南極・昭和基地の宇宙線計が捉えた2021年11月の宇宙線減少 ~世界90か所のデータの統合解析により現象当時の宇宙環境を解明~

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2022-12-01 国立極地研究所,信州大学,名古屋大学

信州大学理学部の宗像一起特任教授、国立極地研究所の片岡龍峰准教授を中心とする研究グループは、南極・昭和基地に設置した中性子モニターおよびミューオン計を用いて、太陽面爆発に伴う2021年11月の宇宙線減少の観測に成功しました。また、昭和基地を含む世界各地の宇宙線計(中性子モニターおよびミューオン計、計90点)の観測データを統合して解析した結果、この現象では「双方向流」と呼ばれる2方向からの“宇宙線の風”(注1)が強く吹いていたこと、またその原因が、宇宙線の多い領域から太陽の磁力線に沿って流れ込んだ宇宙線が、磁力線に沿って往復運動しながら磁気ロープ(注2)内に閉じ込められていたためであったことが明らかとなりました。本成果は、宇宙線減少のメカニズムの解明につながると期待されます。
中性子とミューオンは、宇宙からの放射線が地球の大気と衝突したときに生じますが、生じるときに必要なエネルギーが異なります。昭和基地は世界でも珍しい、中性子とミューオンの同地点・同時観測が可能な拠点です。今後、南極地域観測の重点研究観測「極冠域から探る宇宙環境変動と地球大気への影響」(AJ1007、代表:片岡龍峰)において、この宇宙線計の観測性能を向上する計画が進行中であり、宇宙線減少のエネルギー・スペクトラムの研究をはじめ、宇宙線研究への更なる貢献が期待されています。

研究の背景

地球に到来する宇宙からの放射線(宇宙線)は、太陽活動の11年周期に応じて10%ほど変化することが知られていますが、それに加えて、磁気嵐の原因となる太陽の爆発現象に関連して、一時的に宇宙線が減少することも知られています。この一時的な宇宙線の減少は、太陽の爆発現象で吹き飛んだコロナ質量放出や、その磁場構造の影響です。つまり、宇宙線の減少の様子を詳細に調べることによって、ほかには調べようのない、太陽と地球の間を進むコロナ質量放出の大規模な磁場構造についても知ることができ、いわゆる宇宙天気予報にとっても、大きな貢献があることが期待されています。

宇宙線(一次宇宙線)が地球の大気と衝突すると中性子やミューオン(二次宇宙線)を生じます。地上で中性子やミューオンを測定することにより、間接的に一次宇宙線の観測を行うことができます。「汎世界的ミューオン観測網計画」や「宇宙線地球号計画」などのプロジェクトによって、ミューオンと中性子を地球上の各地で観測し、全球的な宇宙線のふるまいを観測しようという取り組みが行われています。地球全体を全天周の観測計として用いることで、宇宙のあらゆる方向から地球にやってくる宇宙線を精確に観測することが目的です。

ミューオン計は中性子モニターより約4倍高いエネルギーの宇宙線を観測できるため、この2種のデータを一緒に解析することにより、宇宙線減少や“宇宙線の風”のエネルギー依存性を調べることができます。ただ、ミューオン計と中性子計で宇宙の同じ方向から飛来する一次宇宙線を観測するためには、宇宙線計を極地に設置する必要があります。しかしそのような観測点は少なく、新たな観測点が望まれていました。そこで、2018年、南極・昭和基地に中性子モニターとミューオン計が設置され、同地点・同時観測が始まりました。

研究の成果と考察

2021年11月3日から5日にかけて太陽面爆発に伴う激しい宇宙線変動が生じ、昭和基地でもその変動を観測することに成功しました(図1)。太陽風速度が「衝撃波」(橙色の縦線)を境に急上昇し(図1(a))、「磁気ロープ」(紫色の縦線の間)が観測された期間(図1(b))に、宇宙線が減少しています(図1(c)(d))。図1(c)(d)は、昭和基地宇宙線計のデータ(赤線)をはじめ世界各地に設置された宇宙線計のデータをプロットしたものですが、それぞれのデータで宇宙線変動の様子が大きく異なっていることが分かります。これは、宇宙線減少には強い“宇宙線の風”が伴っており、この風の風上方向を観測する宇宙線計では宇宙線が増加し、反対方向を観測する宇宙線計では宇宙線が減少するためです。この宇宙線の風を精確に観測するため、世界各地に設置された宇宙線計が、宇宙のあらゆる方向から地球に飛来する宇宙線を常時観測していますが、とりわけ昭和基地の宇宙線計は、重要な役割を担っていることが改めて確認されました。

南極・昭和基地の宇宙線計が捉えた2021年11月の宇宙線減少 ~世界90か所のデータの統合解析により現象当時の宇宙環境を解明~

図1:2021年11月3日~4日の観測データ。(a)太陽風の速度、(b)太陽風の磁場、(c)中性子モニターデータ、(d)ミューオン計データ。(c)と(d)の赤線が昭和基地のデータ。それ以外の色の線は他の観測地点のデータ。


本研究グループは、この日の宇宙線減少の全体像を把握するため、世界各地に設置された21の中性子モニターと69のミューオン計(それぞれ、昭和基地のデータを含む)で観測されたデータを解析しました。宇宙線減少と宇宙線の風をモデル化して、計90(=21+69)の宇宙線計データの期待値を求め、それらが観測結果にもっとも良く合うようにモデルを最適化しました。

