2020-10-12 国立天文台
国立天文台水沢VLBI観測所の秦和弘助教を中心とする国際研究チームは、日韓合同VLBI観測網KaVA(KVN and VERA Array)を用いて、地球から77億光年彼方にある重力レンズを受けたクエーサーの観測を行い、巨大ブラックホールから噴出するジェットの姿を捉えました(図1)。
図1:(上図) ハッブル宇宙望遠鏡(可視光)による重力レンズクエーサーB0218+357の二重像(AとB)。2つのレンズ像の周囲に広がる渦巻構造はクエーサーの手前にある銀河である。
(下図) KaVA 7ミリ帯で今回撮影したレンズ像A(右)、B(左)それぞれの高解像度電波画像。両レンズ像において、巨大ブラックホール近傍から噴出するジェットの様子が捉えられた。像A、Bはもともと同一の天体(クエーサーB0218+357)であるが、観測されるジェットの方向が像Aと像Bで異なるのは、クエーサーと手前のレンズ銀河の位置関係によって重力レンズの効き方がAの位置とBの位置で異なるからである。
(画像クレジット:(上図) NASA/ESA and the Hubble Legacy Archive)
重力レンズ効果とは、背景の天体から発せられた光が、観測者との間に位置する銀河などの重力源によって直進せず曲げられるもので、観測者からは背景の天体が歪んだり、複数に分離して観測される現象です(図2)。もともとアインシュタインの一般相対性理論から導かれ、重力源がレンズのように振る舞うことからこのように呼ばれています。重力レンズ効果はすばる望遠鏡などでも数多く確認されており、遠くの暗い天体もこの重力レンズ効果によって集光されることから、通常では観測が難しい遠方宇宙の天体を調べる強力な手段としても利用されています。
図2:B0218+357における重力レンズ効果の仕組み。背景のクエーサーから発せられた光や電波の進行方向が手前にある銀河の重力によって曲げられ、背景クエーサーが観測者には2つに分離した像として観測される。
(画像クレジット:(銀河)NASA/ESA and the Hubble Legacy Archive; (クエーサー想像図及び電波望遠鏡)国立天文台)
B0218+357は有名な重力レンズクエーサーの1つであり、クエーサーの手前にある銀河の重力レンズ効果によって像が2つに分離して観測されています(図1上, 動画)。過去には高エネルギーガンマ線で激しい爆発現象が観測されるなど、このクエーサーの中心には極めて激しい活動性を持つ巨大ブラックホールの存在が示唆されており、電波やVLBIを用いた高解像度観測もこれまで行われてきました。しかしながら、これらの観測は波長の長い電波で行われていたため、手前の銀河中のガスによる吸収や散乱の影響を受け易く、像がぼやけており、クエーサー中心部の正確な姿を捉えることができませんでした。
(動画クレジット:NASA’s Goddard Space Flight Center)
研究チームは今回KaVAが得意とする波長の短い電波(13ミリ, 7ミリ, 3ミリ帯の3バンド)を用いて、B0218+357の詳細な電波観測を行いました(3ミリ帯はKVNのみ)。その結果、両方のレンズ像において、巨大ブラックホールから噴出するジェットの様子を鮮明に撮影することに成功しました(図1下)。また、異なる波長帯での電波強度(スペクトル)を比較することで、ミリ波帯では手前の銀河による吸収や散乱の影響を受けていないこともわかりました。更に2つに分離した像から重力レンズ効果のモデルを当てはめ、クエーサー本来の形状を割り出したところ、巨大ブラックホールから噴出したジェットが約600光年に渡って広がっていることも明らかになりました。本結果は未だ謎の多い宇宙遠方における巨大ブラックホールの活動メカニズム解明に手がかりを与える重要な成果です。
研究チームは現在KaVAに加え可視光、X線、ガンマ線などを含む世界中の望遠鏡と協力してこのクエーサーのモニター観測を行っており、ジェットの運動やブラックホールの性質についてさらなる調査を進めています。