肺高血圧・感染症・外傷などを原因とする急性呼吸不全の重症化抑制に向けた応用が期待
2021-04-27 物質・材料研究機構
NIMSは、呼吸不全を改善する効果のある一酸化窒素 (NO) ガスを安定した濃度で半日以上供給可能な、使い捨て型NO発生器を開発しました。
概要
- NIMSは、呼吸不全を改善する効果のある一酸化窒素 (NO) ガスを安定した濃度で半日以上供給可能な、使い捨て型NO発生器を開発しました。湿った空気を送り込むだけで医療に適した濃度のNOを発生できるため、病院外や途上国などでも扱える安価で小型なNO発生器としての活用が期待されます。
- 低濃度のNOを吸入すると肺血管のみが拡張して酸素取り込み能を高めることから、新生児の肺高血圧を伴う低酸素性呼吸不全や、心臓手術における肺高血圧の改善などに対して実用化されています。さらに、NO吸入には抗炎症・抗血栓・抗ウィルスなどの作用があり、COVID-19を含めた感染性肺炎の治療法としても注目されています。現在のNO吸入法では、高圧ガスボンベを含む大型かつ高額な装置が必要なため利用機会が限定されていますが、研究チームは昨年、層状複水酸化物 (LDH) という粘土鉱物を用いたNO発生固体材料を報告し、小型化・低価格化の可能性を示しました。しかし、NO発生時間が1~2時間と短く、放出濃度も安定せず、またNO発生に必要な亜硝酸イオン (NO2−) 含有LDHの合成プロセスが複雑なため、量産化にも課題がありました。
- 今回、研究チームは、亜硝酸イオン含有LDHの合成に熱処理プロセスを加えることで、安価な市販原料と水のみを用いた大量合成に成功しました。さらに、熱処理で生じた構造欠陥が反応を適度に抑制することで、安定したNO発生につながることを見出しました。亜硝酸イオン含有LDHと硫酸鉄 (FeIISO4) の混合物はカラムに充填したまま保存可能であり、高湿度の空気を吹き込むと二価鉄イオン (Fe2+) によるNO2−の還元がゆっくりと進行してNOが発生します。NOの発生量・速度は混合物の組成や使用量によってコントロール可能で、僅か2グラムの材料で、医療に適した濃度のNO (40 ppm、250 mL/分)を半日以上発生することから、1日2回交換するだけで継続的なNO供給が可能となります。
- 呼吸不全は生命の危機に直結します。いつでもどこでも使えるNO発生器を社会に提供し、途上国における新生児肺高血圧の治療や、外傷・火傷・溺水・感染症等が原因となって突発する呼吸不全の重症化抑制や後遺症低減などに役立てたいと考えています。
- 本研究は、国立研究開発法人物質・材料研究機構国際ナノアーキテクトニクス研究拠点フロンティア分子グループの石原伸輔主幹研究員と井伊伸夫NIMS特別研究員らからなる研究チームによって行われました。本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構 (AMED) ・橋渡し研究戦略的推進プログラム・シーズA (筑波大学拠点・つくば臨床医学研究開発機構 (T-CReDO) ) の支援を受けて行われました。
- 本研究成果は、アメリカ化学会が発行する学術誌 Inorganic Chemistryの特集号「Renaissance in NO Chemistry」のForum Articleとして、2021年4月16日付でオンライン速報版に掲載されました。
プレスリリース中の図 : 今回開発した使い捨て型のNO発生器と、それを用いたNO発生の例。
[Adapted with permission from Inorg. Chem. (DOI: 10.1021/acs.inorgchem.1c00456). Copyright (2021) American Chemical Society.]
掲載論文
題目 : Disposable Nitric Oxide Generator Based on a Structurally Deformed Nitrite-Type Layered Double Hydroxide
著者 : Shinsuke Ishihara, Takeshi Machino, Kenzo Deguchi, Shinobu Ohki, Yuuki Mogami, Masataka Tansho, Tadashi Shimizu, Jonathan P. Hill, Yusuke Yamauchi, Nobuo Iyi
雑誌 : Inorganic Chemistry
掲載日時 : 2021年4月16日
DOI : 10.1021/acs.inorgchem.1c00456