最近40年の太平洋赤道貿易風の強化の起源が明らかに~熱帯外の海水温変動からの遠隔影響で説明可能であることを実証~

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2024-08-29 東京大学

発表のポイント
  • 赤道太平洋の貿易風を伴う大気循環「ウォーカー循環」が最近40年の間に強まっていますが、これが熱帯外の海面水温変動からの遠隔影響で定量的に説明できることを、気候モデルによるシミュレーションで示しました。
  • ウォーカー循環強化のメカニズムとして様々な仮説が提案されていますが、観測された過去の強化に対してどれが重要なのか分かっていませんでした。
  • 熱帯外、特に亜熱帯南太平洋の重要性が示されたことから、今後はこの海域の水温変動の要因を明らかにすることで、地球温暖化や気候変動の予測の高精度化につながると強く示唆されます。

最近40年の太平洋赤道貿易風の強化の起源が明らかに~熱帯外の海水温変動からの遠隔影響で説明可能であることを実証~
南北太平洋変動が遠隔に駆動するウォーカー循環強化

発表概要

東京大学先端科学技術研究センターの小坂優准教授、同大学大気海洋研究所の渡部雅浩教授らの研究チームは、近年の熱帯太平洋ウォーカー循環(注1)の強化が、熱帯外の海面水温変動が熱帯域にもたらす遠隔影響で定量的に説明できることを、気候モデル(注2)を用いたシミュレーションにより明らかにしました。さらにその影響の大部分が亜熱帯南太平洋からもたらされること、通常の気候モデルシミュレーションではこの鍵となる海域の海面水温変動が十分に表現されていないことも示しました。ウォーカー循環の変動は地球の平均気温変動にも影響する重要な気候要素ですが、観測された強化の要因は不明で、気候モデルでもこの強化は捉えられていませんでした。本研究により、強化をもたらした要因の解明への道筋が立ち、また気候モデルがそれを再現できていなかった原因についても示唆が与えられたことから、気候変動予測の精緻化に貢献することが期待されます。

ー研究者からのひとことー
太平洋ウォーカー循環の強化はラニーニャ現象の起こりやすさと結びついており、その影響は地球全域に及びます。なぜモデルの予測に反してウォーカー循環が強まっているのか、研究者の間で論争が続いています。本研究では視点を変えて、人為起源か自然起源かといった要因分析よりも、強化をもたらすプロセスがどの領域からもたらされるかに着目しました。これにより、今後の研究が取り組むべき方向性に示唆を与えています。(小坂優准教授)

発表内容

熱帯太平洋からインドネシア多島海に広がる大気の大規模な東西-鉛直循環「ウォーカー循環」は、海上の貿易風を伴って東西幅1万kmを超えて広がる、地球大気の主要な循環要素の一つです。1980年代以降、ウォーカー循環は徐々に強まってきました。一方、気候モデルは同じ期間にウォーカー循環の弱化を予測しており、自然変動を加味しても観測された強化を十分に再現できていません(図1)。ウォーカー循環の変動は地球温暖化の十年規模の加速・減速(関連情報1)やCO2濃度上昇に対する温暖化の感度にも影響する(関連情報2)ことから、気候変動予測の更なる高精度化に向けて、ウォーカー循環強化のメカニズム及び観測値とモデルシミュレーションの違いの要因究明は、気候科学コミュニティにとって急務となっています。


図1:1980-2020年のウォーカー循環強度の変化傾向(線形トレンド)。
2本の太い横実線は全球再解析データ(観測値に準ずる)。箱ひげは気候モデルシミュレーションに基づく。CMIP6: 世界の39の気候モデルによる245回のシミュレーションデータセットで、そのバラツキはモデルの違いと自然変動に起因する。それ以外は付記したモデル(米国地球流体力学研究所気候モデルCM2.1及び海洋研究開発機構・東京大学・国立環境研究所で開発された最新の気候モデルMIROC6)のシミュレーションを繰り返した結果で、各箱ひげのバラツキは与えられた条件下で起こりうる自然変動の範囲を表す。XTOGA15、SPOGA、XNPTOGA15、XPOGA15はそれぞれ以下の海域において海面水温変動を観測値に一致させたシミュレーション。XTOGA15: 熱帯外全域,SPOGA: 亜熱帯南太平洋、XNPTOGA15: 熱帯及び北太平洋以外全域、XPOGA15: 熱帯太平洋以外全域。


