2021-01-15 国立天文台
アリゾナ大学のフェイジ・ワン氏らの国際研究チームは、観測史上最も遠くに位置するクエーサーを発見しました。このクエーサーは地球からおよそ131億光年の距離にあり、その中心にある太陽の16億倍の質量を持つブラックホールをエネルギー源にして、私たちの住む天の川銀河全体の1000倍の明るさで輝いています。この発見は、宇宙誕生から約6億7000万年しか経過していなかった時代に巨大な銀河と巨大なブラックホールが既に存在していたことを示しており、これらの天体が短期間でどのように形成されたのかという天文学上の大きな謎をさらに深める発見といえます。
クエーサーJ0313-1806の想像図。
Credit: NOIRLab/NSF/AURA/J. da Silva
一般的な銀河の中心には、非常に巨大なブラックホール(超巨大ブラックホール)が位置しています。超巨大ブラックホールが周囲の物質を大量にひきつけると、ブラックホールの周囲にガスの円盤(降着円盤)が作られます。ブラックホールが引き寄せる大量の物質のエネルギーが降着円盤に持ち込まれるため、降着円盤は非常に高温になり、降着円盤は大量のエネルギーを電磁波として放出します。母体となる銀河そのものよりも銀河の中心核が明るく輝くものを「活動銀河核」と呼び、中でも最も明るい部類の天体は「クエーサー」と呼ばれています。極めて明るい天体であるため、非常に遠方の宇宙にあっても観測をすることができます。
今回発見されたクエーサーは、J0313-1806と呼ばれています。アルマ望遠鏡の観測によって、このクエーサーまでの距離(光行距離:光が進んできた道のりの長さ)を精密に測定することができました [1] 。今回の発見は、3年前に更新されたクエーサーの最遠記録をさらに2000万光年ほど塗り替えるものになりました。
J0313-1806の中心にあるブラックホールの質量は太陽の16億倍と見積もられていて、これは以前の最遠クエーサーの質量の2倍に達します。
「今回の発見は、超巨大ブラックホールが周囲の銀河に影響を与えている最も初期の証拠となります。より近い銀河の観測から、超巨大ブラックホールが銀河に影響を与えることは知られていましたが、宇宙の歴史の中でこれほど早い時期に起きていたことを捉えたのはこれが初めてです」と、ワン氏はコメントしています。
地球からJ0313-1806までの光行距離が131億光年ということは、私たちが見ているのは131億年前の宇宙に存在したクエーサーということになります。131億年前に太陽の16億倍の質量を持つ超巨大ブラックホールが存在していたという事実は、宇宙初期における超巨大ブラックホールの形成メカニズムにも示唆を与えます。研究者たちの見立てでは、ある理論モデルに沿って今回のブラックホールの成長を考えると、宇宙誕生から約1億年後に太陽の1万倍の質量を持つブラックホールの「種」が必要です。超巨大ブラックホールの形成メカニズムとしては、巨大な星が超新星爆発を起こしてブラックホールになり、これらが合体して超巨大ブラックホールになったという説、あるいは巨大星団がつぶれて一気に超巨大ブラックホールを作ったという説もありますが、そのいずれも、想定されるブラックホールの「種」を作ることは困難だと研究チームは考えています。
研究チームの一員であるシャオホイ・ファン氏(アリゾナ大学)は、「この結果は、ブラックホールの種が他のメカニズムで作られた、ということを示しています。宇宙のはじめから存在していた大量の低温水素ガスの雲がつぶれることで、ブラックホールの種を直接作り出したのかもしれません」と推測しています。
アルマ望遠鏡の観測から、超巨大ブラックホールを取り巻く銀河が、天の川銀河の200倍のペースで星を生み出していることもわかりました。「この時代の銀河としては、星形成が比較的活発な銀河といえます。超巨大ブラックホールを持つ銀河が急速に成長していることがわかります」と、論文の第2著者であるジンイー・ヤン氏(アリゾナ大学)はコメントしています。
このクエーサー中心部の明るさから見積もると、超巨大ブラックホールは毎年太陽25個分に相当する物質を飲み込んでいると考えられます。これに伴って解放されるエネルギーによって、銀河の中心部からは電離されたガスが激しく噴き出しています。流れ出すガスの速度は、光速の20%にも及びます。これほど激しくガスが噴き出すと、銀河の中での星形成はやがて終焉を迎えると考えられます。ガスは、星の材料だからです。
ファン氏は、「銀河がある時点で星を生み出すことをやめてしまうのは、超巨大ブラックホールの影響が考えられます。もう少し時代が下ってから星形成の停止が起きることを私たちは知っていますが、どれくらい宇宙の初期からこれが起きていたのか、私たちはまだ知りません。このクエーサーは、星形成の停止が宇宙の歴史のごく初期から起きていたかもしれないことを示しているのです」とコメントしています。ガスが失われると、ブラックホールの「食べ物」もなくなってしまうため、ブラックホールの成長も止まると考えられます。
今回の観測では、アルマ望遠鏡以外に、チリに立地するジェミニ南望遠鏡とマゼラン・バーデ望遠鏡、ハワイのジェミニ北望遠鏡とW.M.ケック天文台が使用されました。
研究チームは、地上望遠鏡や宇宙望遠鏡を使ってJ0313-1806や他のクエーサーの研究を続ける予定です。
この記事は、米国立電波天文台のプレスリリース ”Quasar Discovery Sets New Distance Record” をもとに作成しました。
論文情報
この観測成果は、Feige Wang et al. “A Luminous Quasar at Redshift 7.642” として、天文学専門誌「アストロフィジカル・ジャーナル・レターズ」に受理されました。また、2021年1月にオンラインで開催されたアメリカ天文学会で発表されました。
[1]
この銀河の赤方偏移は、7.642でした。これをもとに最新の宇宙論パラメータ(H0=67.3km/s/Mpc, Ωm=0.315, Λ=0.685: Planck 2013 Results)で光行距離を計算すると、131億光年となります。距離の計算について、詳しくは「遠い天体の距離について」もご覧ください。