図2(a)に、最適化されたモデルで得られた宇宙線減少(黒)と宇宙線の風の強さ(青と赤)を示します。このモデルでは、宇宙線の風として1方向流(青)と双方向流(赤)を仮定しました。宇宙線が2段階で減少している様子(黒)や、磁気ロープの中央付近(11月4日の午後)で宇宙線の風の強さ(青と赤)が大きくなっていることが分かります。特に「双方向流」と呼ばれる磁力線に沿う2方向から吹く宇宙線の風(赤)が極端に強く、その強さは宇宙線減少の大きさ(黒)に匹敵していることも確認できます。

図2(b)は、宇宙線減少(黒)と宇宙線の風(青と赤)のエネルギー依存性を示す「べき指数」を示したもので、この値がマイナスの場合、宇宙線減少や宇宙線の風の強さがエネルギーとともに減少していることを意味します。この「べき指数」も激しく変動していますが、図2(a)で宇宙線の風の強さ(青と赤)が大きくなっている時に、「べき指数」が宇宙線減少(黒)と同じおよそマイナス1に近づいており、宇宙線減少や宇宙線流の強さが、エネルギーにほぼ反比例していることを示しています。これらのことは、図2(a)の強い双方向流は、宇宙線の多い領域から磁力線に沿って流れ込んだ宇宙線が、磁力線に沿って往復運動しながら磁気ロープ内に閉じ込められた結果生じたことを示しています(図2(c)を参照)。この現象は人工衛星等で観測される低エネルギー粒子では知られていましたが、中性子モニターやミューオン計で観測される高エネルギー粒子で、今回のように強い双方向流が観られたのは初めてです。

図2:90の観測データをもとに最適化したモデルにより得られた宇宙線の変化。(a)黒は宇宙線減少。青は1方向流の宇宙線の風を仮定した場合の風の強さ。赤は双方向流を仮定した場合。(b)宇宙線減少(黒)と宇宙線の風流(青と赤)のべき指数。(c)磁気ロープの模式図。丸橋克英「2-4太陽磁気ロープ」通総研季報Vol.48 No.3, 2002年9月の図7を改変。


昭和基地に設置された中性子モニターとミューオン計は、宇宙の同じ方向を同時観測できるので、図1(c)(d)で述べた観測方向の違いを気にせず、観測エネルギーの違いによる差のみを見ることができます。図3に、昭和基地に設置された中性子モニター(青)とミューオン計(赤)の観測結果を重ねて示します。同色の細い実線はモデルから導かれたそれぞれの宇宙線の値です。この図から分かるように、上で述べたモデルはこれらの観測結果を良く再現しています。二つのカーブの間隔が変化しているのは、エネルギー依存性が激しく変化していることを明瞭に示しています。現在この宇宙線計の観測性能を向上する計画が進行中で、今後の観測が期待されています。

図3:昭和基地の中性子モニター(青丸)とミューオン計(赤丸)の値。ミューオン計(赤丸)のデータは、平均的エネルギー依存性を補正するために3倍されている。それぞれの色の線はモデルによる算出値。

注1:宇宙線の風
専門用語では「宇宙線流」と言う。地上の風の場合、台風が近づき気圧が下がるとともに強い風が吹く。それと同様に、宇宙線が減少すると、宇宙線流が生じる。

注2:磁気ロープ
太陽の爆発現象である「コロナ質量放出」によって太陽から噴出した、ロープ状の磁力線群。磁気フラックスロープ(MFR)とも言う。図2(c)の概念図参照。

発表論文

掲載誌:The Astrophysical Journal
タイトル:Large amplitude bidirectional anisotropy of cosmic-ray intensity observed with world-wide networks of ground-based neutron monitors and muon detectors in November, 2021

著者:
宗像 一起(信州大学理学部)
小財 正義(情報・システム研究機構 データサイエンス共同利用基盤センター)
加藤 千尋(信州大学理学部)
林 優希(信州大学大学院理工学研究科)
片岡 龍峰(国立極地研究所)
門倉 昭(情報・システム研究機構 データサイエンス共同利用基盤センター/国立極地研究所)
徳丸 宗利(名古屋大学宇宙地球環境研究所)
R. R. S. Mendonça(INPE, Brazil)
E. Echer(INPE, Brazil)
A. Dal Lago(INPE, Brazil)
M. Rockenbach(INPE, Brazil)
N. J. Schuch(INPE, Brazil)
J. V. Bageston(INPE, Brazil)
C. R. Braga(George Mason University, USA)
H. K. Al Jassar(Kuwait University, Kuwait)
M. M. Sharma(Kuwait University, Kuwait)
M. L. Duldig(University of Tasmania, Australia)
J. E. Humble(University of Tasmania, Australia)
I. Sabbah(College of Health Sciences, Kuwait)
P. Evenson(University of Delaware, USA)
P.-S. Mangeard(University of Delaware, USA)
T. Kuwabara(University of Delaware, USA)
D. Ruffolo(Mahidol University, Thailand)
A. Sáiz(Mahidol University, Thailand)
W. Mitthumsiri(Mahidol University, Thailand)
W. Nuntiyakul(Chiang Mai University, Thailand)
J. Kóta(University of Arizona, USA)
DOI:10.3847/1538-4357/ac91c5
URL:https://iopscience.iop.org/article/10.3847/1538-4357/ac91c5
論文出版日:2022年10月12日

お問い合わせ先

(研究内容について)
信州大学理学部 特任教授 宗像一起

(報道について)
国立極地研究所 広報室
信州大学総務部総務課広報室
東海国立大学機構 名古屋大学広報室

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