2023-05-26 国立天文台
【 概要 】
名古屋市科学館の河野樹人 学芸員、鹿児島大学、ノースウェスト大学 (南アフリカ)、国立天文台、名古屋大学などのメンバーからなる国際研究チームは、野辺山45m電波望遠鏡を用いて、天の川のわし座と、たて座の境界付近にある赤外線バブル N49 に対して、アンモニア分子 (NH3)の広域観測を行いました。解析の結果、この領域で3つのアンモニアガスの塊(クランプ)を検出し、分子ガスの温度分布を得ることに成功しました。その中でも特に中央のクランプで温度上昇が見られることが明らかになりました。これは、ガス塊に埋もれた生まれたての重たい星によって、周囲の分子ガスが暖められている現場を見ていると考えられます。
本研究は、2023年4月発行の日本天文学会欧文研究報告 Publications of the Astronomical Society of Japan に掲載されました。
1.研究背景
夜空で星座を形づくる星々は、太陽と同じように自ら光り輝く星で恒星と呼ばれます。恒星は、宇宙空間に漂う星間ガスが集まることによって誕生します。特に太陽よりも10-20倍以上の重さを持つ星は大質量星と呼ばれ、膨大なエネルギーを放出し、周囲の星間ガスに大きな影響を与えるため、その形成過程や影響範囲を調べることはとても重要です。
2006-2007年にかけて、アメリカのスピッツァー宇宙望遠鏡[1]によって、赤外線でリング状の構造を持つ赤外線バブル(図1右)が天の川銀河におよそ600個見つかりました。その多くは中心に大質量星があり、その強い紫外線放射によって周囲の星間ガスを電離して作られたと考えられています。特に赤外線バブルの縁にはしばしば若い星が存在し、それらは、バブルの膨張運動が引き金となって形成されたのではないかとこれまで言われてきました。
図1(左): FUGINプロジェクトによって得られた一酸化炭素分子 (13CO) の強度分布。黄色の枠で示したのが、本研究で野辺山45m電波望遠鏡を使ってアンモニア分子の観測を行った範囲。中心の白い点線で囲った場所に赤外線バブル N49 が位置している。黒く太い等高線でフィラメント状分子雲を示している。
図1(右): スピッツァー宇宙望遠鏡によって得られた赤外線バブル N49 の3色合成画像。それぞれ青が3.6μm, 緑が8μm, 赤が24μm の強度分布に対応している。
2.研究内容と成果
今回、研究グループでは、天の川の代表的な赤外線バブル N49 (図1)に対して、野辺山45 m 電波望遠鏡を使って、アンモニア分子 (NH3)の反転遷移 (図2左)によって放射される電波の広域観測を行いました。その結果、一酸化炭素分子(CO)の観測で捉えられた細長いフィラメント状の分子ガスに沿って、3つのアンモニアガスの塊 (クランプ)があることを初めて突き止めました(図2右)。アンモニア分子の特徴として、回転の速さが異なる2つのエネルギー準位からの電波を同時観測することができます。回転の速さは分子ガスの温度に依存するので、異なるエネルギー準位間での電波強度の比を計算することで分子ガスの温度を精度よく推定することができるのです。分子ガスの温度分布を見ると、特に中央のクランプ内部にある年齢10万年以下の若い大質量星の周辺、およそ10光年以内の限られた範囲で高密度分子ガス雲の温度が上昇していることがわかりました (図3左)。この結果は、生まれたての若い大質量原始星によって、周囲の高密度分子ガス雲が暖められた現場を見ていると考えられます。
今回の観測は、KAGONMA[2]と名付けられたプロジェクトの一環で、これまで調べられていなかった赤外線バブルの縁にある大質量原始星周辺の温度分布を得ることに初めて成功しました。そして、その結果は、赤外線バブルの縁であろうとも、天の川銀河の他の大質量星形成領域の観測から得られた結果と変わらないという事を示しています。つまり、大質量原始星は周囲の星間ガス雲を加熱しますが、その影響範囲は、どこでも変わらずわずか10光年程度と限定的であることがわかってきたのです。
- 図2(左): 本研究で観測したアンモニア分子の反転遷移の模式図。窒素原子(N)が3つの水素原子(H)で作られる平面をすり抜ける際に生じるエネルギー差によって、波長 1.3 cm (周波数 23 GHz)の電波が放射される。
