2023-02-14 東京大学,東北大学
発表のポイント
◆ 2020年に発見されたカゴメ格子構造を持つ超伝導体CsV3Sb5において、不純物に強い新しいタイプの非従来型超伝導が実現していることを明らかにしました。
◆ 不純物量を系統的に変えた実験により、本カゴメ格子物質の超伝導が、超伝導転移温度より高温で現れるボンド秩序(電荷秩序)の揺らぎによって生じていることを示しました。
◆ 本研究結果は、カゴメ格子物質で期待される特異な電子状態や超伝導状態を理解する上で重要な知見となることが期待されます。
カゴメ格子超伝導体CsV3Sb5で実現するボンド揺らぎによる新規超伝導状態
発表概要
東京大学大学院新領域創成科学研究科の六本木雅生大学院生、石原滉大助教、水上雄太助教 (研究当時、現在東北大学大学院理学研究科准教授)、橋本顕一郎准教授、芝内孝禎教授、同物性研究所の上床美也教授らは、仏エコール・ポリテクニークおよび米カリフォルニア大学サンタバーバラ校と共同で、二次元カゴメ格子構造を持つ新規超伝導体CsV3Sb5において、不純物に強い非従来型超伝導(注1)が実現していることを明らかにしました。
カゴメ格子とは、籠の網の目の模様を意味する「籠目」状に原子が配列した状態のことを指します。カゴメ格子構造を持つ金属物質では特殊な電子状態や超伝導状態が期待されていますが、多くの場合、カゴメ格子構造を持つ物質は絶縁体でした。ところが最近、完全なカゴメ格子をもつ超伝導体CsV3Sb5が発見され、大きな注目を集めています。この物質では、超伝導転移温度より高い温度領域において、電子の飛び移りやすさがある特定のパターンをもつボンド秩序(電荷秩序、注2)と呼ばれる状態が実現しており、超伝導との関係が指摘されていました。
今回、不純物が超伝導状態に与える影響を系統的に調べたところ、他の非従来型超伝導体では観測されていない、不純物に対して強固な超伝導が実現していることが分かりました。この結果は、本物質において、ボンド秩序に関連した新しいメカニズムによって非従来型の超伝導が実現していることを示しており、今後、カゴメ格子物質で期待される特異な電子状態や超伝導状態を理解する上で重要な知見となることが期待されます。
本研究成果は2023年2月7日付けで、英国科学誌 Nature Communications にオンライン掲載されました。
発表内容
研究の背景と経緯
磁性や超伝導などの多彩な物理現象を探索するうえで、近年、物質が持つ結晶構造の対称性に注目が集まっています。その中でも特に興味深い結晶構造として、カゴメ格子と呼ばれる構造があります。カゴメ格子とは、結晶を構成する原子が三角形と六角形のパターンからなる構造(図1a)のことで、カゴメ格子を持つ物質では、幾何学的な性質によって、非従来型超伝導やトポロジカル物性などの様々な新規物性が期待されています。
そのような中、2020年にカゴメ格子構造を持つCsV3Sb5(図1)において超伝導が発見され、大きな注目を集めています。本物質では、超伝導転移温度より高温において、電子の飛び移りやすさがある特定のパターンをもつボンド秩序と呼ばれる状態 (図2)が発現し、また圧力を加えると超伝導転移温度が増強されるなどの特異な性質が数多く報告されています。しかしながら、この物質の超伝導発現機構およびボンド秩序との関連性は明らかになっていませんでした。
図1:カゴメ格子構造を持つCsV3Sb5
(a)c軸方向から見たCsV3Sb5の結晶構造。V(赤色)とSb1(黄色)が二次元シートを構成しており、Vイオンによってカゴメ格子が形成されている。
(b)CsV3Sb5の結晶構造の三次元図。中心に配置されたVとSb1からなる二次元シートが(a)に対応しており、二次元カゴメ格子のシート間にCsが挿入された構造となっている。
図2:CsV3Sb5におけるボンド秩序の形成パターン
赤色と黄色の丸がそれぞれ図1(a)のV原子とSb1原子に対応しており、(a) ダビデの星、(b) 逆ダビデの星と呼ばれるパターンを形成している。これら2つのボンド秩序パターンが面間方向に交互に並んでいる。
研究成果の内容と意義
本研究では、CsV3Sb5の超伝導発現機構を明らかにするために、不純物が超伝導状態に与える影響(不純物効果)に注目しました。超伝導の標準理論であるBCS理論(注3)の枠組みでは、超伝導は2つの電子が格子との相互作用(格子揺らぎ)によりペアを形成することによって発現します。この場合、超伝導体に非磁性の不純物を導入しても、超伝導転移温度や超伝導ギャップ構造(注4)は大きく変化しないことが知られています。一方で、銅酸化物高温超伝導や重い電子系超伝導などのBCS理論では説明ができない超伝導体(非従来型超伝導体)では、非磁性不純物によって超伝導が大きく抑制されることが知られています。CsV3Sb5では、BCS理論で期待される超伝導転移温度よりもはるかに高い転移温度を示すため、何らかの非従来型機構により超伝導が実現していると考えられています。
本研究では、不純物効果がCsV3Sb5の超伝導転移温度や超伝導発現機構と密接な関係にある超伝導ギャップ構造にどのような影響を与えるかを系統的に調べました。物質中への非磁性不純物の導入には、高エネルギーの電子線を試料に照射することで不純物量を制御できる電子線照射と呼ばれる手法を用いました。この手法により、不純物量を制御したCsV3Sb5単結晶試料に対し、常圧および高圧下での電気抵抗測定から超伝導転移温度の変化を調べ、さらに超伝導ギャップ構造を反映する磁場侵入長(注5)と呼ばれる物理量の温度依存性を測定することで、不純物が超伝導ギャップ構造に与える影響を調べました。
