ドリフト効果が宇宙線の太陽変調に大きな役割を果たしている証拠を世界で初めて確認
2023-05-26 早稲田大学
【発表のポイント】
国際宇宙ステーション(ISS)・「きぼう」日本実験棟搭載の宇宙線電子望遠鏡(CALET)が、約6年間にわたり、低エネルギー銀河宇宙線の陽子・電子の同時観測を行いました。
太陽活動に伴う陽子と電子の強度の変動(宇宙線の太陽変調※1)には顕著な違いがあることが観測され、陽子と電子の電荷(正負)の違いに対する依存性の様子が明らかになりました。
観測結果を宇宙線の太陽変調の理論モデルで再現することに成功し、ドリフト効果※2が太陽活動に伴う宇宙線の太陽変調に大きな役割を果たしている証拠が世界で初めて得られました。
宇宙線の太陽変調を正確に理解することで過去・現在・未来の宇宙放射線環境を再現・予測できるようになり、安全な宇宙旅行の計画や地球環境と宇宙天気の関係解明への貢献が期待されます。
図1:地球に到来する宇宙線のイメージ図。ドリフト効果の結果、CALETが観測を行っている太陽双極子磁場が北向きの期間においては、陽子は太陽系の極領域を通過して地球に到来し、電子は太陽系の赤道領域に存在するカレントシートと呼ばれる領域に沿って地球に到来する。図中の画像はJAXA(https://jda.jaxa.jp/)およびNASA(https://images.nasa.gov/)より入手。
茨城工業高等専門学校准教授 三宅晶子(みやけしょうこ)、信州大学特任教授 宗像一起(むなかたかずおき)、早稲田大学理工学術院総合研究所主任研究員(研究院准教授) 赤池陽水(あかいけようすい)、同大学名誉教授・CALET代表研究者 鳥居祥二(とりいしょうじ)、と宇宙航空研究開発機構(JAXA)及び国立極地研究所、東京大学宇宙線研究所などの国内複数機関、イタリア、米国の国際共同研究グループ(以下、本研究グループ)は、国際宇宙ステーション(ISS)・「きぼう」日本実験棟の船外実験プラットフォームに搭載された宇宙線電子望遠鏡(CALET:高エネルギー電子・ガンマ線観測装置)※3を用いて、銀河宇宙線の陽子・電子の1ギガ電子ボルト(GeV)領域※4で、太陽活動に伴う宇宙線の太陽変調の荷電依存性を高精度に観測しました。
現在、世界各国で計画されている有人月探査や火星探査において、宇宙旅行中の宇宙線による被ばく量や精密機器の故障を最小限に抑えることが求められています。このたびのCALETによる観測結果は、太陽変調を精度よく予測できる太陽変調モデルの確立に貢献し、太陽活動のどのタイミングで地球を出発するかを決定するうえで重要な役割を果たすことが期待されます。また、精緻な太陽変調モデルの確立は、予測だけでなく過去の極端な宇宙環境下における宇宙線の太陽変調の再現をも可能とするため、現在活発に議論されている、地球環境の変化に宇宙線の太陽変調が介在している可能性についても新たな示唆を与えることが期待できます。
本研究成果は、アメリカ物理学会発行の『Physical Review Letters』に、“Charge-sign dependent cosmic-ray modulation observed with the Calorimetric Electron Telescope on the International Space Station”として、2023年5月25日(木)<現地時間>にオンラインで掲載されました。
(1) これまでの研究で分かっていたこと
宇宙空間は、太陽や太陽系外で誕生した放射線で満ちています。太陽の活動レベルは約11年の周期で変化しており、太陽由来の放射線量はそれに合わせて変化します。また宇宙線と呼ばれる太陽系外で誕生した特別に高いエネルギーを持った粒子の量も、太陽からのプラズマの風や磁場による宇宙線バリアの効果が変化するため変動します。この現象は、”宇宙線の太陽変調”と呼ばれます。
宇宙線は、私たちが直接手に取り調べる事ができるほぼ唯一の太陽系外の物質です。何億年、何十億年も太陽系外を旅してきた宇宙線の組成比やエネルギー、量の特徴を丁寧に調べる事で、宇宙線の誕生の舞台や宇宙線が通過してきた宇宙空間の事、さらにはダークマター※5の正体までを探ることができます。宇宙線は、地球の磁場や大気のバリアをもってしても防ぎきることができません。このため、シングル・イベント効果※6と呼ばれる宇宙空間における精密機器の故障や、国際宇宙ステーションや航空機高度における被ばくの要因にもなっています。これらの課題を一気に解決するために、太陽の活動に伴う宇宙線の太陽変調の高精度な測定と理論モデルの確立が求められています。
