答えは「電子の動く軌道」! 原子層結晶で“電子磁石”が現れる機構を解明

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次世代量子デバイス実用化への道筋を切り拓く

2020-10-22 大阪大学,東京大学

発表のポイント

  • 原子核周りの電子の軌道運動が、数原子の厚さしかない原子層結晶に現れる電子の磁石としての性質(以下、電子磁石と呼ぶ:専門的には電子スピンと呼ばれている)の要因であることを発見した
  • これは、異なる方向を向く電子磁石を普遍的に説明できる、電子磁石発現の全く新しい機構である
  • 超高品質の原子層結晶の作製に成功し、高分解能測定でこれまでの概念を打ち破る電子磁石の向きを観測したことで初めて解明できた
  • 本成果は、より多くの情報を短時間に得られ、省エネルギーな次世代量子デバイスの実現に大きな前進をもたらす

発表概要:

大阪大学大学院工学研究科の坂本一之教授、物質・材料研究機構の内橋隆博士と矢治光一郎博士、東京大学物性研究所の小森文夫教授、ウイスコンシン-ミルウォーキー大学(アメリカ)の獅子堂達也博士らの国際研究グループは、原子層結晶(※1)に流れる電子磁石が原子核周りを運動する電子の軌道に由来することを世界で初めて明らかにしました。電子には電流の担い手である電荷という性質とともに、磁石の性質(電子磁石)も併せ持っています。この電子磁石は、次世代量子デバイス(※2)の動作の根幹を担うものであり、その制御の解明は次世代高機能量子デバイスの構築に不可欠なものです。

坂本教授らの研究グループは、原子層結晶での電子磁石の動きを実験的に直接解明できるスピン・角度分解光電子分光法(※3)を用い、シリコン表面上に作製したインジウム2層からなる原子層結晶の電子バンド(※4)とフェルミ面(※5)での電子磁石の方向を求めました。その結果、電子磁石の向きがこれまで考えられていた原子核周りの電子の密度の片寄り(※6)ではなく、原子核周りの電子の軌道運動に由来することを明らかにしました。前者は“フレミングの左手の法則”で考えることができます。原子面に垂直な方向の電子の密度の片寄り(電池)を親指方向にとった時、中指方向に電子が動くと磁場(磁石)は人差し指の方向を向きます(図1(a))。電子磁石(電子の手)は磁場と平行方向になりますので、電子の密度を考えた電子磁石の向きは常に原子面に平行で電子の運動方向に垂直となります。これに対し、原子核周りの電子の軌道運動は“右ネジの法則”で考えることができます(図1(b))。電子が円軌道を運動すると円の中心に磁場が発生し、それによって電子磁石の向きは電子の円軌道の中心を貫く方向となります。運動する軌道を自由に設計することができれば電子磁石の向きを任意に(例えば図1(c)のように原子面に垂直に)変えられるようになります。このような電子の軌道運動に由来する電子磁石の運動はこれまで考えられていない全く新しい機構です。

図1:電子密度の片寄りによる電子磁石の向きと、電子の軌道運動による電子磁石の向きの概念図。

図1:電子密度の片寄りによる電子磁石の向きと、電子の軌道運動による電子磁石の向きの概念図。

本研究成果は、米科学誌「Physical Review Letters」(オンライン)に、10月19日(月)に掲載されました。

研究の背景・内容

原子層結晶に現れる電子磁石は原子核周りの電子の密度の片寄りに由来し、その向きは原子層面と運動方向に対して垂直であると考えられていました。また、異なる方向を向く電子磁石は、原子層結晶の構造の対称性など、その時々で異なる理由によってこれまでは説明されており、普遍的な理解は得られていませんでした。スピン・角度分解光電子分光測定は物質中の電子の運動と電子磁石の向きに関する有益な情報を与えることができますが、高品質な試料と非常に精度の高い装置の両方が要求されるため、これまで電子バンド、フェルミ面と電子磁石の向きを正確に求めることが困難でした。

坂本教授らのグループは、これらの問題を解決するために、作製に成功した非常に品質の高い原子層結晶を超高性能の装置を用いて測定しました。その結果、ある運動量を持つ電子磁石は従来の電子の密度の片寄りで説明できますが、他の運動量を持つ電子磁石ではこれまで報告されたいかなる理由でも説明できないという結果を得ました(図2の右側にある磁石は電子の進む向きと磁石が垂直なので従来の要因で説明できますが、左側にある磁石は電子の進む向きと磁石が平行で説明できません)。この結果と理論計算によって、図2にある全ての電子磁石の向きを電子の軌道運動で説明できたことから、原子層結晶における電子磁石の向きが電子の軌道運動に起因していることを明らかにしました。電子磁石の向きと運動の制御は、電子磁石を用いたデバイスの構築に必須であることから、この結果は次世代高機能量子デバイスを設計するために不可欠な情報です。

