2023-05-12 日本原子力研究開発機構,東北大学
【発表のポイント】
- ウラン化合物であるウランテルル化物(化学式UTe2)は、トポロジカル超伝導体と呼ばれる新しいタイプの超伝導体の候補物質です。
- ゼロ磁場から磁場をかけてゆくと、低磁場超伝導状態は壊されて超伝導転移温度が下がってゆくのですが、さらに15テスラ以上の磁場をかけると逆に超伝導転移温度が上昇して、高磁場超伝導と呼ばれる状態が安定化します。しかしながら、磁場によって、低磁場超伝導状態がどのように高磁場超伝導状態に移り変わってゆくのかはわかっていませんでした。
- 我々は昨年、超伝導性能が格段に向上するUTe2の超純良単結晶の育成方法を開発しました。今回、この超伝導転移温度が向上した単結晶を用いて、磁場や温度を変えながら、超伝導の性質を精密に調べました。その結果、低磁場超伝導状態と高磁場超伝導状態との間に、両者が入り混じった新しい超伝導状態が存在することを発見しました。
- 低磁場・高磁場・その混合超伝導状態のように、多彩な超伝導状態を制御する方法を見出すことができれば、次世代量子コンピュータ用の新しい超伝導量子デバイスの開発につながると期待されています。
【概要】
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構 (理事長:小口正範、以下「原子力機構」という。)先端基礎研究センター強相関アクチノイド科学研究グループの酒井宏典研究主幹、徳永陽グループリーダーらは、国立大学法人東北大学(総長:大野英男、以下「東北大学」という。)金属材料研究所の木俣基准教授、淡路智教授、佐々木孝彦教授、青木大教授らと共同で、スピン三重項トポロジカル超伝導物質候補であるウラン化合物において、低磁場超伝導状態と高磁場超伝導状態との間に、両者が入り混じった新しい超伝導状態が存在することを発見しました。
ウランテルル化物 (化学式UTe2) は、米国の研究グループが2019年に超伝導を報告して以来、国際的に大きな注目を集めています。この物質に、ゼロ磁場から磁場をかけてゆくと、通常の超伝導体と同様に、低磁場超伝導状態は壊されて超伝導転移温度が下がってゆくのですが、さらに15テスラ以上の磁場をかけると逆に超伝導転移温度が上昇して、高磁場超伝導と呼ばれる状態が安定化します。しかしながら、磁場によって、低磁場超伝導状態がどのように高磁場超伝導状態に移り変わってゆくのかはわかっていませんでした。
このように磁場に強い超伝導を示すためUTe2は、新しいタイプのスピン三重項(1)トポロジカル超伝導体(2)の候補として考えられるようになりました。このタイプの超伝導体は、次世代量子コンピュータへの応用(3)が期待されています。しかし、磁場によって、低磁場超伝導状態がどのように高磁場超伝導状態に移り変わってゆくのかはわかっていませんでした。
我々は昨年、超伝導性能が格段に向上するUTe2の超純良単結晶(4)の新しい育成方法を開発しました。本研究ではこの超純良単結晶を用い、磁場や温度を変えながら、超伝導の性質を精密に調べました。その結果、低磁場の超伝導と高磁場の超伝導との間に、両者が入り混じった新しい超伝導状態が存在することを発見しました。単結晶の超伝導転移温度が上昇したことが実験成功の鍵で、東北大学金属材料研究所が開発した世界最高の磁場を発生できる無冷媒超伝導磁石(5)を用いて精密な実験が初めて可能となりました。
本研究は、UTe2がスピン三重項トポロジカル超伝導体であることを裏付けるものです。低磁場・高磁場・その混合超伝導状態のように、多彩な超伝導状態を制御する方法を見出すことができれば、次世代量子コンピュータ用の新しい超伝導量子デバイスの開発につながると期待されています。
本研究の成果は、2023年5月12日(米国時間)に米国物理学会誌「Physical Review Letters」にオンライン掲載されました。
【これまでの背景・経緯】
