植物の耐塩性を強化する化合物を新たに発見 ~農作物を塩害に強くする肥料や農薬の開発に貢献~

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2020-05-26 理化学研究所

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター植物ゲノム発現研究チームの関原明チームリーダー、佐古香織特別研究員(研究当時)らの共同研究グループは、新しい化合物「FSL0260」が植物の耐塩性を強化することを発見しました。

本研究成果は、人体への悪影響が少なく、農作物の耐塩性を強化する肥料や農薬の開発に貢献すると期待できます。

塩害は、かんがい農業による塩類集積、または海沿いの地域で発生し、農作物の生産に大きな悪影響を及ぼしています。これまで、農作物の耐塩性を高めるために品種改良が行われてきましたが、育種的な方法では時間がかかるという問題がありました。

今回、共同研究グループは、理研NPDepo化合物ライブラリー[1]を用いて、植物の耐塩性を強化する化合物の探索(スクリーニング)を実施した結果、新規化合物FSL0260の同定に成功しました。さらにFSL0260は、ミトコンドリア電子伝達系[2]の複合体Ⅰ[2]を阻害することで、ミトコンドリア代替呼吸系[3]を活性化し、高塩ストレスで発生する活性酸素[4]の蓄積が抑制された結果、植物の耐塩性が強化されることを明らかにしました。

本研究は、科学雑誌『Scientific Reports』オンライン版(5月26日付)に掲載されます。

背景

塩害は、かんがい農業による塩類集積、または海沿いの地域で発生し、農作物の生育や収量低下をもたらす環境ストレスです。今後、世界の人口が100億人に達すると予測されていることから、持続的な食糧生産を維持するためには、塩害に強い農作物や肥料の開発など早急な問題解決が求められています。

これまで、農作物の耐塩性を高めるためには主に品種改良が行われてきましたが、これには時間がかかります。そこで、共同研究グループは、植物に化合物を散布することで耐塩性を強化することを目指して、そのような化合物の探索を行いました。

研究手法と成果

共同研究グループは、耐塩性を強化する化合物を同定するため、理研NPDepo化合物ライブラリー(405化合物)とモデル植物である双子葉植物のシロイヌナズナを用いて、耐塩性を強化する化合物の探索(スクリーニング)を行いました。その結果、「FSL0260」という新規化合物が耐塩性を強化することが分かりました(図1)。

植物の耐塩性を強化する化合物を新たに発見 ~農作物を塩害に強くする肥料や農薬の開発に貢献~

図1 新規化合物FSL0260の構造式(左)と耐塩性実験(右)

液体培地で生育させたシロイヌナズナに高塩ストレスを与えると、白く枯死した(右図右上)。一方、FSL0260を添加し24時間処理した植物では、高塩ストレス下でも生存した(同右下)。

次に、FSL0260による耐塩性強化のメカニズムを明らかにするために、網羅的な遺伝子発現解析を行いました。その結果、ミトコンドリア電子伝達系のバイパスとして機能するミトコンドリア代替呼吸系の遺伝子発現が、FSL0260処理によって増加することが分かりました。そこで、ミトコンドリア電子伝達系の活性を調べたところ、複合体Ⅰの活性がFSL0260処理によって阻害されることを見いだしました(図2a)。一方、動物ミトコンドリアでは阻害されなかったことから、FSL0260の機能は植物ミトコンドリア特異的である可能性が示されました(図2b)。

FSL0260によるミトコンドリア電子伝達系の複合体Ⅰの阻害活性の図

図2 FSL0260によるミトコンドリア電子伝達系の複合体Ⅰの阻害活性

(a)ジャガイモより単離したミトコンドリアを用いて、複合体Ⅰの活性を測定した。FSL0260の濃度が上昇するほど強く阻害された。

(b)ウシ心臓より単離したミトコンドリアを用いて、複合体Ⅰ活性を測定した。FSL0260では阻害されなかった。コントロールとして既存の阻害剤ロテノンを用いると、活性が阻害された。

また、ミトコンドリア代替呼吸系は、活性酸素の発生抑制に働くと考えられています。実際に、高塩ストレスにさらされたシロイヌナズナをFSL0260で処理をしたところ、活性酸素の蓄積が抑制されることが分かりました(図3左)。以上の結果から、FSL0260は、ミトコンドリア電子伝達系の複合体Ⅰを阻害することで、ミトコンドリア代替呼吸系を活性化し、高塩ストレスで発生する活性酸素の蓄積が抑制された結果、植物の耐塩性が強化されることが明らかになりました(図3右)。さらに、単子葉植物のイネでも、FSL0260処理によって活性酸素の蓄積が抑制されたことから、単子葉植物・双子葉植物のいずれにおいても、FSL0260は耐塩性を強化することを確認しました。