様々な仮説が提案されている中で、どのメカニズムが現実のウォーカー循環の強化にとって最も重要なのか、これまでの研究では不明でした。本研究チームは、気候モデルの一部の海域に観測された変動を取り込みながらシミュレーションする「ペースメーカー実験(注3)」を2つの気候モデルで実施し、熱帯外の海面水温変動が熱帯域の大気と海洋にもたらす遠隔影響により、ウォーカー循環の強化が定量的に説明できることを示しました(図1)。さらにこれを踏まえ、チームは追加のペースメーカー実験を行ってウォーカー循環強化にとって重要な海域を絞り込み、熱帯外全域の海面水温変動の影響のうちの半分以上が、亜熱帯南太平洋からの影響で説明できることを突き止めました(図1、図2)。この海域の東部に当たるチリ沖の亜熱帯南東太平洋域では、観測された海面水温低下を気候モデル群が再現できていないことから、このバイアスがウォーカー循環強化の再現を妨げている可能性を指摘しました。加えて、北太平洋の海面水温変動も無視できない寄与をもつ(図2)一方で、有力な仮説とされてきた熱帯大西洋やインド洋からの影響は気候モデルに強く依存し、不確実性が大きいことが示唆されました(図1)。


図2:南北太平洋変動が遠隔に駆動するウォーカー循環強化。
亜熱帯南東太平洋及び北東太平洋において、過去40年間に海面水温が低下あるいは温暖化が地域的に抑制されている(カラー)。その影響で亜熱帯高気圧が強化され(等値線)、それに伴う海上風強化(青矢印)が赤道太平洋で海面水温の東西勾配とウォーカー循環を強化してきた(紫の太い矢印)。


本研究の意義は、熱帯外の海域からの遠隔影響を考慮することで、観測されたウォーカー循環強化を定量的に説明した点です。多くの研究が、ウォーカー循環強化をもたらしたのが自然変動か人為起源の影響か、また後者だとしたら温室効果ガスやエアロゾル、オゾンなどのうちどの要因かに着目していますが、本研究は視点を変え、観測された海面水温変動を、その要因を問わずに気候モデルに与えることで、定量的な説明を可能にしました。これは国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第7次評価報告書に資する科学的貢献です。今後は本研究で見出された重要海域、特に亜熱帯南太平洋の海面水温変動の要因を明らかにすることで、ウォーカー循環強化の理解と将来予測の高精度化につながると期待できます。

関連情報:
1.プレスリリース「階段状に進む地球温暖化の要因を解明 ~熱帯太平洋は地球温暖化の『ペースメーカー』~」(2016/7/19)
https://www.rcast.u-tokyo.ac.jp/ja/news/release/20160719release.html
2.プレスリリース「熱帯太平洋の温暖化パターンは時とともに変化する」(2024/6/13)
https://www.aori.u-tokyo.ac.jp/research/news/2024/20240613.html

発表者

東京大学 先端科学技術研究センター グローバル気候力学分野
小坂 優 准教授
戸田 賢希 研究当時:特任研究員(現:ドイツ・マックス-プランク気象研究所 ポスドク研究員)
宮本 歩 研究当時:特任助教(現:米国・カリフォルニア大学サンディエゴ校スクリプス海洋研究所 ポスドク研究員)

東京大学 大気海洋研究所
渡部 雅浩 教授

論文情報
雑誌:Nature Geoscience(8月29日)
題名:Walker circulation strengthening driven by sea surface temperature changes outside the tropics.
著者:Toda, M.*, Y. Kosaka, A. Miyamoto, and M. Watanabe
DOI:10.1038/s41561-024-01510-5
研究助成

本研究は、文部科学省「気候変動予測先端研究プログラム」(課題番号: JPMXD0722680395)及び「気候モデルに基づく太平洋十年規模変動の駆動源とメカニズムの研究」を含む複数の日本学術振興会科学研究費(課題番号:JP23K25937、JP19H05703、JP23K25946、JP24H00261、JP24H02223)」の支援により実施されました。

用語解説

(注1)ウォーカー循環
熱帯太平洋の海上を西向きに吹く貿易風と上空を吹く東向きの風、インドネシア多島海・熱帯西太平洋の上昇気流と熱帯東太平洋の下降気流からなる東西-鉛直大気循環。その強さは赤道太平洋における東西の海面水温勾配と結びついて変動し、年々変動の時間スケールではエルニーニョ・南方振動をもたらすほか、より長い時間スケールでは地球温暖化の大きさにも影響する重要な要素であることが示されています。

(注2)気候モデル
気候システムを構成する大気、海洋、陸面、雪氷及びそれらの相互作用過程を物理法則に従って定式化した数値プログラム。本研究では、これらの構成要素を地球全体にわたって格子状に分割したものに基づいていて、CO2等の温室効果ガス濃度、人為起源及び火山性のエアロゾル、オゾン、太陽の明るさなどの変動を与えたシミュレーション結果を解析しています。

(注3)ペースメーカー実験
気候モデルによる長期シミュレーションでは、自然変動のカオス性などのため、シミュレートされる気候の時間発展は現実とは一致しません。そこで、ある地域のある物理量のみ、変動を観測された変動に一致させることで、その離れた地域の気候変動への影響を、観測データと直接比較しながら評価できるシミュレーションがペースメーカー実験です。本研究では、指定した海域の海面水温変動を観測値に一致させるシミュレーションを、海域を変えて複数実施しました。

問合せ先

東京大学 先端科学技術研究センター
グローバル気候力学分野 准教授 小坂 優(こさか ゆう)

1702地球物理及び地球化学
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