超伝導は、物質の電気抵抗がゼロとなる現象です。送電や蓄電、強力な電磁石などへの応用は、省エネルギー社会に欠かせません。最近は、量子コンピュータ素子としても注目されています。通常、超伝導は、図1上図のように電子が2個ずつ電子スピン(6)を逆向きに打ち消し合う電子ペアを組むことで起こります。この状態をスピン一重項と呼びます。まれに、図1下図のように、スピンを打ち消し合わない電子ペアを生じることがあります。このようなスピンをもつ電子ペアによる超伝導を、スピン三重項超伝導と呼びます。この場合、図1下図に示したように電子ペア形成がある特別な方向に強く起こって、いろいろな電子ペアが起こりえます。近年、スピン三重項超伝導は、理論的にトポロジカル超伝導体候補としても注目されるようになりました。この新しいタイプの超伝導物質は、まだ数例しか見つかっていないのですが、面白いことに、ウラン化合物で候補物質が次々と見つかって、物性物理学の最前線となっています。
図1 超伝導電子ペア
そのような超伝導物質候補の一つが、ウランテルル化物 (化学式UTe2) です。結晶構造を図2に示します。2019年に米国国立標準技術研究所(NIST)とメリーランド大学の研究グループにより超伝導転移温度(Tc)が1.6ケルビンの超伝導が発見[1]されました。しかし、超伝導発見当初から、UTe2研究では、単結晶の品質が問題となっていました。今回の成果に繋がった最初の重要なステップは、超純良単結晶を育成することに成功(4)して、Tcを2.1ケルビンに向上させたことでした。
図2 UTe2の結晶構造
UTe2では、この図のb軸方向に磁場をかけると、超伝導が強くなる
当初、UTe2の超伝導が特に注目を集めたのは、図3のような、磁場-温度相図が報告されたからです。磁場をかけると低磁場ではTcが下がるのですが、約15テスラ以上の高磁場ではTcが上がります。また、Tc=1.6 ケルビンと低いにも関わらず、約30テスラという強磁場領域まで超伝導であり続けます。磁場中でTcが上昇する振る舞いは通常の一重項の超伝導では説明できず、スピン三重項超伝導の有力候補とされる重要な根拠となりました。
図3 UTe2超伝導の当初の磁場–温度特性図
その後、図3の磁場-温度特性は、図4のように更新されました。2022年に国内外の二つの研究グループによって、UTe2は超伝導内に境界があり、「低磁場超伝導」が、磁場をかけると新しい「高磁場超伝導」に移り変わる、ということが明らかになったからです[2, 3]。もし、この境界が本当であれば、理論的に存在するはずのもう一つ別の超伝導内境界が観測されないことが問題でした。また、この物質が強い磁場に対して境界付近でどのような物理特性を変化させてゆくか、は詳しくわかっていませんでした。
図4 UTe2超伝導の本研究直前の磁場–温度特性図
【今回の成果】
本研究の目的は、Tc=2.1ケルビンとなった純良単結晶において、UTe2本来の超伝導特性を調べることでした。一般に、超伝導体が図4に示したような磁場–温度特性を示す場合、理論的には超伝導内にもう一つ別の境界があるはずです。また、それぞれの超伝導が境界付近でどのような物理特性を示すか、詳細に調べました。
通常の実験室にある超伝導磁石では、せいぜい15テスラ程度の磁場しか発生できません。UTe2の超伝導特性を調べるには不十分です。そこで、東北大学金属材料研究所附属強磁場超伝導材料研究センターが開発した無冷媒超伝導磁石を使いました。この磁石は、25T-CSMという名前で呼ばれていて、無冷媒超伝導磁石として世界最高磁場25テスラ (2023年現在) を発生することができます。
この磁石を用いて、磁場角度方向の精密制御を行いながら、超伝導の性質を精密に調べました。その結果、図5に示したように、磁場をかけていくと、低磁場超伝導内にもう一つ境界があって、高磁場超伝導へ移り変わる前に、今まで見出されていなかった低磁場超伝導状態と高磁場超伝導状態とが入り混じった新しい超伝導状態が現れることが明らかになりました。
図5 本研究によって更新されたUTe2超伝導の磁場-温度特性図
【今後の展望】
本研究は、UTe2がスピン三重項トポロジカル超伝導体であることを裏付けるものです。UTe2において低磁場超伝導状態、新しい混合した超伝導状態、高磁場超伝導状態と、それぞれ異なる超伝導電子ペアが生じていると考えられます。これらの多彩な超伝導状態を制御する方法を見出すことができれば、次世代量子コンピュータ用の新しい超伝導量子デバイスの開発につながると期待されます。
【論文情報】
雑誌名:Physical Review Letter (2023).
