極低温での新しい量子相”混合バブル”を予言~混和性・非混和性の中間に存在する部分混和性の発見~

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2021-03-22 理化学研究所

理化学研究所(理研)仁科加速器科学研究センターストレンジネス核物理研究室のパスカル・ネドン専任研究員らの国際共同研究チームは、「量子気体[1]」と呼ばれる極低温(ー273.15℃あたり)に冷却された気体において、新しい物理的現象である”混合バブル”が生じることを理論的に予言しました。

本研究成果はこれまでの常識を覆す発見であり、今後の実験で混合バブルが実際に発見されれば、量子力学[2]の効果が強く働く物質における混合様式を理解できるようになると期待できます。

これまで、2種類の量子気体の混合系には、アルコールと水のように均等に混合する「混和性」か、水と油のように完全に分離する「非混和性」が存在すると考えられていました。

今回、国際共同研究チームは、「量子ゆらぎ[3]」の効果を理論計算に取り込んだ結果、量子気体が部分的に混合する新たな量子相である「部分混和性」を発見し、それを混合バブルと呼ぶことにしました。混合バブル中では、斥力で反発し合う2種類の粒子が束縛された状態にあります。

本研究は、科学雑誌『Physical Review Letters』(3月18日付、Vol.126)に掲載されました。

背景

1995年以来、物理学者たちは「量子気体」が実現できることを実証してきました。量子気体は、1925年にアルバート・アインシュタインによって予言されたボース・アインシュタイン凝縮[4]など、量子力学による日常的な理解からは大きくかけ離れた特性を持ち、例えば、ボソン[5]原子からなる気体を極低温(ー273.15℃あたり)に冷却することによって得られます。

2種類の量子気体を混合すると、常温の気体では起こらない特異な現象が見られることが知られています。例えば、引力が働く2種類の量子気体を混合することでできる「量子的な液滴」が最近観測されました注1)。量子的液滴は「量子ゆらぎ」の効果により、液滴に対応する特定の密度において気体が安定化されるために生じると考えられています。2種類の気体が含まれたトラップ(容器)を開放し全体を膨張させても、液滴は液体のようにその大きさを維持し、自由気体のように膨張しないことが確認されました。これまでに知られている量子液体は液体ヘリウムと原子核です。この意味から、量子気体から形成される液滴は、新しい量子液体といえることから、その性質は原子核に似ているといえます。

ただし、斥力が働く2種類の量子気体の場合は量子的液滴とは状況が異なります。斥力が弱い気体の場合は、アルコールと水のように二つの気体は完全に混じり合います。その状態は気体のままで、「混和性」と呼ばれます。一方、斥力が十分強い気体の場合だと、一方の気体はバブルを形成し、油と水のように二つの気体は完全に分離します。この状態は「非混和性」と呼ばれます。この非混和性は極低温でのみ生じ、近年実験で観測されました注2-3)

注1)C. R. Cabrera, L. Tanzi, J. Sanz, B. Naylor, P. Thomas, P. Cheiney, and L. Tarruell, Quantum liquid droplets in a mixture of Bose-Einstein condensates, Science 359, 301 (2018).

注2)J. Stenger, S. Inouye, D. M. Stamper-Kurn, H.-J. Miesner, A. P. Chikkatur, and W. Ketterle, Spin domains in ground-state Bose-Einstein condensates, Nature 396, 345 (1998).

注3)S. B. Papp, J. M. Pino, and C. E. Wieman, Tunable Miscibility in a Dual-Species Bose-Einstein Condensate, Phys. Rev. Lett. 101, 040402 (2008).

