干ばつによりイネの根が貧弱になる仕組みを解明~ 干ばつに強いイネ品種の開発に期待~

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2021-08-17 農研機構

ポイント

農研機構は、干ばつによってイネの根の張りが悪くなる仕組みの一端を解明しました。干ばつによる農業被害は世界的に大きな問題になっています。世界の代表的なイネ品種について、断続的な干ばつ下における根の形態と、全遺伝子の働きを比較し、干ばつによって根が細くなる原因と考えられる複数の遺伝子を発見しました。本成果は、干ばつに対して頑健なイネ品種開発への活用が期待されます。

概要

イネは世界で年間8億トン生産される重要な穀物の一つです。日本では主に水田で稲作が行われますが、大渇水が発生すると農業用水の取水制限を受けることがあります。世界では天水田1)や畑でも稲作が行われており、世界の稲作地域の62%(約1億ヘクタール)において、干ばつによる減収が食料安全保障上の大きな問題になっています。このような地域で米の安定生産を行うためには、干ばつに強いイネの開発が不可欠となります。

干ばつに強い畑作物には、根が太く、根を土中の深くまで伸ばす特徴があります。当研究グループはこれまでに世界で初めて深根化に関与する遺伝子を発見し、土壌の深層から水を獲得させることで、干ばつに強いイネの開発に成功しました。より干ばつに強いイネを開発するためには、深根化に加えて根を太くし、よく根張りさせる(根の量を多くする)ことが効果的と考えられます。しかし品種改良に利用できる根の太さに関与する遺伝子はこれまで見つかっていません。

農研機構は世界中の代表的なイネ品種に畑で干ばつ処理を行い、根の形態的な特徴と網羅的な遺伝子発現を解析し、「なぜ、イネの根が干ばつ下で貧弱になるのか」を明らかにしました。イネの根は干ばつ下で細くなるだけでなく、数が減ります。干ばつによって根が貧弱になる品種では、植物ホルモンの一種であるオーキシン2)に反応する遺伝子群の発現量が増加しており、これらの遺伝子の働きが強くなることで生育阻害が起こると推定されました。この中から、干ばつによって根が細くなる原因と考えられる遺伝子を発見しました。これらの遺伝子を改良し、干ばつ下でも根が細くならないようにすることで、今後より干ばつに強いイネの開発が可能になると期待できます。

関連情報

予算:JST戦略的創造研究推進事業「環境変動に対する植物の頑健性の解明と応用に向けた基盤技術の創出」、科研費基盤B

問い合わせ先

研究推進責任者 :
農研機構生物機能利用研究部門 研究部門長 吉永 優

研究担当者 :
同 作物生長機構研究領域 上級研究員 川勝 泰二

農研機構作物研究部門 作物デザイン研究領域
研究員 寺本 翔太、グループ長 宇賀 優作

広報担当者 :
農研機構本部広報部広報課 小林 弘佳

詳細情報

開発の社会的背景と経緯

イネは世界で年間8億トン生産される重要な穀物の一つです。日本人にとってイネは水田で栽培されるというイメージがありますが、世界では今でも天水田や畑など干ばつのおそれのある農地でイネが栽培されています。過去27年間で世界の稲作農地の62%にあたる約1億ヘクタールが干ばつによる被害を受けており、干ばつによる減収が食料安全保障上大きな問題となっています。このような地域でお米を安定して生産するためには、干ばつに強いイネの開発が不可欠です。

研究の経緯

干ばつに強い作物は太い根を地面の深くまで伸ばしますが、イネは畑作物に比べて根が貧弱で干ばつに弱い作物です。農研機構は2013年に世界で初めて根を深く伸ばすために必要な遺伝子を特定し、干ばつに強いイネの開発に成功しました。干ばつにより強いイネを開発するためには、根が深くなるだけでなく、根が太く、根張りを良くする必要があります。しかしこのような特徴を持ったイネは現代の品種にはほとんど見られず、品種改良に利用できる根の太さや根張りに関与する遺伝子は不明でした。

研究の内容・意義

1.品種改良に利用できる根の太さや根張りに関与する遺伝子を探すため、世界中から集めた根系形態の多様なイネ61品種を野外の断続的な干ばつストレス条件(畑ほ場)で栽培し、地上部(茎葉部)と地下部(根)の形質情報と、播種後7週目の葉と根の先端の全遺伝子発現情報をRNA-seq3)という手法により取得しました(図1)。

2.干ばつストレス条件で根の生育が悪い品種では、植物ホルモンの一種であるオーキシンによって発現量が上昇する遺伝子群が強く働いていました(図2)。オーキシンには根の生育を調節する役割があります。根においてこれらの遺伝子群の働きを制御すれば、地上部に影響を与えることなく干ばつストレス条件でも根の生育を良くし、生産性の向上に寄与できると考えられます。

3.オーキシンにより発現量が上昇する遺伝子群の解析から、干ばつストレスを受けた根が細くなる仕組みに関る転写因子4)を同定しました。

今後の予定・期待

農研機構では環境変動に頑健な作物の作出に取り組んでおり、その一環として、本成果で同定したオーキシン関連遺伝子や転写因子を改良することで、干ばつに強いイネ品種の開発に活かしていく予定です。また、本成果で公開した形質情報や全遺伝子発現情報と、これまでに農研機構が公開したゲノム情報を利用することで、根の太さ以外の形質を制御する遺伝子の同定にも役立つことが期待できます。

用語の解説
1)天水田
灌漑施設がなく、雨水のみでイネが栽培される水田。
2)オーキシン
植物ホルモンの一種で、根の形づくりを含めて様々な生理現象に重要な役割を担っています。
3)RNA-seq
超高速塩基配列解読装置を利用して網羅的に遺伝子発現量を計測する解析方法。
4)転写因子
ゲノム上の特定のDNA配列に結合して遺伝子の発現を調節するタンパク質。
発表論文

Kawakatsu T, Teramoto S, Takayasu S, Maruyama N, Nishijima R, Kitomi Y, Uga Y. (2021) The transcriptomic landscapes of rice cultivars with diverse root system architectures grown in upland field conditions. The Plant Journal
https://doi.org/10.1111/tpj.15226

参考図


図1. 世界のイネ品種の形質情報と全遺伝子発現情報の取得
多様な形質を持つ世界のイネ61品種を畑ほ場で栽培し、地上部・地下部の形質情報を取得するとともに、網羅的に遺伝子発現量を計測するRNA-seqによって全遺伝子発現情報を解読しました。
図2. 干ばつストレス条件下(畑ほ場)における根の太さと遺伝子発現の関係
根が太い品種は高い干ばつストレス耐性を示します。干ばつストレス条件で根の生育が悪い品種では、植物ホルモンの一種であるオーキシンによって発現量が上昇する遺伝子群が強く働いていました。

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