古くは1950年代から、地上に置かれた宇宙線計(中性子モニター)などで宇宙線の太陽変調の観測が続けられてきました。観測と同時に、太陽変調を定量的に説明する理論モデルの研究も進められています。太陽変調の一つの特徴は、宇宙線量が太陽の約11年周期の変動の倍、約22年の周期で変化していることです。これは、太陽磁場の極性(A)と宇宙線の電荷(q)の積(qA)の符号が約22年周期で反転することによる、太陽変調の荷電依存性として知られています。
図2は、太陽の黒点数(上図)と地上に置かれた中性子モニターで観測されたq>0の宇宙線量(下図)の変化を示します。太陽黒点数が約11年の周期で変化するのに対し、宇宙線量は四角形のピークを形成する11年と、三角形のピークを形成する11年を交互に繰り返すことが分かります。これはドリフト効果の現われと考えられており、太陽磁場の極性が異なる期間(図2の赤と青の塗つぶし期間)の宇宙線量の変動の差から、この効果を検証する試みが行われてきました。しかしながら、一般的に各期間の太陽活動の変化は異なるので、宇宙線量の変動の違いがドリフト効果によるものである確かな証拠を捉えることは困難でした。
そこで我々は、ドリフトの向きが粒子の電荷(q)の正負でも逆向きになることに着目し、CALETで正の電荷を持つ陽子と負の電荷を持つ電子の量を同時に観測しました。これにより、活動周期ごとに異なる太陽活動の変化に影響されずにドリフト効果を検証することができます。
図2:地上に置かれた宇宙線計(中性子モニター)による宇宙線陽子の量(下図)と太陽黒点数(上図)の変動。横軸は西暦年で、赤と青の塗りつぶし期間は、太陽磁場極性が同一の期間を示している。右端の赤点線で囲まれた期間が、CALETによる観測期間。各観測データはOMNIweb(https://omniweb.gsfc.nasa.gov/)およびOulu Cosmic Ray Station(https://cosmicrays.oulu.fi/)より入手。
(2) 今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと
宇宙線の太陽変調を高精度かつ長期的に測定するために、2000年代以降にはPAMELA衛星※7やISSに搭載されたAMS-02※8による宇宙空間での長期観測が行われてきました。今回CALETは、2015年10月から2021年5月の約6年間にわたり宇宙線陽子・電子を同時観測し、図3に示すように、2019年12月周辺の太陽活動極小期をカバーする太陽変調の様子を明らかにしました。
図3の下の図の青丸と赤丸が、それぞれCALETで観測された電子と陽子の量の時間変化を表しています。観測期間は図2の点線で囲まれた約6年間です。この図から、2020年の太陽活動最小期に、陽子量はなだらかな四角形のピークを示していることに対して、電子量は尖った三角形のピークを示していることが判ります。我々は、この観測データを、ドリフト効果を考慮した宇宙線輸送過程のシミュレーションモデルで再現することを試みました。図の青線と赤線がモデルによる再現結果です。観測された陽子と電子の量の変動が、同時に再現されていることが判ります。CALETによる観測結果を理論モデルで再現することで得られたこの結果は、ドリフト効果が太陽活動周期ごとの宇宙線量の変動に大きな役割を果たしていることを示す世界で初めての成果です。
図3:CALETで観測された宇宙線電子量(青丸)と陽子量(赤丸)の変化(下図(b))。横軸は西暦年で、図2の赤点線期間を拡大したもの。青線と赤線はドリフト効果を考慮したモデルによる計算結果。上図(a)は同期間の太陽黒点数(黒線)と太陽磁場のカレントシートの傾き角(青点)を示したもの。Physical Review Lettersの発表論文の図を編集。
(3) そのために新しく開発した手法
CALETは、宇宙線シャワーを可視化できるカロリメータ型の観測装置です。太陽活動に伴う宇宙線の太陽変調の観測では、これまで磁石を採用したマグネティック・スペクトロメータ型のPAMELAやAMS-02が高精度観測の成果をあげていました。今回CALETは、カロリメータ型の観測装置により宇宙空間における太陽変調の高精度観測を達成しました。
宇宙線輸送過程のシミュレーションは、太陽活動に伴い変化する宇宙の天気をコンピュータ内に再現し、ある領域にばらまいた宇宙線が、太陽風のプラズマや磁場の影響を受けて複雑な経路を辿り地球に到来するまでの過程を追いかけるという手法で行いました。再現された宇宙空間では、実際の観測結果に基づく太陽風の速度や磁場の変動が考慮されています。また、ドリフト効果をはじめ、移流、拡散、断熱冷却といった、宇宙線が地球に到来するまでに受ける基本的な物理作用も考慮されています。このような、物理法則をベースとする、パラメータ不定性を最小限に抑えた理論モデルでCALETの観測結果を再現することで、太陽変調のメカニズム解明につながる定量的議論が実現しました。
