前例のない多地点観測によって、南極氷床内陸における広域の積雪粒径分布を明らかに ~衛星観測と気候モデルの高精度化に期待~

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2024-09-02 総合研究大学院大学,国立極地研究所

研究概要

総合研究大学院大学 極域科学専攻の井上崚氏を筆頭著者とする研究グループは、東南極氷床沿岸から約1000km内陸に進むルート上で、氷床表面アルベド(1)に重要な表面積雪粒子の比表面積(2)(積雪粒径の指標)を約2150箇所の雪面で観測し、その広域分布を明らかにしました。観測の結果、沿岸から15~500km(標高:615~3000m)の範囲では比表面積は有意な増減の傾向を示さず、この範囲を超えると内陸に向かって増加(粒径は低下)することが判明しました。また、この広域分布を決める要因として、温度依存性を持つ積雪の変態(3)、降雪頻度、風による雪の堆積の抑制の組み合わせが重要であることが分かりました。本成果は、衛星観測や気候モデルで推定される表面積雪粒子の比表面積の検証データとして活用されます。さらに、今後数十年にわたり表面積雪粒子の比表面積の観測を継続することで、本観測結果は氷床内陸部の積雪に対する温暖化の影響評価の基準となり、内陸部における新しい温暖化監視要素と位置付けることができます。

研究の成果

気候システムにおける氷床の重要な役割の一つは、その強力な反射特性です。雪に覆われた表面は、日射を効果的に反射し、周囲の大気の温度上昇を抑制します。しかし、地球温暖化により気温が上昇すると、雪の変質が速く進み、氷床表面の積雪粒径(雪粒の大きさ)が増加、または表面融解が進むことで、積雪が吸収する日射量が増加します。この結果、温暖化が増幅されます。積雪域の表面アルベド(1)は、主に積雪粒径と、煤(すす)などの光を吸収する不純物の濃度に依存します。南極氷床の内陸部では不純物の濃度が極めて少ないため、雪粒子の粒径が表面アルベドを支配する要因となります。古くから行われてきた積雪粒径の目視観測は主観的であり、半定量的であることが課題とされてきました。この課題を克服する物理量として、2000年代以降、積雪粒子の比表面積(2)が光学的な手法を用いて計測されるようになりました。しかし、南極氷床における比表面積の観測例は限られており、その空間分布の解明は未だ不十分でした(図1a)。この理由として、従来の比表面積の計測手法では、雪のサンプリングや雪面に測器を設置する作業に時間を要したことが挙げられます。

前例のない多地点観測によって、南極氷床内陸における広域の積雪粒径分布を明らかに ~衛星観測と気候モデルの高精度化に期待~
図1:南極氷床における積雪比表面積の観測地点。(a)南極の地形図。青色と赤色のマーカーは、それぞれ先行研究と本研究によって比表面積が観測された地点を示す。(b)(a)の黒枠に囲まれた領域の拡大図。


本研究では、研究グループのメンバーによって最近開発された可搬型積分球積雪粒径測定装置(HISSGraS)(図2)を初めて南極に導入し、前例のない多地点での積雪比表面積を観測しました。この装置は、雪面を直接測定することで従来の手法に比べて積雪比表面積の計測時間を大幅に短縮し、雪上車の短時間(10分以内)の停車中での観測を実現しました。観測は2021年11月から2022年1月にかけて行い、沿岸拠点のS16から内陸のドームふじに至るルート上において、長さ20mの測線上で10点の雪面を計測する観測を合計215回実施しました(図1)。また、各雪面を、新雪、新雪が固く締まった堆積形態、堆積形態が風で削剥された浸食形態、浸食形態のうち起伏が大きい(0.1m以上)サスツルギ、雪の堆積が起こらずにクラスト層が積み重なった光沢雪面の5つの形態に分類し、比表面積の違いを調べました(図3)。

