フッ素の新同位体、フッ素30の観測に成功~中性子過剰核での超流動の発生を示唆、中性子星の謎解明にも期待~

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2024-08-28 東京工業大学

要点

  • 理研RIビームファクトリーで新フッ素同位体のフッ素30を観測
  • 中性子数が過剰な原子核で中性子物質の超流動状態が発生している可能性を示唆
  • 未知の中性子間力の解明を通して、中性子星の構造などを理解する鍵になると期待

概要

東京工業大学 理学院 物理学系の近藤洋介助教、中村隆司教授、ダルムシュタット工科大学(ドイツ)のJulian Kahlbow(ユリアン・カールボウ)氏、Thomas Aumann(トマス・オーマン)教授、Grand Accélérateur National d’Ions Lourds (GANIL、フランス)のOlivier Sorlin(オリビエ・ソルラン)氏、理化学研究所 仁科加速器科学研究センターの大津秀暁チームリーダー、上坂友洋部長らの国際共同研究チームは、理化学研究所 RIビームファクトリー(RIBF)[用語1]において、フッ素同位体[用語2]としてはこれまでで2番目に重いフッ素30を世界で初めて観測した。

フッ素30は中性子数が陽子数の2倍以上もある中性子過剰核[用語3]であり、生成が難しく、寿命が短いため、これまで観測例がなかった。本研究ではRIBFで高エネルギーのネオン31を陽子標的に衝突させることでフッ素30を生成し、その崩壊過程を多種粒子測定装置(SAMURAI)で観測した。本研究の結果からはさらに、中性子数が過剰な酸素やフッ素同位体では魔法数[用語4]20が消失し、これに起因して超流動[用語5]状態が発生することが示唆された。本研究の結果は、未知の中性子間力の解明にもつながることから、中性子星[用語6]の構造解明にも資すると期待される。

本研究は、8月23日付(現地時間)の「Physical Review Letters」誌に掲載される。本論文は同誌のEditors’ Suggestion(注目論文)にも選ばれた。

フッ素の新同位体、フッ素30の観測に成功~中性子過剰核での超流動の発生を示唆、中性子星の謎解明にも期待~
図1. 核図表上のフッ素30(30F)。原子核は中性子ドリップライン[用語7]を超えると寿命が極端に短くなり、特に不安定になる。フッ素30は、中性子ドリップラインを超える中性子過剰核であり、これまで観測が困難であった。

背景

物質は原子からできており、原子の中心には原子核がある。原子核は陽子と中性子でできており、半径は10兆分の1 cmほどと極めて微小ながら、物質の質量の99.9%以上を占める。身の回りの物質に含まれる原子核(安定同位体または安定核)は、陽子と中性子の数がほぼ同数である。これに対し、自然界で安定に存在できない不安定同位体(不安定核)は、陽子の数と中性子の数に大きな偏りができる。特に、超新星爆発や中性子星合体などの爆発的な天体現象では、中性子数が陽子数に比べて非常に大きい、短寿命の原子核(中性子過剰核)が瞬間的に生成されることがある。

中性子過剰核は、最近急速に進展した重イオン加速器や不安定核ビーム[用語8]生成技術を用いると、地上でも人工的に生成できる。実際に不安定核ビームにより、中性子過剰核の新しい構造や反応様式が次々と明らかになりつつあり、宇宙の元素合成の仕組みや、高密度天体である中性子星の謎なども明らかになると期待されている。このように不安定核ビームを用いた中性子過剰核の研究は、現在の核物理の主要テーマとなっている。

原子核は量子力学の法則に従う微小な粒子であり、代表的な量子効果として、中性子や陽子の個数が2個、8個、20個、50個、82個、126個という特定の数(魔法数)の場合にはより安定になるという性質がある。一方で中性子過剰核では、安定核で確立したこうした魔法数が消失したり、逆に新しい魔法数が現れたりすることが明らかになってきた。例えば、魔法数20は、中性子過剰核のネオン(陽子数10)やマグネシウム同位体(陽子数12)では消失することが明らかとなっており、より陽子数の少ないフッ素同位体(陽子数9)で魔法数が消失するかどうかかが問題となっていた。最近の研究から、魔法数破れの兆候はフッ素28やフッ素29についても示されつつあった。

一方、液体ヘリウムに現れる超流動状態が、孤立した原子核でも出現することは以前より知られていたが、中性子数が陽子数の2倍を超える中性子超過剰核での超流動状態については不明だった。研究グループが昨年初観測を発表した中性子過剰核、酸素28(陽子数8、中性子数20)[参考文献1]では魔法数の破れに伴ってさまざまな軌道を往きかう中性子対によって超流動状態になっているという予測があり、陽子数と中性子数がともに酸素28に近いフッ素30(陽子数9、中性子数21)の構造が注目されていた。

さらにこのフッ素30の質量観測は、未知の中性子間力である三中性子間力に対する制限を与える。そこから中性子星の構造や中性子星合体のメカニズムで重要な役割を果たす、中性子物質の状態方程式にも重要な知見を与えることも期待される。