(4) 研究の波及効果や社会的影響
理論モデルの確立により、航空機高度での被ばくや、シングル・イベント効果の予測精度が向上します。例えば、世界各国で計画されている有人月探査や火星探査では、宇宙旅行が長期間にわたります。このため、宇宙旅行中の宇宙線による被ばく量や精密機器の故障の可能性を最小限に抑えるために、太陽活動のどのタイミングで地球を出発するかを、慎重に検討する必要があります。CALETの観測結果は、太陽変調を精度よく予測できる太陽変調モデルの確立に欠かせない貴重な情報を提供します。
また精緻な太陽変調モデルの確立は、予測だけでなく過去の極端な宇宙環境下における宇宙線の太陽変調の再現をも可能にします。屋久杉などの年輪に記録された炭素14や、南極ドームふじの氷に記録されたベリリウム10などを用いた太古の宇宙線観測により、太陽が長期にわたり不活発となったグランド・ミニマム期には、宇宙線が大量に降り注いだことが明らかになっています。マウンダー極小期と呼ばれる、1645年から1715年にかけて起こったグランド・ミニマム期には、地球全体の気温が低下し、イギリスのテムズ川が凍結するほどであったことが知られていますが、そのメカニズムは明らかになっていません。このような地球環境の変化に宇宙線の太陽変調が介在している可能性も議論されており、CALETの観測結果やそれを用いた理論モデルの精密化は、その是非を議論する上でも重要なヒントになります。
(5) 今後の課題
今回発表した研究成果は、まだ太陽活動の半周期分の結果にすぎません。今回の観測で明らかになったのは主に太陽活動が徐々に低下する減退期における太陽変調の描像ですが、今後の増進期では太陽系内の磁場構造が変わります。今後も観測を継続することで、宇宙線が太陽系内の環境の影響をどのようにこうむるのかがより明らかになります。
また今回は、宇宙線の太陽変調の荷電依存性を示す成果の速報として計数率の変動を示しました。今後は解析精度をより向上し、エネルギー・スペクトルの変動を明らかにする事で、現在や過去の太陽変調のより正確な理解と、その予測をも可能とする理論モデルの確立を目指します。
(6) 研究者のコメント
今回の研究は、宇宙線の太陽変調にドリフト効果が大きな役割を果たしている証拠を提供しました。CALETは2015年10月の観測開始以来、安定的に約7年間の観測を継続しています。今後の観測で達成される太陽活動1周期分の太陽変調の精密観測結果は、太陽系周辺における宇宙線輸送過程の詳細解明や、精緻なシミュレーションモデルの確立に不可欠なデータを提供します。
(7) 用語解説
※1 宇宙線の太陽変調
宇宙線の太陽変調とは、太陽系内で観測される宇宙線の強度が太陽活動に伴い変化する現象のことです。これは、太陽からのプラズマの風や磁場による宇宙線バリアの効果が太陽の活動レベルによって変化するために起こります。太陽の自転運動や太陽活動の周期変動のため、地球で観測される宇宙線の太陽変調は約27日や約11年、22年といった周期性を持つことが知られています。
※2 ドリフト効果
磁場の中を運動する荷電粒子は、ローレンツ力と呼ばれる力を受けて磁力線に巻きつきながららせん運動します。ドリフト効果とは、磁場の中をらせん運動する荷電粒子の旋回中心が磁場の強さや方向の変化の影響を受けて移動する現象のことです。ドリフトの方向は荷電粒子の電荷や磁場の向きによって反転する性質を持ち、太陽系周辺の宇宙線の経路は太陽双極子磁場の向き(A)と宇宙線の電荷(q)の組み合わせ(qA)の符号によって反転します。ドリフト効果の結果、CALETが観測を行っているA>0の期間においては、陽子(q>0)は太陽系の極領域を通過して地球に到来し、電子(q<0)は太陽系の赤道領域に存在するカレントシートと呼ばれる領域に沿って地球に到来します(図4)。このカレントシートの構造は太陽の活動レベルに伴って大きく変化するため、CALETで観測された電子の量は大きく変化したのだと理解できます。
図4:地球に到来する宇宙線陽子・電子の通過経路と、太陽系内のカレントシート。図中心の赤い球は太陽、そのすぐそばの青い球は地球を示す。CALETの観測期間において、宇宙線陽子は太陽系の極領域(赤矢印)を通過して地球に到来する。一方宇宙線電子は、太陽系の赤道面周辺に広がるカレントシート(オレンジ)に沿って(青矢印)地球に到来する。
※3 CALET