図2(右): 野辺山45m電波望遠鏡によって観測されたアンモニア分子の空間分布。カラーと等高線で電波強度の違いを示している
さらに今回のアンモニアの観測結果と、FUGIN プロジェクト[3]によって得られた一酸化炭素分子の空間分布と比較したところ、視線速度の異なるフィラメント状分子雲の重なった場所で、まさに高密度分子ガスが存在することがわかりました (図3右)。これは、この領域の先行研究で提案されている2つの分子雲の衝突によって高密度分子ガスが作られ、そこでバブルの縁にある若い大質量星が形成されたシナリオを支持する観測結果です。この事から、フィラメント同士の衝突によって大質量原始星が誕生し、周囲の10光年程度の狭い範囲の星間ガスを加熱するシナリオが予想できます。私たちの研究グループでは、バブルの縁にある若い星の形成には、バブル自身の膨張運動による影響は効きにくいと考えています。
- 図3 (左): アンモニア分子の観測データを解析することで得られた N49 周辺の分子ガスの温度分布。十字が若い大質量星の位置を示している。(右) FUGIN によって得られた13CO の2つの視線速度成分 (88km/s, 95km/s)の強度分布に、赤い等高線でアンモニア分子の分布を重ねている。
3.今後の展望
本研究では、天の川の赤外線バブル N49 に対して野辺山45m電波望遠鏡を用いたアンモニア分子の広域観測を行い、その温度分布を明らかにしました。研究チームでは今後、SKAやngVLAといった次世代の低周波をカバーする電波望遠鏡による高分解能観測が行われることで、星間ガスからの大質量星の誕生と、その後、周囲の星間ガス雲に与える影響範囲をさらに詳しく調べることができると考えています。
用語解説
[1]
スピッツァー宇宙望遠鏡は、アメリカ NASA によって2003年に打ち上げられた赤外線宇宙望遠鏡。2020年に運用を終了している。観測データは、天の川銀河の星形成や、系外惑星、遠方銀河など天文学の幅広い研究分野で活用されている。
[2]
KAGONMA プロジェクトは、2013-2019年にかけて、野辺山45 m電波望遠鏡を使って天の川銀河内の様々な大質量星形成領域をアンモニア分子で広域観測を行ったプロジェクト。主に鹿児島大学の研究者や卒業生、大学院生を中心としたメンバーで構成されている。
https://www.nro.nao.ac.jp/news/2022/0310-murase.html
[3]
FUGINは、2014-2017年にかけて野辺山 45 m 電波望遠鏡を用いて天の川銀河の分子ガス雲の広域観測を行ったプロジェクト。2018年にデータが公開され、世界中の研究者によって、研究が進められている。
https://www.nro.nao.ac.jp/news/2018/0125-umemoto.html
論文・研究メンバー
本研究は、2023年4月発行の日本天文学会欧文研究報告Publications of the Astronomical Society of Japanに掲載されました。論文の題目、および著者と当時の所属は以下の通りです。
【論 文 名】“Ammonia mapping observations of the Galactic infrared bubble N49: Three NH3 clumps along the molecular filament”
【掲載リンク】https://doi.org/10.1093/pasj/psad007
【研究チーム】
河野 樹人 (名古屋市科学館 学芸員/名古屋大学 客員研究員)
ジェームズ・チブエゼ (南アフリカ ノースウェスト大学 教授)
ロス・バーンズ (国立天文台 科学研究部 特任研究員)
面高 俊宏 (鹿児島大学 名誉教授)
半田 利弘 (鹿児島大学 天の川銀河研究センター 教授)
村瀬 建 (鹿児島大学 大学院生)
山田 麟 (名古屋大学 大学院生)
永山 匠 (元国立天文台 水沢 VLBI 観測所 特任専門員)
仲野 誠 (元大分大学理工学部 教授)
砂田 和良 (国立天文台 水沢 VLBI 観測所 助教)
立原 研悟 (名古屋大学大学院 理学研究科 准教授)
福井 康雄 (名古屋大学大学院 理学研究科 名誉教授)