2021-02-09 農研機構
ポイント
農研機構は、多収のダブルローナタネ1)品種「ペノカのしずく」を育成しました。油は食用に適しており、搾り粕を飼料として利用することができます。寒雪害に強いため北海道・東北地域での栽培に適し、今後約1,000haの普及が見込まれています。
概要
近年、国産ナタネの生産は、畑作農業の輪作・水田転作の作物として、作付面積が増加傾向で推移しています。現在、北海道・東北地域の主力品種である「キザキノナタネ」は、種子中にエルシン酸2)を含まないため食用油に適していますが、グルコシノレート含量3)が多いことから、搾り粕を飼料として利用することが難しく販路が限られています。また、グルコシノレート含量が少ない既存のダブルローナタネ品種は、収量性や耐病性、寒地および寒冷地での越冬性などが「キザキノナタネ」に劣るため普及が進んでいません。
そこで、農研機構は北海道・東北地域の栽培に適したダブルローナタネ品種「ペノカのしずく」を育成しました。「ペノカのしずく」は、「キザキノナタネ」と比較すると、成熟期および収量は同程度、寒雪害抵抗性4)および菌核病抵抗性5)は同程度に強い品種です。また、既存のダブルローナタネ品種「キラリボシ」と比較すると3割以上多収です。グルコシノレート含量が少ないため食用油原料としてだけでなく飼料としての利用も期待されます。
北海道・東北地域において、今後約1,000haの普及が見込まれています。
関連情報
予算: 農研機構生研支援センター「革新的技術開発・緊急展開事業(うち経営体強化プロジェクト)」
(2017~2019年度)
品種登録出願番号: 「第34706号」(2020年5月14日出願、2020年8月3日出願公表)
お問い合わせ
研究推進責任者: 農研機構東北農業研究センター 所長 湯川 智行
研究担当者: 農研機構東北農業研究センター 畑作園芸研究領域 (現農研機構野菜花き研究部門) 川崎 光代
広報担当者: 農研機構東北農業研究センター 広報チーム長 櫻 玲子
詳細情報
新品種育成の背景と経緯
ナタネ油は国内消費の約4割を占める最も消費量が多い植物油であり、主に海外産のダブルローナタネが用いられています。国産ナタネは、主産地の北海道を中心に輪作作物や転作作物として作付面積が増加傾向にありますが、主力品種である「キザキノナタネ」は種子中のグルコシノレート含量が多いので搾り粕を飼料として使用しにくいという欠点があります。そのため、海外産原料と区別する必要のない国産のダブルローナタネ品種が求められています。また、農研機構はこれまでに、東北地域向けのダブルローナタネ品種「キラリボシ」および「きらきら銀河」を育成しましたが、越冬性や菌核病抵抗性が「キザキノナタネ」より劣っていたために、特に北海道での普及が滞っていました。
そこで、寒雪害抵抗性および菌核病抵抗性が「キザキノナタネ」と同程度に強く、収量が「キザキノナタネ」と同程度、既存のダブルローナタネ品種「キラリボシ」より多収のダブルローナタネ品種「ペノカのしずく」を育成しました。
新品種「ペノカのしずく」の特徴
- 農研機構東北農業研究センターで選抜した多収のダブルロー系統「OZ028-2」を種子親、北海道・東北地域における無エルシン酸の主力品種「キザキノナタネ」を花粉親として交配を行い、選抜を重ねて「ペノカのしずく」を育成しました。
- 育成地(岩手県盛岡市)において、開花期は「キザキノナタネ」より2日、「キラリボシ」より1日遅く、成熟期は「キザキノナタネ」と同程度、「キラリボシ」より1日遅くなります。草丈は「キザキノナタネ」や「キラリボシ」より高くなります(表1、写真1)。寒雪害抵抗性および菌核病抵抗性は、「キザキノナタネ」と同程度で「キラリボシ」より強く、いずれも’強’です(表1)。