CALorimetric Electron Telescope(CALET)はカロリメータ方式の宇宙線電子望遠鏡で、日本の宇宙線観測としては初めての本格的な宇宙実験です。高エネルギー電子の高精度観測に最適化されたユニークな装置となっています。CALETの主となる検出装置は「カロリメータ」と言い、ここに飛び込んでくる宇宙線を捉えて観測します。カロリメータは、図5のように3つの層からできています。図5の第1の層(CHD)では粒子の電荷を測定し、原子番号を調べます。第2の層(IMC)では、粒子が飛んできた方向を測定します。そしてもっとも厚みのある第3の層(TASC)で、宇宙線が吸収されて生じる「シャワー」の発達の様子から、その宇宙線のエネルギーや種類を特定します。この3つの層から得られる情報を統合することで、その宇宙線について知るべきことがほとんどわかります。特に第3の層の厚さや使われている物質によって、どれだけ高いエネルギーの粒子まで観測することができるかが決まるのですが、CALETはとりわけここが従来の観測装置に比べて高い性能を持っています。
図5:CALETの主検出であるカロリメータ部の装置概要。上から電荷測定器(CHD)、撮像型カロリメータ(IMC)、全吸収型カロリメータ(TASC)。1TeVの電子シャワーのシミュレーション例が上書きで示されている。
※4 GeV領域
エネルギーの単位の一つとして用いられる電子ボルト(eV)は、電子が1ボルトの電位差を抵抗なしに通過した際に得るエネルギーとして定義されています。その10億倍のエネルギーがギガ電子ボルト(GeV)です。なお、がん治療(陽子線治療)のために人工的に加速された陽子の最大エネルギーは、0.24GeVです。
※5 ダークマター
ダークマター(暗黒物質)は、宇宙に存在する物質・エネルギーのうち約27%を占める、質量を持つ正体不明の物質です。銀河の回転速度の観測をきっかけにダークマターの存在が明らかになりました。ダークマターが存在しないと、銀河の回転速度や銀河団の形成などが説明できないと考えられています。ダークマターの正体として、未発見の素粒子や原始ブラックホールなど、様々な候補が考えられています。
※6 シングル・イベント効果
1個の高エネルギー粒子が宇宙機などに搭載された精密機器の半導体に入射した際、二次的に生成された大量の荷電粒子が半導体内を流れた結果、素子の誤作動や故障を引き起こします。この現象をシングル・イベント効果と呼びます。GeV以上のエネルギーを持つ宇宙線がシングル・イベント効果を引き起こすと考えられています。
※7 PAMELA衛星
PAMELA衛星(Payload for Antimatter Matter Exploration and Light-nuclei Astrophysics)は、ダークマターの探索や宇宙線の伝播や加速のメカニズムの解明などを目的として2006年6月に打ち上げられた、マグネティック・スペクトロメータ型の宇宙線観測衛星です。ホスト衛星の運用が終了する2016年までの10年間観測を継続し、1.5GeV〜100GeVのエネルギー領域における宇宙線の電子・陽電子比の過剰などを発見しました。
※8 AMS−02
AMS-02(Alpha Magnetic Spectrometer)は、ISSに搭載されたマグネティック・スペクトロメータ型の素粒子検出装置です。2011年5月にISSにインストールされて以来、現在も宇宙線の高精度観測を継続しています。宇宙線の太陽変調もAMS-02の観測ターゲットのひとつであり、CALETと同じくISSに搭載されている点やCALETとは異なるマグネティック・スペクトロメータ型の検出装置であることからも、AMS-02とCALETは相補的な関係にあります。
(8) 論文情報
雑誌名:Physical Review Letters
論文名:Charge-sign dependent cosmic-ray modulation observed with the Calorimetric Electron Telescope on the International Space Station
執筆者名(所属機関名): 三宅晶子(茨城高専)、 宗像一起(信州大学)、赤池陽水(早稲田大学)、他 (CALET Collaboration)
掲載日時(現地時間): 2023年5月25日(木)
URL: https://link.aps.org/doi/10.1103/PhysRevLett.130.211001
DOI: 10.1103/PhysRevLett.130.211001
(9) 研究助成
研究費名 : 科学研究費補助金 基盤研究(C)
研究課題名: 非線形拡散過程を考慮した銀河宇宙線太陽変調モデルの構築とその汎用化
研究代表者名(所属機関名): 三宅晶子(茨城高専)
研究費名 : 科学研究費補助金 基盤研究(S)
研究課題名: CALET長期観測による銀河宇宙線の起源解明と暗黒物質探索
研究代表者名(所属機関名): 鳥居祥二(早稲田大学)
研究費名 : 科学研究費補助金 基盤研究(C)
研究課題名: 宇宙線原子核の直接観測による銀河宇宙線の加速・伝播機構の研究
研究代表者名(所属機関名): 赤池陽水(早稲田大学)