研究成果

本研究では、これまで見つかった中では2番目に重いフッ素の同位体である、フッ素30の生成とその同定に世界で初めて成功した。理化学研究所にある不安定核ビーム研究の世界的拠点RIビームファクトリー(RIBF)において、高エネルギーのネオン31(陽子数10、中性子数21)を陽子標的に衝突させ、ネオン31から陽子を叩き出した結果、フッ素30が生成された。フッ素30は、寿命が10のマイナス22秒程度と非常に短く、中性子1個を放出してフッ素29(中性子数20)にすぐに崩壊するが、その崩壊過程を多種粒子測定装置(SAMURAI)において観測することで、生成を確認した。さらに、これまで不明であったフッ素30の質量も同時に決定された。

フッ素30には、安定同位体であるフッ素19(中性子数10)の2倍以上の中性子が含まれている。これまで知られている最も重いフッ素同位体はフッ素31(陽子数9、中性子数22)である(図1)。フッ素30はこのフッ素31より中性子数は1個少ないが、フッ素31に比べて寿命が極めて短いため捕捉が難しく、これまで観測されていなかった。

今回得られたフッ素30の質量の値より、中性子数が20(本来は魔法数)に近いフッ素同位体について、中性子過剰核における魔法数20の破れが完全に確定した(図2)。これは、昨年発表した酸素28における魔法数20の破れに続く成果である。つまり、中性子魔法数20の消失は、陽子数8(酸素同位体)から9(フッ素同位体)に広がっていることが分かった。また一つ中性子の多いフッ素31では、魔法数の消失によって角運動量の小さい状態が混じりやすくなり、中性子ハロー[用語9]と呼ばれる特異状態ができる可能性も示された。

図2. 中性子数が15から21までの酸素同位体とフッ素同位体の1中性子分離エネルギー(質量より得られる)。中性子数16から17にかけて急激に減少するのは、中性子数16が魔法数であるため。一方、中性子数20ではそのような急激な変化はないことから、魔法数20が消失していることが明らかになった。
図2. 中性子数が15から21までの酸素同位体とフッ素同位体の1中性子分離エネルギー(質量より得られる)。中性子数16から17にかけて急激に減少するのは、中性子数16が魔法数であるため。一方、中性子数20ではそのような急激な変化はないことから、魔法数20が消失していることが明らかになった。


この魔法数20の消失によって、2個の中性子がスピンゼロの対(クーパー対に対応)を作りながら、さまざまな軌道を往き来することが可能になり、超流動状態を作り出すことが示唆された。

一方、中性子数16を超える酸素やフッ素の中性子過剰核の質量は、三中性子間力(未知の中性子間力)の効果に敏感であるため、こうした未知の核力成分に対して制限を与えることが期待される。三中性子間力は、観測で見つかっている重い中性子星の謎を理解する上で鍵となると考えられており、その意味でも重要である。

社会的インパクト

本研究で得られた中性子過剰フッ素同位体の質量測定の結果は、未知の三中性子間力に制限を与える。これは同時に、近年重要となっている原子核構造の第一原理計算に対して有力なベンチマークにもなる。こうした研究は、中性子過剰核の安定性(どこまで中性子の数を増やすことができるのか)、宇宙の元素合成過程(中性子捕獲反応による重い元素の合成など)、謎の高密度天体、中性子星の構造や中性子合体のメカニズムを解く鍵となる。こうしたことから、今回の研究成果は、学際領域である宇宙核物理分野にも大きなインパクトを与えるものである。

今後の展開

中性子を原子核にどれだけつけ加えることができるのか。これは原子核物理だけでなく、宇宙における元素合成や中性子星の構造にも関わる問題である。本研究などにより、軽い酸素やフッ素ではどれだけ中性子をつけ加えられるのかがようやく分かってきたが、ネオンを超える元素を構成する原子核では全く分かっていない。今後の研究によって、より重い中性子過剰な同位体(中性子過剰核)の発見がさらに進むと期待される。

これまで中性子過剰核の研究は、世界的には日本の理研RIBFがけん引してきた。今後はRIBFに加えて、米国のFRIB(2022年稼働)、中国のHIAF(2026年頃から稼働予定)、ドイツのFAIR(2027年頃から稼働予定)などにより、未知の原子核の観測がさらに進み、関連する宇宙核物理分野などへの進展にもつながると期待される。

付記

本研究は、JSPS科学研究費・新学術領域JP18H05404、特別推進研究JP2400006、基盤研究A-JP21H04465、基盤研究C-JP18K03672、ドイツDFG Project-ID 279384907-SFB1245、並びにGSIとの共同研究合意、理研IPAプログラムおよび東工大物理リーダーシッププログラム、日本—フランス核構造の問題に関すLIA国際共同研究ラボ、フランスANR-14-CE33-0022-02 EXPANDプログラム、クロアチア科学基金No.1257, No.7194、 米国NSF-PHY-1102511、ハンガリーNational Research, Development and Innovation Fund Project No. TKP2021-NKTA-42 and K128947、韓国IBS IBS-R031-D1の補助を受けている。

