月の内部進化を数値モデルにより解明~火成活動を考慮したマントル対流モデルによる月内部の歴史~

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2023-09-20 東京大学,愛媛大学

発表のポイント
  • 月の内部史の研究において、マントル中のマグマの生成と移動の数値シミュレーションを、初めて円環モデルを用いて行いました。
  • 月の火山活動史や月全体の膨張・収縮史を、数値シミュレーションによって再現しました。
  • 本研究の成果は、先日打ち上げられたH-IIAによるSLIM月探査機など、今後活発になると期待される月探査の科学的動機付けとしても重要です。

月の内部進化を数値モデルにより解明~火成活動を考慮したマントル対流モデルによる月内部の歴史~
約37億年前の月内部の温度、マグマ量(上図)とマントル組成(下図)の描像

発表概要

東京大学大学院総合文化研究科の于 賢洋 大学院生と小河 正基 准教授(研究当時)は、愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センターの亀山 真典 教授との共同研究により、過去に起きていた月の火山活動や月の大きさの変化(半径変化)を月内部の数値シミュレーションで再現しました。
本研究では、火成活動(注1)を組み込んだ2次元円環マントル対流(注2)モデルを構築し、マグマの生成・移動が月内部に及ぼす影響を調べました。モデルを用いた数値計算によって、深部で生成されたマグマが浅部マントルまで上昇することによって火山活動が起こること、それに伴うマントル物質の体積変化によって月の半径膨張が起こることを指摘しました。このようなマグマは、月の深部に長期的に分布する放射性元素(注3)の発熱によって継続的に生成されます。本研究によって、約45億年前の形成直後の月では、内部は大部分が固体で、深部の岩石は放射性元素に富んでいたことが示唆されました。このような形成初期の月の描像はその形成過程と進化過程を結びつける上で意義深く、今後本研究のモデルを3次元球殻に発展させることによって、いまだ不明な点が多い月の形成史の解明が期待されます。
本研究成果は、2023年9月20日付アメリカ地球物理学連合の学術誌「Journal of Geophysical Research: Planets」に掲載されました。

発表内容

〈研究の背景〉
「月内部の長期的な進化過程の解明」は月-地球系の形成やその進化、さらには今後の月探査計画の立案において重要な課題です。これまでの観測により、月は当初膨張し、約38億年前にピークに達した後、収縮したことがわかっています(半径変化史)。また、この膨張のピークに達した頃は月の海(注4)と呼ばれる地域にて火山活動が活発であった時期でもあり、その後15-20億年程度、この火山活動は継続したことが示されています(火山活動史)。初期に月内部の温度や物質はどのような状態であったか、それがどのような進化を経て現在のような姿になったかを理解する上で、このような月内部の歴史(図1)の数値計算での再現は有用な手法です。
これまでの数値計算では、これらの観測事実(半径変化史と火山活動史)を同時に示すことはできていません。古典的な月内部進化モデルでは、約45億年前の月は内部が冷たく、その後放射性元素の発熱により暖められたと考えられており、月の初期膨張や火山活動の歴史は自然に説明できると思われていました。しかし、このような低温の初期状態は、現在月の形成過程として広く支持されているジャイアント・インパクト説(注5)やそこから予想されている月初期の変動(マントル・オーバーターン;注6)と整合的ではありません。ジャイアント・インパクト説では、形成直後の月内部は高温であり、大部分は溶けていたと考えられていますが、このような状態から出発した場合、初期の半径膨張を説明することはできませんでした。同様に初期の火山活動史についても最初の数億年間はあまり活発でなかったことが説明できませんでした。
以上のように、深部が高温だった初期状態から出発した場合、図1のような月の半径変化史と火山活動史が説明できないのがこれまでの先行研究の問題点でした。

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図1:観測によって示された月の半径変化・火山活動史
マグマの噴出頻度データは、Whitten & Head (2015), Icarus、より引用。

