マグマ溜りから深成岩が形成される過程の熱進化モデルの構築
2018/12/12 山形大学,日本原子力研究開発機構,(株)京都フィッション・トラック,東京大学大学院理学系研究科,熊本大学
【本件のポイント】
- 中部日本の土岐花崗岩を研究対象とし,マグマ溜りから結晶質岩(花崗岩)(※1)が形成される冷却の過程を表現した熱進化モデル(※2),特に土岐花崗岩内の領域ごとの温度時間履歴(※3)を復元。
- 結晶質岩中に発達した割れ目は地下水や物質の移動経路となるが,その割れ目の分布特性と岩体内の領域ごとの温度時間履歴との間に関連があることを発見。
- 領域ごとの温度時間履歴の解明は結晶質岩内の割れ目分布を評価する際に新たな指標となることを提示。
【概要】
山形大学学術研究院の湯口貴史講師(地球科学),五十公野裕也博士,日本原子力研究開発機構の笹尾英嗣博士,末岡茂博士,石橋正祐紀博士,(株)京都フィッション・トラックの檀原徹博士,岩野英樹博士,東京大学大学院理学系研究科の平田岳史教授,熊本大学大学院先端科学研究部(理学系)の西山忠男教授らの研究グループは,中部日本の土岐花崗岩を研究対象とし,マグマ溜りから結晶質岩(花崗岩)へと至る熱進化モデルを作成し,土岐花崗岩内の領域ごとの温度時間履歴を復元しました。マグマ溜りから結晶質岩へと至る冷却履歴を扱った既存研究では,1つの花崗岩に対して1つの温度時間履歴を解明するのが一般的でしたが,今回の研究では,1つの花崗岩の複数の領域について各々の温度時間履歴を復元しました。このことにより,岩体内の位置に応じた温度時間履歴の相違を明かにしました。
さらに本研究では,得られた領域ごとの温度時間履歴と割れ目の分布の間に関連があることを見出しました。これは領域ごとの温度時間履歴が結晶質岩内の割れ目分布を評価する際の新たな指標となることを示しています(図1)。結晶質岩中に発達した割れ目は地下水や物質の移動経路となることから,本研究成果は,深部地質領域(地下深部に分布する岩石領域)を活用した事業(天然ガス・石油の地下貯蔵など)の安全性や研究開発(高レベル放射性廃棄物の地層処分など)の妥当性を評価する上で重要な知見と考えられ,国際学術雑誌の「Journal of Asian Earth Sciences」に掲載されました。
図1 結晶質岩(花崗岩)内の割れ目における地下水・物質移動の概念図(左)および,温度時間履歴と形成される割れ目頻度との関係(右)
【背景】
現在,日本では深部地質領域(地下深部に分布する岩石領域)を活用した事業(天然ガス・石油の地下貯蔵など)や研究開発(高レベル放射性廃棄物の地層処分など)が行われています。これらの事業や研究開発は結晶質岩(花崗岩)を対象に実施されているものが多く,この結晶質岩における地質環境特性(地下水流動経路など)の長期的な変遷の把握や将来予測は,これらの事業の安全性や妥当性を評価する上で重要な課題です。
特に,高レベル放射性廃棄物の地層処分の安全評価においては,地下水シナリオ(地下水によって放射性物質が処分施設から人間環境に運ばれるシナリオ)を想定した場合,結晶質岩では,割れ目が地下水流動や物質移動の経路になることから,その分布を知ることが重要となります。本研究グループの既存研究により,結晶質岩中の割れ目と冷却との関係については解明されつつありましたが,結晶質岩内部の温度時間履歴の相違と割れ目分布の関係の詳細な解析はできていませんでした。また,マグマ溜りから結晶質岩の形成へと至る冷却履歴を扱った既存研究では,1つの結晶質岩に対して1つの温度時間履歴を解明するのが一般的でしたが,それでは結晶質岩内部の詳細な温度時間履歴の空間的な相違を把握できないという問題点がありました。
以上の課題を踏まえて,本研究では,結晶質岩の領域ごとの温度時間履歴の復元および,得られた知見と割れ目分布との関連について調査研究を実施しました。
【研究手法・研究成果】