研究手法と成果

斥力が働く量子気体に関する実験結果は、量子ゆらぎの効果を考慮しないシンプルな従来の理論で説明できます。しかし国際共同研究チームは、同じように斥力が働く混合気体であっても、二つの気体が混ざり合わなくなるギリギリの強さの斥力(臨界斥力強度)付近では、量子ゆらぎが非混和性の混合気体と同様の効果を生み出すはずだと考えました。

そこで、ボゴリューボフ理論[6]を用いて、量子ゆらぎの効果を理論計算に取り込んだところ、臨界斥力強度の付近では、気体が部分的にしか混合しない「部分混和性」が起こり得ることを発見し、これを”混合バブル”と呼ぶことにました(下図)。混合バブルの中では、一方の気体がもう一方の気体と混合しています。全系が膨張する際、混合バブルは自由気体のように完全には膨張せず、バブルとして残ります。この意味で、混合バブルは引力が働く混合気体で現れる量子的液滴といくらか似ているといえます。そして、ここで注目すべき点は、斥力で反発し合う2種類の粒子が混合バブルの中で束縛されたままであることです。

極低温での新しい量子相”混合バブル”を予言~混和性・非混和性の中間に存在する部分混和性の発見~

斥力が働く量子気体混合系の概略図

2種類の量子気体(青と赤)の斥力が弱い場合は、左のように気体が完全に混じり合った「混和性」の状態となる。反対に斥力が十分に強い場合には、右のように一方の気体(赤)はバブルを形成して、2種類の気体が完全に分離した「非混和性」の状態となる。斥力が2種類の気体が混ざり合わないギリギリの強さ(臨界斥力強度)の場合は、中央のように「部分混和性(混合バブル)」となる。混合バブルの中では、2種類の気体の粒子(青と赤)が束縛されている。

今後の期待

今後、量子気体の実験で混合バブルの存在が確認されると考えられます。ただし、混合バブルは原子間の斥力と量子ゆらぎの間の絶妙なバランスから生じるため、バブルの存在の確認には、非常に精密な相互作用とトラップ条件の制御が必要になります。

将来的には、混合バブルの巨視的特性を研究し、量子的液滴との類似点と相違点を理解する予定です。これまでは量子気体のような密度が低く、相互作用の弱い混合物について予測が行われてきましたが、今後は固体や原子核にある密度が高く、相互作用の強い量子的混合物にまで研究が拡張される可能性があります。

補足説明

1.量子気体
量子力学のために粒子が動く気体のこと。通常の気体では、粒子が温度に依存して動くが、量子気体は、通常の気体を極低温(ー273.15℃あたり)に冷却することで得られる。粒子がボソンである場合、量子気体はボーズ・アインシュタイン凝縮になる可能性がある。

2.量子力学
原子および亜原子粒子の微視的スケールで、自然の振る舞いを説明する物理学の基本理論。

3.量子ゆらぎ
量子力学によって支配される物体のエネルギーの小さなランダムな変化のこと。

4.ボース・アインシュタイン凝縮
ある転移温度以下で巨視的な数のボソンが同じ量子状態に落ち込む相のこと。その結果、ボース・アインシュタイン凝縮は物質波干渉などの巨視的量子特性を示す。

5.ボソン
自然界にはボソンとフェルミオンの2種類の粒子がある。ボソンは光子やグルーオンなどがある。フェルミオンには電子やクオークなどがある。素粒子ではないが、原子や原子核もボソンかフェルミオンである。フェルミオンとは異なり、ボソンは同じ量子状態にある可能性がある。

6.ボゴリューボフ理論
1947年にN. N.ボゴリューボフによって提案された、量子ゆらぎを含めることによってボース・アインシュタイン凝縮を記述する理論。

国際共同研究チーム

理化学研究所 仁科加速器科学研究センター ストレンジネス核物理研究室
専任研究員 パスカル・ネドン(Pascal Naidon)
パリ・サクレー大学
主任研究員 ドミトリー・ペトロフ(Dmitry S. Petrov)
(フランス国立科学研究センター)

研究支援

本研究は、文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究「量子クラスターで読み解く物質の階層構造(領域代表者:中村隆司)」による支援を受けて行われました。

原論文情報

Pascal Naidon, Dmitry S. Petrov, “Mixed bubbles in Bose-Bose mixtures”, Physical Review Letters, 10.1103/PhysRevLett.126.115301

発表者

理化学研究所
仁科加速器科学研究センター ストレンジネス核物理研究室
専任研究員 パスカル・ネドン(Pascal Naidon)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

1701物理及び化学
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