米科学誌「フィジカル・レビュー・レターズ」に論文掲載
2022-03-30 核融合科学研究所
概要
核融合発電の実現には、高温のプラズマを磁場で閉じ込めて維持することが必要です。そのためには、プラズマの温度低下をもたらす乱流※1と、装置内壁にかかる大きな熱負荷を制御しなければなりません。核融合科学研究所の小林政弘准教授、田中謙治教授、居田克巳教授らの研究グループは、大型ヘリカル装置(LHD)※2において、プラズマを閉じ込めている磁場に揺らぎを発生させると、プラズマ中の乱流が伝播するとともに、装置内壁の熱負荷が大幅に減ることを発見しました。これは、乱流と熱負荷の制御に新たな可能性を示すものであり、今後、本成果を基に、新制御法の確立に向けた研究が進展すると期待されます。
この研究成果をまとめた論文が3月23日に米国の科学雑誌「フィジカル・レビュー・レターズ」に掲載されました。
研究の背景
核融合発電を実現するためには、磁場のかごでプラズマを閉じ込め、そのプラズマの中心温度を1億度以上に保つことが必要です。その一方で、装置内壁の熱負荷を減らすために、壁に近いプラズマの温度はできるだけ低くすることが求められます。このプラズマの温度勾配は1センチメートルで数百万度という極めて大きなものです。このような大きな勾配があると、渦を伴った流れである乱流がプラズマ中により発生しやすくなります(図1)。そして、乱流によってプラズマがかき混ぜられることで、閉じ込めていた熱が外へと逃げやすくなり、プラズマの中心温度が下がってしまいます。そのため、熱負荷と乱流をいかにして制御するかが、核融合発電実現の鍵を握っているのです。
乱流を制御するためには、プラズマ中で発生した乱流がどのように伝播していくかを明らかにすることが必要です。しかし、この乱流の伝播は未だほとんど理解されていません。また、装置内壁の熱負荷を減らすために、壁近くのプラズマに不純物を入れて冷やす方法が研究されていますが、この方法は中心部のプラズマも冷えてしまうことがあるなど、多くの課題があります。乱流の伝播を理解するとともに、乱流と熱負荷の制御を可能にする新たな方法が期待されています。
図1 LHDプラズマの模式図。左:プラズマはねじれたドーナツ形状をしている。右上:LHDプラズマの断面図。プラズマからの熱は徐々に外へと逃げていく。この熱を直接受け止めるダイバータ板(受熱板)に特に大きな熱負荷がかかる。右下:プラズマの温度・密度の空間分布。勾配の最も大きいところで乱流が発生しやすい。乱流の伝播過程は未解明の問題。
研究成果
核融合科学研究所の小林政弘准教授、田中謙治教授、居田克巳教授らの研究グループは、磁場で高温のプラズマを閉じ込める実験を行っている研究所の大型ヘリカル装置(LHD)において、磁場に揺らぎを発生させると、プラズマ中の乱流が伝播して、装置壁の熱負荷が大幅に減ることを発見しました。これにより、乱流と熱負荷の制御に新たな可能性を示しました。
研究グループは、LHDの磁場構造(磁場のかご)を工夫して、プラズマの温度・密度の勾配が大きい所と小さい所を同時に作って実験を行いました。その結果、勾配の最も大きい所で乱流が発生し、それが伝播することなく同じ所に留まっていることを観測しました(図2左)。この時、プラズマから流れ出てくる熱は狭い領域に集中し、この熱を受け止めるダイバータ板(受熱板)には、局所的に非常に大きな負荷がかかっていました。
そこで、乱流が留まっている場所に磁場の揺らぎを発生させる実験を行いました。乱流がどのような影響を受けるのか、その様子を観測したところ、乱流がプラズマの外に向かって伝播していくことを発見しました(図2右)。そしてプラズマから受熱板へと向かう熱の流れが、この乱流に乗って広い領域に散らばっていることも分かりました。この結果、受熱板の熱負荷も広く分散し、その熱負荷の最大値は、磁場の揺らぎが存在しない場合に比べて、4分の1程度に減っていました。また、この時、プラズマの中心は高温・高密度状態を維持していることが確認できました。このように、磁場のかごを揺らすことで、プラズマの中心温度・密度を高く保ったまま、乱流を伝播させて熱負荷を減らせることを発見したのです。
図2 左:プラズマ中で発生した乱流が同じ場所に留まっている。受熱板に局所的に大きな熱負荷がかかっている。右:磁場の揺らぎが起こり、乱流がプラズマ中を伝播している。受熱板への熱の流れが広い領域に拡散して熱負荷の最大値が減少する。
研究成果の意義と今後の展開
今回の研究成果によって、プラズマ中に発生する乱流と装置内壁の熱負荷の制御に、これまで知られていなかった全く新しい方法があることを示すことができました。そして、熱負荷低減という困難な課題が解決できる可能性が見えてきました。
将来の核融合発電装置では、現在の装置よりも更に高温・高密度のプラズマを閉じ込めなければなりません。乱流の発生がより顕著になるとともに、核融合反応が促進されると装置内壁の熱負荷がより大きくなると予想されます。今後は、そのような乱流と熱負荷の制御方法の確立を目指し、本研究を発展させていきます。
【用語解説】
※1 乱流
プラズマの密度や温度に不均一性がある場合、それが駆動力となってプラズマ中の波が成長し、やがて流れや渦が作り出され、高温状態ではしばしばそれらが不規則に乱れた状態となる。この状態を乱流と呼ぶ。特に、数センチメートルから数十マイクロメートルの微小な波がプラズマの粒子や熱の拡散を引き起こす。
※2 大型ヘリカル装置(LHD)
核融合科学研究所の実験装置で、超伝導コイルを用いた世界最大級のヘリカル装置。我が国独自のアイデアに基づくヘリオトロン配位と呼ばれる磁場配位を採用し、二重らせん状のコイルを用いてねじれた磁場構造を形成する。1998年から実験を開始し、2017年には核融合炉で必要とされるイオン温度1億2千万度のプラズマの生成に成功した。LHDはLarge Helical Device の略。
【論文情報】
雑誌名:Physical Review Letters
題名:Turbulence spreading into an edge stochastic magnetic layer induced by magnetic fluctuation and its impact on divertor heat load
(磁場揺動によって誘起される周辺領域の乱流伝播とダイバータ熱負荷への影響)
出版日:2022年3月23日
著者名:小林政弘1,2、田中謙治1,3、居田克巳1,2、林裕貴1,2、武村勇輝1,2 木下稔基3
1 自然科学研究機構 核融合科学研究所、2 総合研究大学院大学、3 九州大学
DOI: 10.1103/PhysRevLett.128.125001
【研究サポート】
本研究は、文部科学省の科学研究費補助金事業(19H01878, 21H04458)による支援を受けました。
【本件のお問い合わせ先】
研究内容について
大学共同利用機関法人
自然科学研究機構 核融合科学研究所 ヘリカル研究部
高密度プラズマ物理研究系
准教授 小林政弘(こばやし まさひろ)
高温プラズマ物理研究系
教授 田中謙治(たなか けんじ)
高温プラズマ物理研究系
教授 居田克巳(いだ かつみ)