- 育成地においては「キザキノナタネ」と収量が同程度であり、「キラリボシ」より3割以上多収です(表2)。千粒重は「キザキノナタネ」と同程度で「キラリボシ」より大きく(表2、写真2)、含油率は「キザキノナタネ」および「キラリボシ」と同程度です(表2)。
- 種子中にエルシン酸を含まないので食用油に適しており、グルコシノレート含量が少ないので搾り粕を飼料として利用できます(表2)。
栽培適地および栽培上の留意点
栽培適地は北海道・東北地域です。他のナタネ品種およびアブラナ科植物との交雑防止のため、隔離された採種圃場で種子増殖を行い、一般栽培では採種圃由来の種子を使用してください。
品種の名前の由来
たくさんのナタネが咲き誇っている様子をアイヌ語で天の川を意味する「ペッノカ」、ナタネ畑からできるナタネ油を「しずく」で表し、「ペノカのしずく」と命名しました。
今後の予定・期待
北海道・東北地域において、今後約1,000haの普及が見込まれています。国産ナタネの販路拡大および需給体制の安定化に加えて、新規作付けの拡大が期待されます。また、ダブルローナタネの搾り粕は大豆粕と並ぶ数少ない国産のタンパク質飼料の一つであるため、新たな耕畜連携による資源循環にも貢献できると考えられます。
種子の入手について
利用許諾契約を締結した組織が今後種子生産を行います。種子の販売は2021年以降の予定です。
用語の解説
1) ダブルローナタネ
エルシン酸およびグルコシノレート含量が少ないナタネのことです。北米では油に含まれるエルシン酸含量が2%未満で、脱脂および風乾した搾り粕に含まれるグルコシノレート含量(プロゴイトリン、グルコナポレイフェリン、グルコナピンおよびグルコブラシカナピンの総量)が30μmol/g未満のダブルローナタネのことを”Canola”と呼んでいます。
2) エルシン酸
脂肪酸の一種で、旧来のナタネ品種の油中に多く含まれています。エルシン酸を含む油を大量摂取すると心臓などに障害を引き起こす可能性が指摘されたことから、食用油には無エルシン酸品種が望ましいとされています。
3) グルコシノレート
アブラナ科植物に多く含まれている含硫配糖体です。ナタネ種子中のグルコシノレートには家畜が摂取すると甲状腺肥大を引き起こす物質が含まれています。種子を搾油した際に油に溶け出さず搾り粕に残りますので、グルコシノレート含量が多い品種の搾り粕は飼料に向きません。
4) 寒雪害抵抗性
冬季の低温や降雪のために葉や茎がダメージを受けてしまうことを寒雪害といいます。寒雪害を受けた植物は、その後も生育不良となり、収量が低下する傾向があります。ナタネは秋播きで翌年の夏に収穫するため、特に寒さの厳しい北海道および東北地域では、寒雪害抵抗性が強い、すなわち寒雪害を受けにくい品種が求められています。
5) 菌核病抵抗性
糸状菌の一種によって発生する病害で、収量低下の原因となるナタネの重要病害です。降雨が続くような多湿の時に発生しやすく、花が咲き終わった後、茎に褐色から黒色の水浸状の病斑が現れ、さらに症状が進むと植物体は枯死してしまい、茎はカビにより白くなり、茎の中に黒いネズミの糞状の菌核が形成されます。発生しやすい地域では、菌核病抵抗性が強い、すなわち菌核病にかかりにくい品種が望まれます。
参考図
表1「ペノカのしずく」の生育特性
表2「ペノカのしずく」の収量特性および品質特性
写真1「ペノカのしずく」の草姿 (岩手県盛岡市、2018年7月11日撮影)
左:ペノカのしずく、中:キザキノナタネ、右:キラリボシ
写真2「ペノカのしずく」の種子
(岩手県盛岡市2019年産、2020年10月23日撮影)
左:ペノカのしずく、中:キザキノナタネ、右:キラリボシ