〈研究の内容〉
本研究では、火成活動(マグマの生成・移動の効果)をマントル対流モデルに反映させた月内部の2次元円環モデルを新たに構築し、このような半径変化史、火山活動史を整合的に示すことができるのかを調べました。その結果、図2に描いたような月内部進化のモデルが得られました。具体的には、約45億年前の月内部の大部分が固体であった場合、マグマが深部で生成しその後上昇することで火山活動が活発化すること(図3)、また、マグマの生成に伴う体積膨張によって月全体の半径膨張が引き起こされることがわかりました(図4)。深部で生成したマグマの大部分は部分溶融したプルームと呼ばれる雫のような形をしたものとして月表面に向かって上昇し(図3b、6.8億年)、火山活動や半径膨張を引き起こします。その後、マグマの冷却に伴う固化により半径は収縮し、部分溶融したプルームの上昇も鈍化していきますが、このようなプルームの上昇はその後数十億年間継続することがわかりました。このような数値計算による月内部の歴史は、観測事実で示されているような火山活動史や半径変化史と整合的であることがわかりました。
本研究によって、上記のような月内部の歴史を辿るには約45億年前には大部分が固化している状態であること、深部に放射性元素が(マグマが生成し、上昇できる程度に)十分な量だけ分布している必要があることが示されました。
昨今、インドの月探査機が月の南極付近に着陸、日本のH-IIAロケットによる月探査機SLIMの打ち上げ、アメリカ主導のアルテミス計画など、各国で月探査計画が進展しています。そのような月探査におけるサイエンス・ターゲットの選定において、本研究は半径変化史という観点から「より詳細な月面の地質探査の理学的重要性」を、火山活動史という観点から「マントル由来の岩石試料収集や内部構造把握の理学的重要性」を支持しています。これらは日本が現在掲げている「月面での科学研究・技術実証ミッションに関するフィジビリティスタディテーマ」とまさに整合しています。
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図2:月内部進化の概略図
20230920-pr-sobun-01-03.png図3:数値計算による月内部の変化
図中の[1]-[5]の時代は図4の[1]-[5]と対応しています。
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図4:数値計算によって示された月の半径変化
図中の[1]-[5]の時代は図3の[1]-[5]と対応しています。

〈今後の展望〉
このような月初期の描像は月の形成過程と進化過程を結びつける上で意義深いと考えられます。例えば、本研究で示された計算開始時の温度分布は、ジャイアント・インパクト後の月深部は大部分が溶けてしまうほど高温であるという説よりもむしろ、衝突前から数百度温度が上がった程度に留まるという説を支持している可能性があります。また、本研究によって火山活動史や半径変化史が説明された一方で、いくつかの月の特徴的な性質(例えば、月の表側・裏側で地殻の厚さが異なる二分性や月の磁場を生み出すコア・ダイナモ)は2次元の数値モデルでは説明が難しいとされています。今後は本研究のモデルを発展させ、3次元球殻を用いたいっそう現実的な形状での月進化モデリングが期待されます。

発表者

東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 広域システム科学系
于 賢洋(博士課程)
小河 正基(研究当時:准教授)

愛媛大学 地球深部ダイナミクス研究センター
亀山 真典(教授)

論文情報

雑誌:Journal of Geophysical Research: Planets
題名:The Volcanic and Radial Expansion/Contraction History of the Moon Simulated by Numerical Models of Magmatism in the Convective Mantle(邦訳:火成活動を伴うマントル対流の数値シミュレーションによって再現した月の火山活動史と半径膨張・収縮史)
著者:Ken’yo U*(于 賢洋)、Masanori Kameyama(亀山 真典), Masaki Ogawa(小河 正基)
DOI:10.1029/2023JE007845

研究助成

本研究は、JST SPRING, Grant Number JP-MJSP2108の助成を受け、共同利用・共同研究拠点である愛媛大学先進超高圧科学研究拠点 (PRIUS) との共同研究によって実施されました。また、海洋研究開発機構の地球シミュレータ、ポスト「京」重点課題9「宇宙の基本法則と進化の解明」、スーパーコンピュータ「富岳」成果創出加速プログラム「宇宙の構造形成と進化から惑星表層環境変動までの統一的描像の構築」によってサポートされました。

用語説明

(注1)火成活動
マグマが惑星(を含む天体)内部で生成されそれが移動していくプロセスのことを指します。本研究では特にマグマの生成・移動とそれに伴う熱や主要元素、および放射性元素のような微量元素の輸送に関してこの用語を使用しています。

(注2)マントル対流
惑星(を含む天体)内部に存在する岩石のマントルが熱や物質の重さ(密度)の違いによって対流することを指します。

(注3)放射性元素
自然に放射性壊変を引き起こす元素のことを指します。この崩壊の際に放出される崩壊熱は天体内部を暖め、熱進化に重要な影響を与えることが知られています。本研究では月の内部進化に重要であることが知られているウラン、トリウム、カリウムに着目しました。

(注4)月の海
玄武岩と呼ばれる黒っぽい火山岩で覆われた月の平原地形を指します。「海」と呼ばれるのは地球から見たこの地域の特徴を捉えている比喩であり、実際に地球のように水があるわけではありません。

(注5)ジャイアント・インパクト説
「月は、原始地球と火星ほどのサイズの天体が衝突することによって形成された」という仮説です。ジャイアント・インパクト説の中でも、衝突の形態や月形成時の状態についてはまだ科学的に確定されていません。

(注6)マントル・オーバーターン
月の初期に起こったとされる、地表面付近に存在した高密度な物質(重い物質)が大規模・短時間に月深部に落ち込む現象(転覆:オーバーターン)を指します。これによって放射性元素を含む高密度な物質は月深部に濃集したと考えられています。

1700応用理学一般
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