『原子力機構の研究開発成果2020-21』P.42
図3-7 2 種類の超伝導対
通常、超伝導対は全て電子スピンの向きが反平行の一重項状態(a)を取ります。ところが、一部のウラン化合物ではスピンの向きが平行な三重項状態(b)が実現します。
図3-8 核磁気緩和率の温度依存性と NMR スペクトル
磁場を印加すると、物質内部の磁気的揺らぎの増大により低温で核磁気緩和率(1/T2)が急激に増大します(挿入図)。結晶学的に異なる二つのサイトが存在するのを反映して、2 本の NMR ピークが観測されました。
核燃料として知られるウランが、ここ数年、超伝導の基礎研究においても大きな注目を集めています。1911年のカメルリング・オンネスによる水銀の超伝導の発見以来、この分野では銅酸化物超伝導体や鉄系超伝導体など、多くの新しい超伝導体が発見されてきました。その中で明らかになってきたことは、超伝導は従来考えられていたよりも、はるかに多様性に富むということです。特に 2000 年以降は、ウランを含む化合物で、これまでの常識を覆す超伝導現象の発見が相次いでいます。その背景にはスピン三重項超伝導と呼ばれる新しい超伝導の物理世界が広がっています。
超伝導の本質は二つの電子が対を組み(超伝導対)、それが集団運動をすることにあります。図 3-7(a)に示すように、これまで知られていた超伝導体では、超伝導対のスピンは全て反平行で、全スピン量はゼロでした。しかしスピン三重項超伝導ではスピンは平行で、全スピン量は 1 となります(図 3-7(b))。その帰結として、本質的に相反するはずの強磁性秩序と超伝導がミクロに共存したり、通常は磁場で壊されるべき超伝導がむしろ磁場によって増強されるなど、今までにない新しい超伝導現象が出現することが分かってきました。2018 年末に新たに発見されたスピン三重項超伝導体 UTe2 においても新奇な超伝導現象の発見が相次ぎ、そのメカニズムの解明のため、国際的に熾烈な研究競争が続いています。
今回私たちは、UTe2 の単結晶でのを世界に先駆けて行い、その電子状態を微視的観点から探りました。図 3-8 の挿入図に、観測された NMR信号のスペクトルを示します。UTe2 は結晶学的に異なる二つの Te サイトを持つので、それに対応して二つのNMR ピークが観測されています。ピークはどちらも非常にシャープであり、結晶の純良性が確認されました。次に観測された NMR 信号を用いて、核磁気緩和率(1/T2)の温度依存性を測定しました(図 3-8)。1/T2は、電子のスピンが物質内部につくる磁気的な揺らぎの強さを反映する物理量です。測定の結果、超伝導が出現する低温領域で、結晶の特定の軸方向に強い磁気的な揺らぎが急激に発達していることが初めて明らかになりました。スピン三重項超伝導の発現のメカニズムについては、1980 年代から磁気的な揺らぎを超伝導対の引力とする理論が提唱されてきました。今回、私たちが発見した磁気揺らぎと超伝導との関係が注目されます。スピン三重項超伝導は次世代量子コンピュータへの応用も考えられており、今後の研究の発展が期待されています。
本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(S)(No.15H05745)「ウラン系重い電子物質の超伝導解明と新奇超伝導状態の探索」の助成を受けたものです。
(徳永 陽)
●参考文献
Tokunaga, Y. et al., 125Te-NMR Study on a Single Crystal of Heavy Fermion Superconductor UTe2, Journal of the Physical Society of Japan, vol.88, no.7, 2019, p.073701-1–073701-4.