研究対象とした土岐花崗岩は,岐阜県東濃地域に分布する白亜紀後期に貫入した結晶質岩です(図2)。土岐花崗岩は日本原子力研究開発機構により複数のボーリング調査が行われており,ここで得られた岩石試料を用いることで,マグマ溜りの三次元的な岩石情報を取得できます。この土岐花崗岩で得られた15個の岩石試料に対して,熱年代学的な手法(※4)を用いて岩石内の領域ごとの温度時間履歴を復元しました(図3)。得られた温度時間履歴は土岐花崗岩内の位置に応じて特有の性質(冷却速度の相違など)を持っていることが分かり,花崗岩の形成プロセスに関する地球科学的な新知見を得ることができました。
次に,領域ごとの温度時間履歴と割れ目の分布について比較検討を行いました。その結果,800℃から300℃に至るまでの冷却時間と割れ目発生頻度の間に関連があることを見出しました(図1右図)。冷却時間が長い場合,周囲より高温の状態が長く維持されることから,割れ目の発生頻度が高く,冷却時間が短い場合,逆に割れ目の発生頻度が低くなり,冷却時間と割れ目発生頻度との間には良い相関がみられることが分かりました(図4)。これは領域ごとの温度時間履歴が結晶質岩内の割れ目分布を評価する際の新たな指標となることを示唆しています。
図2 土岐花崗岩の位置図(A),土岐花崗岩が位置する東濃地域の地質図(B:赤色部分が土岐花崗岩の分布領域を示す),岩石種の違いを示す断面図(C:BのXからX’までの断面図であり,色の相違は岩石種の違いを表す)(Yuguchi et al., 2018を一部改編)
図3 土岐花崗岩中の領域ごとの温度時間履歴(Yuguchi et al., 2018を一部改編)
Yuguchi et al.(2018)では全10本のボーリング孔から得た15地点(A~O)の温度時間履歴を取得。
ここでは,紙面の関係上,6本のボーリング孔から得た6地点のデータ(A, D, E, F, K, O)を提示。断面図のアルファベットの位置とそれぞれの温度時間履歴が対応。
図4 冷却時間と割れ目発生頻度との間の良い相関関係(Yuguchi et al., 2018を一部改編)
冷却時間と割れ目発生頻度との間に良い相関(R2=0.89)を示す
【用語解説】
1.結晶質岩(花崗岩):
地下に貫入したマグマが地表まで到達せずに,地殻中にマグマ溜りとしてゆっくりと冷え固まった岩石。深成岩の一種。日本列島の地下には基盤岩として広い領域に分布。
2.熱進化モデル:
マグマ溜りから結晶質岩へと冷却するプロセスで,時間とともに温度がどのように変遷したかを示すモデル。深成岩中の現象を時間と温度の推移とともに議論することを可能にする。本研究では複数の領域の温度時間履歴から表現される。
3.温度時間履歴:
マグマ溜りから結晶質岩への冷却を温度と年代の推移で表したもの。
4.熱年代学的手法:
放射年代測定法を用いて,試料が受けた温度時間履歴を推定する手法。それぞれの年代測定法には閉鎖温度という年代を刻み始める固有の温度条件がある。この温度条件と年代を一対とし,それを複数取得することで,岩石の温度時間履歴を得ることができる。
【論文情報】
雑誌名:Journal of Asian Earth Sciences,169,47-66(2019)
論文タイトル:Position-by-position cooling paths within the Toki granite, central Japan: Constraints and the relation with fracture population in a pluton
著者名:湯口貴史1,末岡茂2,岩野英樹3,五十公野裕也1,石橋正祐紀2,檀原徹3,笹尾英嗣2,平田岳史4,西山忠男5
所属:1. 山形大学学術研究院 2. 日本原子力研究開発機構 3. 京都フィッション・トラック 4. 東京大学大学院理学系研究科 5. 熊本大学先端科学研究部理学系
DOI:https://doi.org/10.1016/j.jseaes.2018.07.039
公表:2019年1月15日号(2018年11月27日オンライン公開)
【特記事項】
本研究は2016年度から2019年度の科学研究費補助金(若手研究A 16H06138)の支援を受けて行われました。