」
と意気込みを語りました。

論文情報:
本研究成果は H. Ro et al. “Spectral analysis of a parsec-scale jet in M 87: Observational constraint on the magnetic field strengths in the jet”としてヨーロッパの天体物理学専門誌「Astronomy & Astrophysics」に2023年5月24日付で掲載されました。

図表:

fig.1
Credit: NAOJ/KASI
図1:日韓合同VLBI観測網(The KVN and VERA Array, 通称KaVA)。下は本観測に参加した各観測局で、左からKVNのヨンセイ局(ソウル)、ウルサン局、タムナ局(済州)、VERA水沢局、入来局、小笠原局、石垣局にある電波望遠鏡の写真です。

fig.2
Credit: Ro et al. 2023
図2 : 22GHz帯(上段)と43GHz帯(中段)で観測されたM87ジェット画像を組み合わせて得られた放射冷却の度合いをあらわすカラーマップ(下段)。下の指数バーの値が小さいほど、プラズマが放射冷却によってよく冷えていることを表しています。参考のために、22GHz帯で見たM87ジェットの画像を等高線であらわしています。

fig.3
Credit: Ro et al. 2023
図3 : M87ジェット中の磁場強度の分布図。横軸は巨大ブラックホールからの距離、縦軸は磁場強度を表しています。黒い部分が本研究で推定したM87ジェット下流での磁場強度の分布を示しています。灰色の斜線部分の実線は、ジェット上流方向の結果の上限と下限の外挿です。破線は、巨大ブラックホールに近い領域でジェット半径プロファイルの傾きが急であると仮定した磁場分布です。斜線部のない実線は、2ミリ秒角以内のブラックホールにより近い領域で高速に加速されると仮定した場合の磁場分布の上下限です。点線は、結果の最大値をジェット下流域に外挿したものです。マーカーは先行研究によって推定された磁場強度を示しています。

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