量子キャッチボールの新たな仕組みを解明~先鋭的理論で解明された3体核力と物質の安定性に関する40年以上の謎~

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2024-07-25 九州大学

基幹教育院
福井 徳朗 助教

ポイント

  • 3体核力は原子核や中性子星など様々な局面で重要な寄与を果たすが、その全容は未解明
  • 先鋭的理論に基づいて、3体核力が物質を安定にする仕組みを世界で初めて解明
  • 宇宙物理、物性物理、量子情報、量子技術など分野を超えた将来研究・波及効果に期待

概要

原子核を構成する核子の間にはたらく力は、核子同士のキャッチボールに喩えられます。3つの核子間のキャッチボール(3体核力(※1))は、極微の原子核に留まらず中性子星のような天体に至るまで、物質の安定性に本質的な寄与を果たすことが知られています。その詳細な仕組みは長らく謎でした。40年以上前の先行研究による重要な示唆があるものの、3つの核子間のキャッチボールに関する知識が当時は乏しかったため、決定的な結論を導くことはできていませんでした。
本研究によってこの謎を解明することができました。3つの核子がキャッチボールをするとき、核子は量子力学に従い、いくつかの運動パターンだけが許されます。そして、特にそのうちの1つの運動パターンにおいて3つの核子がお互いを引きつけ合い、物質を安定化させているのです。
九州大学基幹教育院の福井徳朗助教、Università degli studi della CampaniaのGiovanni De Gregorio 研究員、Istituto Nazionale di Fisica NucleareのAngela Gargano研究員からなる国際研究グループは、3つの核子間のキャッチボールの仕組みを理論的に解き明かしました。これを可能にしたのが、先鋭的な核力理論(※2)とスーパーコンピュータを駆使したシミュレーションです。計算の結果、2つのボール(中間子(※3))を使って3つの核子がキャッチボールをすることで引力が働き、原子核中の核子をおとなしくさせている(励起しにくくしている)ことが示されました。
3つの核子が2つのボールを投げ合うと、核子対の反対称なスピン状態と対称なスピン状態(※4)が区別できなくなるという現象が起こります。この現象は、2つの核子がキャッチボールをする際には決して起こりません。そのため、これまで原子核物理の分野ではあまり注目されていませんでした。しかし、物性物理の分野では類似する現象が知られており、またこの現象は量子もつれ(※5)と密接に関わっています。したがって、将来的には量子技術などを含めた分野横断的な研究が期待されます。
本研究成果は学術誌「Physics Letters B」に2024年7月14日に掲載されました。

研究者からひとこと

量子キャッチボールの新たな仕組みを解明~先鋭的理論で解明された3体核力と物質の安定性に関する40年以上の謎~
3体核力をキャッチボールで喩えた概念図

原子核を構成する核子はフェムトスケール (1フェムトメートル = 0.000000000000001メートル)という極微な世界の “住人” です。“性別” を持ち (陽子と中性子)、フィギュアスケーターのように “自転” をしながら (スピン)、規則正しく “走り回って” います (軌道運動)。そしてこのような動きと同時に、複数のボールを使って “キャッチボール” をしているのです (中間子の交換)。とても真似できそうにありません。

用語解説

(※1) 3体核力
3つの核子の間にはたらく力で、3つの核子系の性質に影響を及ぼすだけでなく、多くの核子から成る多体系でも本質的な役割を果たす。近年の実験技術の向上と核力を記述する理論の発展を背景に、3体核力の重要性が次々と報告されており、3体核力は原子核研究のフロンティアのひとつである。

(※2) 先鋭的な核力理論
ここではカイラル有効場理論を指す。強い相互作用の基礎理論は量子色力学であるが、その低エネルギー有効理論と位置付けられる。2体核力だけでなく、多体核力をも整合して定義できる長所を持つ。

(※3) 中間子
核子の間の力を媒介する粒子で、本稿ではボールになぞらえた。様々な種類の中間子が存在するが、本研究ではパイ中間子という最も軽い中間子を理論に取り入れている。

(※4) 反対称なスピン状態と対称なスピン状態
核子はスピン(自転運動に喩えられる)という極微な磁石の性質を持っている。核子対は、スピンの向き(自転の方向に類似)によって、スピン一重項と呼ばれる反対称な状態(核子の入れ替えに対して状態が変わる)とスピン三重項と呼ばれる対称な状態(核子の入れ替えに対して状態が変わらない)に分類される。核子間にはたらく最も基本的な力である2体核力は、スピン一重項と三重項を混ぜることはないが(核子対は常にどちらかの状態をとる)、パイ中間子を2個交換する3体核力が働くとスピン一重項と三重項が混ざる(どちらか一方の状態ではなくなる)。

(※5) 量子もつれ
ある量子状態と別の量子状態の重ね合わせで状態が記述されていることを量子もつれと呼ぶ。自転で喩えたスピンで説明すると、核子の自転の向きが右回りなのか左回りなのかが定まらない状態に対応する。(※4)の説明にも書いた通り、スピン一重項と三重項の混合も量子もつれである。量子情報や量子技術分野の基礎となる量子特有の性質である。

論文情報

掲載誌:Physics Letters B
タイトル:Uncovering the mechanism of chiral three-nucleon force in driving spin-orbit splitting
著者名:Tokuro Fukui, Giovanni De Gregorio, and Angela Gargano
DOI:10.1016/j.physletb.2024.138839

お問い合わせ先

基幹教育院 福井 徳朗  助教

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