2020-07-20 産業技術総合研究所
ポイント
- ポリプロピレンに近赤外光を照射して劣化の度合いを推定する技術を開発
- 破壊試験を行わずにポリプロピレン部品の劣化の進行を診断可能
- プラスチック製の自動車部品や建設資材の品質管理やリサイクルへの貢献に期待
概要
国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)機能化学研究部門【研究部門長 北本 大】化学材料評価グループ 新澤 英之 主任研究員、水門 潤治 研究グループ長、古賀 舞都 研究員、高分子化学グループ 萩原 英昭 研究グループ長、渡邉 亮太 主任研究員、山根 祥吾 主任研究員は、近赤外光でプラスチック(ポリプロピレン)の劣化を診断する技術を開発した。
今回開発した技術は、自動車部品や建築材料などに幅広く使用されているポリプロピレンの劣化を非破壊で、その場での診断が可能であり、従来は非破壊で診断できる技術がなかったため、評価が困難であった既に製品に組み込まれ、実際に使用されているポリプロピレン部品の品質や劣化の診断方法として期待される。また、各種のプラスチック部品メーカーの製造ラインでの異常品検出技術や、マテリアルリサイクルに使用可能な劣化の進行が少ないプラスチック部品の選別技術としての貢献も期待される。
従来のプラスチックの劣化診断法(上)と今回開発した光による診断法(下)
開発の社会的背景
製造物責任法の施行以来、材料メーカーには生産品の安全性や品質の保証がより明確に求められることとなり、多くの企業では製品の品質を担保し、適切に管理するための分析技術が必要となっている。金属と比べて劣化しやすいプラスチック部品では、とりわけ最終品の品質保証が重要視されており、出荷までに何度も検査が行われ、大きなコスト要因となっている。従来、プラスチック製品の品質は、測定対象を引張変形させた際に加えた力を計測する機械試験によって評価している。この方法は測定対象を変形、破壊してしまうため、既に製品の中に組み込まれ、実際に使用されているプラスチック部品の品質や劣化を診断することはできず、それに代わる非破壊で診断する技術はこれまで確立していなかった。
研究の経緯
産総研は、これまで「材料診断プラットフォーム」という体制を構築し、各種の先端分析技術を用いて、プラスチックの品質の評価や劣化の進行の診断といった、企業からの要望に応えてきた。最近は、とりわけプラスチックの品質を簡易に非破壊で分析する技術に関する依頼が数多く寄せられており、これらのニーズに応えるべく、近赤外光によるプラスチック診断技術の開発に取り組むこととした。
研究の内容
破断伸びとは、試料が破断されるまでの引張伸び率で、ポリプロピレン部品の機械特性を示す重要な指標として実際の製造現場で用いられている。ポリプロピレンの劣化が進むと、破断伸びが減少する。今回、あらかじめ劣化処理を行い、劣化の程度が異なるポリプロピレン試料を作成し、それらが吸収する近赤外光(光吸収スペクトル)を計測するとともに、破断伸びを計測した。
図1に近赤外光吸収の計測の様子と、劣化処理したポリプロピレン試料に1600 nm – 2000 nmの波長の近赤外光を照射して測定された近赤外スペクトルの一例を示す。今回用いた装置では透過した光だけではなく反射した光でも近赤外スペクトルの測定が可能で、試料の厚みや形状に応じて透過光と反射光を選択できるため、多くの試料に適用できる。図1に示したポリプロピレン試料の場合は透過した近赤外光をセンサーで検出して近赤外スペクトルを測定した。なお、この際の近赤外スペクトルの測定時間は6秒であった。
図1 ポリプロピレンによる近赤外光吸収の計測(左)と測定された近赤外スペクトルの一例(右)
図2に機械学習によるデータ解析の概要とポリプロピレンの劣化を推定した結果を示す。ポリプロピレンは劣化の進行に伴って近赤外光の吸収特性が変化するため、近赤外スペクトルの形状変化から、劣化を推定できる。つまり、図2左に示したように、各波長での光吸収の大きさ(吸光度)に回帰係数を掛けて足し合わせて、破断伸びが算出される。しかし、スペクトルのような膨大な数のデータでは、個々の回帰係数を算出するのは困難なので、今回は機械学習を活用して回帰係数を効率的に導き出した。学習データ(図2右、○印)を用いて導き出した回帰係数を使って算出したテストデータ(図2右、●印)の破断伸びは、機械試験で測定した実際の破断伸びとよく一致していた。さらに回帰係数を詳しく調べたところ、ポリプロピレンの固体構造の変化と、近赤外光の吸収の変化が直接的に相関していた。
今回開発した技術は、引張試験のように材料を破壊することなくポリプロピレンの光の吸収を数秒間測定するだけで、その破断伸びを精度よく予測できる新しい診断技術として利用可能である。複数回の品質検査とそれに伴う作業量の増加に悩まされている製造現場では、非破壊、リアルタイムでプラスチック製品の品質を評価できる今回の技術の導入が、製造コストの大きな削減につながるものと期待される。加えて、この技術は、ポリプロピレンと同様に結晶構造を持つプラスチックであれば、近赤外スペクトルの測定と破断伸びなどの測定データの機械学習を行うことで、他種のプラスチックの劣化診断に適用できる可能性がある。
なお、このような機械学習で得た回帰係数による予測は、学習に用いたポリプロピレンと類似した性状のポリプロピレンには適用できるが、多量の添加剤を含んだポリプロピレンや、異なるプラスチックの劣化診断を行うには、改めて診断対象の試料の近赤外スペクトルや破断伸びなど学習用のデータを測定し、機械学習を行う必要がある。
図2 データ解析の概要(左)と、ポリプロピレンの劣化推定の結果(右)
今後の予定
今後は、今回の劣化診断技術を自動車部品、建設資材の品質管理やプラスチック部品のリサイクルに適用するため、企業への橋渡しを積極的に図る。また、「材料診断プラットフォーム」では、この技術を含めた複数の診断技術の統合を進め、「材料の総合病院」として、企業からの診断依頼に幅広く対応していく。
用語の説明
- ◆近赤外光
- 800 – 2500 nmの波長の光。物質を透過しやすく、数ミリメートル程度の薄い試料には光を透過させて計測し、一方、数十ミリメートル程度の厚い試料では反射した光を計測することが可能なため、さまざまな厚さや形状の試料の近赤外スペクトルが測定できる。
- ◆材料診断プラットフォーム
- 産総研 機能化学研究部門が推進するプラスチック材料の診断拠点。プラスチック(高分子)の構造を分析する最先端の分析装置を取り揃え、劣化の進行や機能の発現機構といった企業の抱える技術課題に対して、最適なソリューションを提供する。
参考URL: https://unit.aist.go.jp/ischem/ja/intro/AIST_diagnosis_platform_2020.pdf [PDF:3.3MB]
- ◆光吸収スペクトル
- 各波長の光が測定対象によってどれくらい吸収されたのかを表すもの。例えば、近赤外光の照射によって得られる光吸収スペクトルでは、試料による800 – 2500 nmの各波長の光吸収量を示す。