タイトル:“Field-induced multiple superconducting phases in UTe2 along hard magnetic axis”
(UTe2における磁化困難軸方向にかけた磁場によって誘起された多重超伝導相図)
著者名:H. Sakai, Y. Tokiwa, P. Opletal, M. Kimata, S. Awaji, T. Sasaki, D. Aoki, S. Kambe, Y. Tokunaga, and Y. Haga
【参考文献】
[1] “Nearly ferromagnetic spin-triplet superconductivity”, S. Ran, C. Eckberg, Q.-P. Ding, Y. Furukawa, T. Metz, S. R. Saha, I.-L. Liu, M. Zic, H. Kim, J. Paglione, and N. P. Butch, Science 365, 684 (2019).
[2] “Change of superconducting character in UTe2 induced by magnetic field”, K. Kinjo, H. Fujibayashi, S. Kitagawa, K. Ishida, Y. Tokunaga, H. Sakai, S. Kambe, A. Nakamura, Y. Shimizu, Y. Homma, D. X. Li, F. Honda, D. Aoki, K. Hiraki, M. Kimata, and T. Sasaki, Phys. Rev. B 107, L060502 (2023).
[3] “Field-induced tuning of the pairing state in a superconductor”, A. Rosuel, C. Marcenat, G. Knebel, T. Klein, A. Pourret, N. Marquardt, Q. Niu, S. Rousseau, A. Demuer, G. Seyfarth, G. Lapertot, D. Aoki, D. Braithwaite, J. Flouquet, and J. P. Brison, Phys. Rev. X 13, 011022 (2023).
【助成金等の情報】
本研究の一部は、日本学術振興会科研費JP16KK0106, JP17K05522, JP17K05529, JP20K03852, JP20K03852, JP20H00130, JP20KK0061, JP20K20905, JP22H04933の助成を受けたものです。また東北大学金属材料研究所附属強磁場超伝導材料研究センターにおける共同利用は、国際共同課題(課題番号202012-HMKPB-0012, 202112- HMKPB-0010, 202112-RDKGE-0036)として実施したものです。また、一部は原子力機構の黎明研究制度の助成を受けて実施しました。
【用語の説明】
(1) スピン三重項超伝導
通常の超伝導では、電子スピンを打ち消し合うように「電子ペア」を作って起きます。スピン三重項超伝導体とは、電子スピンを打ち消し合わずに「電子ペア」を起こす超伝導体です。1996年および2003年ノーベル物理学賞は、液体ヘリウム3の超流動においてスピン三重項の「原子ペア」に関する実験的、および理論的解明に対して与えられています。 一方、その固体における対応としてスピン三重項超伝導体探索が精力的に続けられています。その候補物質は数少ないのですが、ウラン化合物超伝導体が多く含まれ、最有力候補として研究されています。
(2) トポロジカル超伝導体
超伝導が起きると電子ペア状態が起こるために、通常の電子状態との間に、エネルギーギャップが開きます。トポロジカル超伝導体では、物質内部ではこのようなギャップが開いている一方、物質表面において、ギャップが閉じた状態が現れると理論的に予想されています。このような特異な表面電子状態は、まだ実験的に存在が確認されておらず、世界中で物質探索や表面状態検出のための実験がなされています。
(3) 量子コンピュータへの応用
量子コンピュータは、従来のコンピュータとは異なり、量子力学の原理を利用して計算を行うもので、高速でエネルギー効率の高い計算が可能です。しかし、量子ビットは非常にデリケートであり、外部からの影響を受けやすいため、エラーが発生しやすくなっています。スピン三重項トポロジカル超伝導体は、そのようなエラーを回避するための素材として期待されています。
(4) UTe2の超純良単結晶
2022年7月29日プレスリリース 「身近な塩で超純良ウラン超伝導物質の育成に成功!—次世代量子コンピュータへの応用に期待—」を参照ください。
(5) 無冷媒超伝導磁石25T-CSM
通常の超伝導磁石は、液体ヘリウムを用いて磁石を極低温に冷却する必要があります。無冷媒磁石では、冷凍機を用いて冷却するため液体ヘリウムを必要としません。東北大学金属材料研究所附属強磁場超伝導材料研究センターが開発した25T-CSMと名づけられた無冷媒超伝導磁石は、高温銅酸化物超伝導体を用いることで、無冷媒としては世界最高の磁場を発生することができます。長時間安定して精密磁場を発生できる特徴を活かして、高精度測定などに威力を発揮します。
(6) 電子スピン
電子の持つ量子力学的な重要な自由度の1つであり、電子の自転運動から生じる微視的磁石に例えられます。