その結果、CsV3Sb5の超伝導転移温度は不純物量が少ない領域で大きく抑制される一方で、その後は不純物量を増やしても転移温度がほとんど抑制されないことが分かりました(図3a)。このような不純物応答は従来型のBCS超伝導体や非従来型の銅酸化物高温超伝導体で見られる応答とは異なっています。さらに磁場侵入長測定の結果から、超伝導ギャップが異方的な構造(図3b)を有していることが明らかになりました。これらの結果は、格子揺らぎではなく、ボンド揺らぎによる超伝導において理論的に期待される振る舞いとよく一致しており、CsV3Sb5では非従来型であるにも関わらず、不純物に強い超伝導状態が実現していることが明らかになりました。
図3:不純物によるCsV3Sb5の超伝導転移温度と超伝導ギャップ構造の変化
(a) CsV3Sb5における不純物による超伝導転移温度の抑制。CsV3Sb5 (赤丸)では不純物量を増やしていくと、超伝導転移温度は最初に急激な減少をした後に緩やかな減少へと変化する。これはBCS型の超伝導体や磁気揺らぎによって発現する銅酸化物高温超伝導体とは異なる。
(b) CsV3Sb5における不純物による超伝導ギャップ構造の変化。不純物導入前では異方的なギャップ構造を持っているが、不純物量を増やしていくと、ギャップの大きさが平均化され、最終的には2つのギャップが等方的でほとんど同じサイズとなる。この振る舞いはボンド秩序の揺らぎで超伝導が実現している場合に理論的に期待される振る舞いとよく一致しており、CsV3Sb5における超伝導がボンド秩序の揺らぎによって生じていることを示している。
本研究の成果は、カゴメ格子物質で期待される特異な電子状態や超伝導状態を理解する上で重要な知見となることが期待されます。
研究助成
本研究は科学研究費学術変革領域研究(A)「高密度共役の科学」(領域代表者:関修平教授)[JP20H05869]、新学術領域研究(研究領域提案型)「量子液晶の物性科学」(領域代表:芝内孝禎教授)[JP19H05824]、科学研究費基盤研究(A)「複合環境下における圧力誘起物性現象の研究」(研究代表:上床美也)[JP19H00648]等の助成を受けて行われました。
発表者
東京大学
大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻
六本木 雅生(博士課程)
石原 滉大(助教)
橋本 顕一郎(准教授)
芝内 孝禎(教授)
物性研究所 附属物質設計評価施設
上床 美也(教授)
東北大学大学院理学研究科 物理学専攻
水上 雄太(准教授)<研究当時:東京大学大学院新領域創成科学研究科 助教>
論文情報
〈雑誌〉英国科学誌 Nature Communications(2023年2月7日付)
〈題名〉Bulk evidence of anisotropic s-wave pairing with no sign change in the kagome superconductor CsV3Sb5
〈著者〉M. Roppongi, K. Ishihara, Y. Tanaka, K. Ogawa, K. Okada, S. Liu, K. Mukasa, Y. Mizukami, Y. Uwatoko, R. Grasset, M. Konczykowski, B. R. Ortiz, S. D. Wilson, K. Hashimoto, and T. Shibauchi
〈DOI〉 10.1038/s41467-023-36273-x
〈URL〉 https://doi.org/10.1038/s41467-023-36273-x
用語解説
(注1)非従来型超伝導
金属をある温度まで冷やしたときに、電気抵抗がゼロになる現象を超伝導という。超伝導は多くの金属で見られる普遍的な相転移現象であり、そのほとんどは絶対零度(約マイナス273℃)付近の低温で、2つの電子が格子の揺らぎによってペアを形成することで生じる(注3参照)。一方で、一部の超伝導体では、格子揺らぎとは異なる揺らぎによって超伝導電子ペアが形成され、非従来型の超伝導を示す。非従来型超伝導体の代表例である銅酸化物超伝導体は、液体窒素温度(マイナス196℃)よりも高い温度で超伝導が発現するため、高温超伝導体と呼ばれる。
(注2)ボンド秩序(電荷秩序)
電子が隣接する原子間を飛び移る大きさに偏りが生じ、空間的に増減のパターンが形成される状態のことを指す。CsV3Sb5では、超伝導転移温度より高温において、電子が密になっている部分と疎になっている部分が周期的に空間変化する電荷秩序と呼ばれる状態が実現しており、ボンド秩序が電荷秩序の起源である可能性が提案されている。
(注3)BCS理論
バーディーン、クーパー、シュリーファーの3人によって1957年に発表された一般的な金属における超伝導を説明する理論。この理論では、電子と格子振動(格子揺らぎ)との相互作用によって2つの電子の間に引力が働き、電子のペアが形成されることで超伝導が実現する。
(注4)超伝導ギャップ
超伝導状態において形成された電子のペア状態を壊すのに必要なエネルギー。その大きさは電子ペアの結合の強さに相当し、電子ペアの形成機構と密接に関係しているため、超伝導ギャップ構造を調べることで、超伝導発現機構に関する情報を得ることができる。
(注5)磁場侵入長
超伝導体では、弱い磁場を試料に印加するとその磁場は試料内部から排斥される(マイスナー効果)。このとき、超伝導体試料表面近傍では数十~数千ナノメートル程度のわずかな領域にのみ磁場が侵入しており、この磁場が侵入する長さを「磁場侵入長」と呼ぶ。磁場侵入長は超伝導電子密度と呼ばれる超伝導電子対を形成している電子の単位体積当たりの数を反映し、その温度変化は超伝導発現機構によって異なるため、磁場侵入長の温度変化を測定することで、超伝導発現機構についての情報を得ることができる。
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新領域創成科学研究科 広報室