多相系材料のためのデータ同化結晶構造決定法の開発~データ駆動型構造探索の可能性を広げる大きな一歩~

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2024-12-06 東京大学

発表のポイント

  • 実験とシミュレーションを組み合わせて未知の結晶構造を効率的に決定するための新手法を開発した。
  • 複数の結晶相を反映した粉末回折パターンの実験データから、格子定数などの事前情報を用いずに複数の構造を決定できるようになった。
  • 多相系材料の構造決定を加速するだけでなく、構造同定に至らずに眠ったままになっている粉末回折実験データに適用させることで新物質相の発見にも繋がると期待される。

多相系材料のためのデータ同化結晶構造決定法の開発~データ駆動型構造探索の可能性を広げる大きな一歩~
データ同化結晶成長シミュレーションの概念図

発表概要

東京大学大学院理学系研究科の久保祐貴大学院生、石河孝洋特任助教、常行真司教授らは、多相系材料に適用可能なデータ同化(注1)に基づく結晶構造決定法を開発しました。データ同化によって目的の結晶構造の安定性を際立たせられる点を利用し、分子動力学法(注2)による結晶成長シミュレーションを加速することで、数千原子のシミュレーションで目的構造の塊が得られることを示しました。先行研究で開発されたデータ同化結晶構造決定法は、目的の結晶構造の格子定数(注3)が事前にわかっている場合に適用範囲が限定されていましたが、本研究で開発した手法では格子定数を必要としないため、結晶相が複数含まれる多相系の粉末回折パターン(注4)から結晶構造を決定できます。この研究成果は今後、多相系材料における構造探索を加速させるだけでなく、構造決定に至らず放置されている粉末回折実験データから新物質相を発見することにも繋がると期待されます。

発表内容

結晶構造決定は、物質の様々な性質の理解、さらには新規材料の開発指針策定のために必要不可欠な営みとなっています。結晶構造を決定する手がかりとして、実験研究者が古くから用いてきたのが粉末回折パターンであり、これを解析して数多くの結晶構造が決定されてきました。しかし、この実験的なアプローチでは、構造決定の成否が実験データの質に大きく左右されてしまい、とりわけ粉末回折パターンに複数の結晶相からの回折ピークが混在する場合には、目的構造の格子定数の決定が困難になるという問題点がありました。一方、計算機シミュレーションを用いた理論的な結晶構造予測は、実験データを必要としないのが利点ですが、結晶構造が複雑になると、現実的なシミュレーション時間内の探索では目的構造を見つけることができないため、探索を加速する方法が研究されています。

このような状況の中、これまで本研究グループで開発に取り組んできたのが、回折実験データをシミュレーションに利用するデータ同化結晶構造決定法です。データ同化によって、実験データと一致する結晶構造の安定性が強調されるため、効率的に目的の結晶構造を見つけることができます。しかし、従来のデータ同化法では、事前に格子定数の情報が必要であり、複数の結晶相を反映した粉末回折データなど、格子定数の決定すら困難な実験データには適用できないという問題点がありました。

そこで本研究では、これを解決するために、数千原子を含む巨大なシミュレーションセルを用いた結晶成長シミュレーションをデータ同化で加速するというアプローチを提案しました。開発した手法を、炭素の多形で有名なグラファイト及びダイヤモンドの回折ピークが混在する粉末X線回折パターンに適用したところ、二つの結晶相が混在する多結晶体が得られ、教師なし機械学習(注5)を使ってこれらの分離に成功しました(図1)。さらに複雑な二酸化ケイ素にも本手法を適用したところ、すべての目的構造を得ることに成功しました。

今回の研究で開発したデータ同化結晶構造決定法により、格子定数の事前情報なしに目的の結晶構造の塊が得られることが示されました。これによって、複数の結晶相が混在した粉末回折パターンからの構造決定が可能となるため、今後は、構造決定に至らぬまま眠っていた粉末回折パターンに対して本手法を適用することで、未知構造決定を促進し、革新的な材料開発の加速に繋がることが期待されます。


図1:データ同化結晶成長シミュレーションにより得られた炭素多結晶体

左)炭素の複相(グラファイト及びダイヤモンド)のピークが混在する粉末X線回折パターンを用いて、データ同化結晶成長シミュレーションを行った際に得られた炭素多結晶体。
中央と右)炭素多結晶体中の炭素原子を、教師なし機械学習により分類することで得られた、グラファイト及びダイヤモンドの塊。

論文情報
雑誌名
The Journal of Chemical Physics論文タイトル
Data-Assimilated Crystal Growth Simulation for Multiple Crystalline Phases

著者
Yuuki Kubo*, Ryuhei Sato, Yuansheng Zhao, Takahiro Ishikawa, Shinji Tsuneyuki
(*責任著者)

DOI番号
10.1063/5.0223390

研究助成

本研究は、科研費「水素の先端計算による水素機能の高精度予測(課題番号:JP18H05519)」、「複雑材料構造のためのデータ同化モデリング手法の開発(課題番号:JP24K00544)」、「水素化物の室温超伝導化とデバイス化の研究(課題番号:JP20H05644)」の支援により実施されました。

用語解説

注1  データ同化
計測データが事前に得られている場合に、より確からしい結果を得るために、シミュレーションと計測データとの整合性を改善するようにシミュレーションの軌道を修正していく方法。気象分野などで盛んに取り入れられてきた。

注2  分子動力学法
運動方程式に基づいて、原子や分子の運動を追跡する手法。物質の構造予測や種々の物性値の評価など、幅広い用途で用いられる。

注3  格子定数
結晶中の原子がなす周期構造の繰り返し単位の寸法。

注4  粉末回折パターン
結晶性物質をはじめ、様々な物質の構造を評価するために測定されるデータ。試料に入射したX線や中性子線が散乱される際に、物質内の原子同士の位置関係を反映した回折が生じることを利用する。

注5  教師なし学習
正解のデータを人間が与えることなく、モデルが自動的に与えられたデータの構造を抽出する機械学習の方法。

0500化学一般
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