図2:シリコン表面上に作製したインジウム2層からなる原子層物質のフェルミ面。横軸と縦軸は電子のx方向とy方向の運動量(波数)です。いくつかの運動量における電子磁石の向きと電子が動く向き(黄色の矢印)。

図2:シリコン表面上に作製したインジウム2層からなる原子層物質のフェルミ面。横軸と縦軸は電子のx方向とy方向の運動量(波数)です。いくつかの運動量における電子磁石の向きと電子が動く向き(黄色の矢印)。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により明らかになった電子の軌道運動に起因した電子磁石の向きは、原子層結晶における電子磁石の動きを理解するための全く新しい機構の提唱という学術的意義があります。また、本研究で用いたインジウム2層からなる原子層結晶が超伝導となることから、応用的にも次世代デバイスとして有力視されているものの未だ商品化されていない量子デバイスの実現を大きく前進させるという意義も併せ持っています。

特記事項

本研究成果は、2020年10月19日(月)に米科学誌「Physical Review Letters」に掲載されました。

タイトル:“Orbital angular momentum induced spin polarization of 2D metallic bands”

著者名:Takahiro Kobayashi, Yoshitaka Nakata, Koichiro Yaji, Tatsuya Shishidou, Daniel Agterberg, Shunsuke Yoshizawa, Fumio Komori, Shik Shin, Michael Weinert, Takashi Uchihashi, and Kazuyuki Sakamoto

URL:https://link.aps.org/doi/10.1103/PhysRevLett.125.176401

なお、本研究は、JSPS科学研究費補助金 基盤研究(B)25287070と19H02592、新学術領域「3D活性サイト科学」15H01041と17H05211、WPI-MANA国際ナノアーキテクトニク研究拠点の補助を受けて行われました。また、部分的にはNanoscience Science Foundation (Grant No. EFMA-1741673)の補助を受けました。

用語説明
※1 原子層結晶
原子層結晶とは、固体表面に作製した原子1層から数層の厚さを持つ物質です。グラファイトを原子1層まで薄くしたグラフェンでは電子が高速で移動できるように、物質の厚さが原子レベルになると新たな興味深い性質が生じることがあります。電子磁石の存在も原子層結晶特有のものであり、通常の物質ではほとんど現れません。
※2 量子デバイス
量子力学で現れる奇妙な性質を使ったデバイスです。本研究成果に関連するものとしては、電子磁石の流れを利用して高機能で省エネルギー消費な半導体スピントロニクスデバイスや、電子に似ているが粒子と反粒子が同一で中性な特殊な粒子であるマヨラナ粒子を用いた環境ノイズ耐性が高い量子コンピュータなどが挙げられます。
※3 スピン・角度分解光電子分光法
物質に単一エネルギーの光を照射し、アインシュタインが提唱した光電効果によって飛び出してくる光電子の運動エネルギーと放出角度、および電子磁石の向きを測定する方法です。測定した光電子の運動エネルギーと放射角にエネルギー保存則と運動量保存則を組み合わせることで物質中での電子および電子磁石の運動を表すフェルミ面や電子バンドをもとめることができます。
※4 電子バンド
物質内での電子の運動量(波数)に対する束縛エネルギーで表した曲線が電子バンドです。曲線を運動量で1階微分すると物質内での電子速度を、2階微分すると物質内での電子の移動度を得ることができます。
※5 フェルミ面
束縛エネルギーが0であるフェルミエネルギーにおいて、電子のxとy方向の運動量(波数)を示すもの。試料のどちら方向に電子が流れやすいかなどがわかります。
※6 電子の密度の片寄り
fig3
物質の中では原子が3次元に規則的に配列しているため原子核周りの電子の密度は一様ですが、原子層結晶のように1方向に結合すべき原子がいないと、原子核周りの電子の密度に片寄りができます。この電子の密度の片寄りは原子面に垂直な方向に電池のように電位差を生じさせます。(電子の密度が一様だと電位差は生じません。)
1700応用理学一般
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