図2:可搬型積分球積雪粒径測定装置(HISSGraS)を用いて、南極氷床の表面積雪粒子の比表面積を測定している様子。


図3:分類された5つの雪面形態。雪面にはHISSGraS(長さ0.3m)が置かれている。

観測の結果、沿岸からルートに沿って15~500kmの範囲では、標高が615mから3000mまで高くなり、気温が低下することで雪の変質が遅くなるにも関わらず、表層の積雪比表面積(積雪粒径)は内陸にかけて有意な増減の傾向を示さないことが判明しました(図4)。この範囲を超え、さらに気温が低下する内陸に進むと積雪比表面積が増加(積雪粒径が低下)しました。また、雪面形態や気象現象に依存して、比表面積が大きく変動する実態も捉えられ、例えば、新雪は大きい比表面積を示しましたが、風速が5ms−1を超えると雪が吹き払われ、新雪の堆積が抑制される光沢雪面では小さい比表面積を示すことも明らかとなりました。以上のことから、南極氷床表層における積雪比表面積は、積雪の変態3(比表面積の低下)の速さを左右する気温のみでは決まらず、降雪頻度や風による雪の堆積の抑制も大きな役割を果たしていると考えられます。

図4:沿岸拠点のS16から内陸のドームふじにかけてのルート上で観測された積雪比表面積の分布。(a)比表面積。マーカーの色は雪面形態を表す。(b)CryoSat-2数値標高モデルに基づく表面標高(黒線)と傾斜(青線)。(c)ルート上に2km間隔で設置された雪尺の長さ観測から求めた1990〜2021年の年平均表面質量収支。灰色の背景は、表面傾斜が極大、表面質量収支が極小となり、光沢雪面が出現する地点を表す。

今後の展開

本成果は、衛星観測や気候モデルで推定される表面積雪粒子の比表面積の貴重な検証データとして活用されることが期待されます。また、本観測で得られたデータを基準として、今後数十年にわたる比表面積の長期的変化を観測することで、南極氷床内陸部の積雪に対する温暖化の影響の評価が可能になります。

用語解説

(1)表面アルベド
地表面が受けた太陽放射エネルギーのうち、反射されるエネルギーの割合(反射率)。0から1の範囲で表される。積雪域では主に表面積雪粒子の比表面積と不純物濃度に依存するが、不純物濃度が低い南極氷床では比表面積に支配される。

(2)比表面積
積雪粒子の表面積をその質量あるいは体積で割った値。一般に新雪の比表面積は大きく、積雪の変態とともに雪粒子が丸みを帯び、粗大化すると比表面積が減少する。比表面積が大きい(粒径が小さい)ほどアルベドは大きい。

(3)積雪の変態
積雪の物理的性質が時間とともに変化する過程を指す。一般に雪結晶は丸みを帯びるとともに粒子間の結合が進むため、大きな粒子に成長する。その速度は主に温度に依存する。

著者情報

井上 崚(総合研究大学院大学 複合科学研究科・極域科学専攻)
青木 輝夫(国立極地研究所 北極観測センター、特任教授)
藤田 秀二(総合研究大学院大学 先端学術院・極域科学コース/国立極地研究所、教授)
津滝 俊(総合研究大学院大学 先端学術院・極域科学コース/国立極地研究所、助教)
本山 秀明(総合研究大学院大学 複合科学研究科・極域科学専攻/国立極地研究所、名誉教授)
中澤 文男(総合研究大学院大学 先端学術院・極域科学コース/国立極地研究所、准教授)
川村 賢二(総合研究大学院大学 先端学術院・極域科学コース/国立極地研究所、教授)

論文情報

論文タイトル: Spatial variation in the specific surface area of surface snow measured along the traverse route from the coast to Dome Fuji, Antarctica, during austral summer
掲載誌: The Cryosphere
掲載日: 2024年8月9日(金)
DOI: 10.5194/tc-18-3513-2024
URL: https://doi.org/10.5194/tc-18-3513-2024

研究サポート

本研究はJSPS科学研究費助成事業基盤研究(S)(18H05294)の支援の下で実施されました。現地観測は南極地域観測隊の支援により行われました。

お問い合わせ先

研究内容に関すること
井上 崚(総合研究大学院大学 複合科学研究科・極域科学専攻)
藤田 秀二(総合研究大学院大学 先端学術院・極域科学コース、教授)

報道担当
国立大学法人 総合研究大学院大学
総合企画課 広報社会連携係

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