中性子回折実験により高圧下での水素結合対称化を初めて直接観測
『原子力機構の研究開発成果2020-21』P.57
図5-5 含水鉱物δ-AlOOH の常圧下の構造と中性子回折データを用いて作成した高圧下での水素原子核密度図
(a)常圧下で水素原子はアルミニウム原子と酸素原子から成る八面体の間の空間で周辺の酸素と水素結合及び
共有結合しています。ここに圧力をかけると、(b)ディスオーダーを経て(c)対称化にいたりました。
地球の重要な構成元素である水素は、地表に水として存在するだけでなく、地下深くにおいても鉱物の結晶構造中にも取り込まれ存在しています。このような鉱物を含水鉱物と呼びます。地球の地下深くは地表とは異なる高温・高圧の世界であり、この極限環境で含水鉱物中の水素結合がどのようにふるまい、鉱物の性質に影響を及ぼしているかを探るのは、地球の構造や進化を議論する上で重要な課題です。
通常、地表において含水鉱物中の水素は片側の酸素と短い共有結合(O–H)で、もう片側の酸素とは水素結合(H…O)して固定されています。しかし 1970 年代に行われた理論計算により、高圧下ではこの形が相似形を保ったまま縮んでいくのではなく、水素が二つの酸素間の中点に位置する「対称化」が起きると予測されました。しかし実験的な証拠はいまだ得られておらず、鉱物の性質との関連についてはよく分かっていませんでした。
そこで私たちは、δ-AlOOH と呼ばれる含水鉱物(図 5-5(a))について、中性子回折実験を大強度陽子加速器施設 J-PARC の物質・生命科学実験施設(MLF)のBL11 に設置された超高圧中性子回折装置「PLANET」で行い、高圧下における水素位置の変化をその場観測しました。この相はこれまで知られている中でも最も高い温度圧力域まで安定であり、地球のマントルから核まで水を保持・運搬する重要な役割を果たしていると考えられています。
実験では、試料に圧力を加え酸素間の距離が減少するにつれて、水素結合距離が減少し共有結合距離が増加する様子が観測されました。最終的に、地下約 520 km に相当する圧力 18.1 万気圧において水素は二つの酸素間の中点に到達し、対称化が起きることを見いだしました(図 5-5(c))。またそれより少し低い圧力下では、水素が酸素間の中点をはさんだ二つの等価な位置をそれぞれ50% の確率で占めるディスオーダーと呼ばれる状態が起きることも見いだしました(図 5-5(b))。これらの現象が起きた圧力は、先行研究により見つかっていた弾性波速度の変化が起きる圧力とほぼ一致しており、水素結合の対称化とその前駆現象が鉱物の性質に大きな影響を及ぼしていることが、今回水素に感度の高い中性子を利用することで初めて実験的に裏付けられました。
今回の研究は、地球深部に相当する高圧下では酸素間距離の変化により水素結合の様相が変化してより強固な共有結合となり、その結果弾性波速度の上昇を引き起こしていることを明らかにしました。今後、含水鉱物の物性に基づき地震波速度などの観測データを解釈する場合は、高圧下で起きる水素結合の対称化の影響を考慮する必要があります。
本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金若手研究(B)(No.22740349)、新学術領域研究(研究領域提案型)(No.20103001, No.15H05826)の助成を受けたものです。(佐野 亜沙美)
●参考文献
Sano-Furukawa, A. et al., Direct Observation of Symmetrization of Hydrogen Bond in δ-AlOOH under Mantle Conditions Using Neutron Diffraction, Scientific Reports, vol.8, 2018, p.15520-1–15520-9.