FSL0260の活性酸素抑制実験と耐塩性強化のメカニズムの図

図3 FSL0260の活性酸素抑制実験と耐塩性強化のメカニズム

(a)高塩ストレス下、シロイヌナズナでは活性酸素が蓄積し、NBT染色により葉が青色を呈した。一方、FSL0260で処理すると、高塩ストレス下でも活性酸素の蓄積が抑制された。

(b)FSL0260がミトコンドリア電子伝達系の複合体Ⅰを阻害することで、ミトコンドリア代替呼吸系を活性化し、高塩ストレスで発生する活性酸素の蓄積が抑制された結果、植物の耐塩性が強化される。

今後の期待

今回の研究から、新しいミトコンドリア阻害剤FSL0260が植物の耐塩性を強化することを発見しました。FSL0260による阻害効果は植物特異的であることから、本成果を応用すれば、人体への毒性が低く、農作物を塩害に強くする肥料や農薬の開発、それに伴う収量増産につながると期待できます。

補足説明

1.NPDepo化合物ライブラリー
天然物化学を基礎とした理研天然化合物バンク。微生物(放線菌、糸状菌など)、植物の二次代謝化合物を精製単離するとともに、天然化合物の誘導体や類縁体、人工合成化合物などを収集して、約4万化合物をライブラリー化したもの。

2.ミトコンドリア電子伝達系、複合体Ⅰ
「ミトコンドリア電子伝達系」ではⅠからIVの複合体を電子が移動することで、プロトン(水素イオン)勾配を形成し、そのプロトン駆動力によってATPを産生する系である。「複合体Ⅰ」は、解糖系およびクエン酸回路から得られたNADHより電子を受け取り、ユビキノンにわたす反応を行う。ストレスなどによって電子伝達系が不安定になると、活性酸素が産生される。

3.ミトコンドリア代替呼吸系
ミトコンドリア代替呼吸系は電子伝達系のバイパスとして機能し、活性酸素の発生抑制に働くと考えられている。

4.活性酸素
化学的に活性になった状態の酸素。生体内のエネルギー代謝や感染症の防御過程で発生するほか、高塩濃度、高温、乾燥、強光などの環境ストレスによっても発生する。さまざまな生命現象に重要な役割を果たすが、過剰な蓄積は細胞に対して毒性を持つ。

共同研究グループ

理化学研究所 環境資源科学研究センター
植物ゲノム発現研究チーム
チームリーダー 関 原明(せき もとあき)
特別研究員(研究当時) 佐古 香織(さこ かおり)
(現 近畿大学 農学部 助教)
研究員 松井 章浩(まついあきひろ)
テクニカルスタッフⅠ 田中 真帆(たなか まほ)
ケミカルバイオロジー研究グループ
グループディレクター 長田 裕之(おさだ ひろゆき)
専任研究員 川谷 誠(かわたに まこと)
専任研究員 近藤 恭光(こんどう やすみつ)
専任研究員 室井 誠(むろい まこと)
上級研究員 清水 猛(しみず たけし)
研究員 二村 友史(ふたむら ゆうし)
テクニカルスタッフⅠ 青野 晴美(あおの はるみ)
テクニカルスタッフⅠ 本田 香織(ほんだ かおり)
研修生(研究当時) 清水 謙志郎(しみず けんしろう)
創薬ケミカルバンク基盤ユニット
テクニカルスタッフⅠ 平野 弘之(ひらの ひろゆき)

東京薬科大学 生命科学部
教授 野口 航(のぐち こう)

京都大学大学院 生命科学研究科
教授 中野 雄司(なかの たけし)

研究支援

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)「二酸化炭素資源化を目指した植物の物質生産力強化と生産物活用のための基盤技術の創出」研究領域(研究総括:磯貝彰(奈良先端科学技術大学院大学 名誉教授))における研究課題「エピゲノム制御ネットワークの理解に基づく環境ストレス適応力強化および有用バイオマス産生」による支援を受けて行われました。

原論文情報

Kaori Sako, Yushi Futamura, Takeshi Shimizu, Akihiro Matsui, Hiroyuki Hirano Yasumitsu Kondoh, Makoto Muroi, Harumi Aono, Maho Tanaka, Kaori Honda, Kenshirou Shimizu, Makoto Kawatani, Takeshi Nakano, Hiroyuki Osada, Ko Noguchi, Motoaki Seki, “Inhibition of mitochondrial complex I by the novel compound FSL0260 enhances high salinity-stress tolerance in Arabidopsis thaliana”, Scientific Reports, 10.1038/s41598-020-65614-9

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 植物ゲノム発現研究チーム
チームリーダー 関 原明(せき もとあき)
特別研究員(研究当時) 佐古 香織(さこ かおり)
(現 近畿大学 農学部 助教)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

1202農芸化学
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