参考文献

[1] Y. Kondo, T. Nakamura, K. Ogata, H. Otsu, M. Sasano, T. Uesaka et al.
“First observation of 28O” Nature : 620, 965 (2023)
DOI: 10.1038/s41586-023-06352-6
極限原子核の謎を解く要となる新たな酸素同位体の発見|東工大ニュース

用語説明

[用語1] RIビームファクトリー : 理化学研究所にある不安定核研究の世界的拠点実験施設。不安定核ビームを世界最大強度で供給することができ、不安定核の構造を分析できる世界的にもユニークな分光装置(スペクトロメータ)を有する。

[用語2] フッ素同位体 : 同位体とは陽子数(=原子番号)が同じで、中性子数が異なる原子核のこと。同位体のうち、天然に存在し、寿命が無限大の同位体を安定同位体もしくは安定核と呼び、短寿命で崩壊する同位体を不安定同位体もしくは不安定核と呼ぶ。フッ素同位体とは、陽子数9の同位体のことである(陽子数9の元素はフッ素)。フッ素の安定核は、陽子数が9、中性子数が10のフッ素19で、それ以外のフッ素同位体は不安定核である。フッ素19の「19」は質量数と呼ばれ、陽子数と中性子数の和を示し、質量数を左肩につけて19Fなどと表す。フッ素同位体は、一番軽いフッ素17(17F)から一番重い31(31F)まで全15種類が知られており、今回は不安定核であるフッ素30(30F)が初観測された。

[用語3] 中性子過剰核 : 中性子数が陽子数に比べて多い核のことで、多くは不安定核である。最近では、中性子数が陽子数の2倍を超える中性子超過剰核も加速器実験で観測できるようになった。フッ素30はそうした中性子超過剰核の一つ。

[用語4] 魔法数 : 陽子ないし中性子の数が2, 8, 20, 28, 50, 126個の場合、原子核はより安定になる。これは原子核の量子力学効果である。最近では、こうした従来型の魔法数が消失している例や、逆に従来型にはなかった新しい魔法数が見つかり、注目されている。

[用語5] 超流動 : 液体ヘリウムを2.17ケルビン以下に冷やすと、粘性のない超流動状態に相転移することが知られている。ヘリウム(4He)原子はボーズ粒子と呼ばれ、スピンがゼロの粒子であるが、そのボーズ凝縮により、超流動状態が発生する。孤立した原子核においても、2個の中性子ないし2個の陽子がクーパー対となってボーズ粒子(スピンゼロの粒子)としてふるまうことで超流動状態を作り出すことが知られている。こうした超流動状態が、中性子数が過剰で、表面密度が低下した中性子過剰核でどのように出現するのかという問題は、これまで十分に研究されておらず、現在、本研究を含めていくつもの研究が進められている。

[用語6] 中性子星 : 半径が10 km程度ながら、太陽質量を超える程度の質量を持つ、コンパクトで高密度の天体。中性子が成分の大部分をしめるとされ、巨大な原子核とも言える。パルサーとして観測されるが、中性子星がどのくらい重くなれるのか(最大質量)、中性子星の中身はどうなっているのかなど、いまだに謎が多い。最近では、中性子星同士の合体が重力波により観測され、重い元素合成が起こる天体現象の有力候補としても注目されている。

[用語7] ドリップライン : ある同位体に中性子を次々とつけ加えていくと、原子核はやがて中性子を結合しておけなくなる。この束縛限界(結合できる限界)をドリップラインと呼んでおり、中性子の束縛限界を中性子ドリップライン、陽子の束縛限界を陽子ドリップラインと呼ぶ。中性子ドリップラインを超える原子核は中性子を放出して崩壊するため、寿命が10のマイナス22秒程度と極端に短寿命になり、特に観測が難しくなる。

[用語8] 不安定核ビーム : 重イオン加速器で加速された安定核の重イオンビームと、標的核との核反応によって不安定核を生成すると、高速の不安定核のビームが得られる。これを不安定核ビームと呼ぶ。不安定核の大部分(ドリップライン内の束縛した不安定核)の寿命は、短いとはいえミリ秒を超えるので、不安定核ビームを構成する不安定核のほとんどは崩壊前に実験に使うことができる。

[用語9] 中性子ハロー : 高密度のコア核のまわりに、極低密度で雲状にまとわりつく中性子の広がりのことを中性子ハロー(neutron halo)と呼ぶ。中性子数が陽子数に比べて非常に過剰になり、中性子の結合エネルギーが非常に小さくなるときに現れる。中性子ハローを構成する中性子の数は1個ないし2個で、こうした中性子がトンネル効果と呼ばれる量子効果によって原子核の平均場(コア部分)から滲み出したものとして理解される。そのため、トンネル効果を阻害しない角運動量の小さい状態がハローの発達に必要とされる。

論文情報

掲載誌 :Physical Review Letters
論文タイトル :Magicity versus Superfluidity around 28O viewed from the Study of 30F
著者 :J. Kahlbow, T. Aumann, O.Sorlin, Y. Kondo, T.Nakamura et al.
DOI :10.1103/PhysRevLett.133.082501

お問い合わせ先

東京工業大学 理学院 物理学系
教授 中村隆司

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課
理化学研究所 広報室 報道担当

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