2023-06-15 森林総合研究所
ポイント
- 山腹の表層崩壊が多発する我が国では、森林が有する崩壊防止機能の定量化が課題です。
- スギの根系が表層崩壊を防止する機能を評価する手法を開発しました。
- この手法を用いて分析した結果、皆伐から10年は防災機能が低減すること、一方で、皆伐直後に再造林を行えば、10年以降の回復速度も大きいことがわかりました。
概要
国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所は、スギ根系が有する山腹の表層崩壊防止機能の経年変動を評価する手法を開発しました。
森林が発揮する崩壊防止機能について、従来は、根株自体を横方向に引き倒す際に計測された強度に基づいて評価されてきました。しかしそこで計測された強度は、根株が引き倒しに抵抗する力であり、表層崩壊を防止する機能をどの程度表現しているのかが不明でした。
そこで本研究では、想定される表層崩壊のすべり面におけるスギ根を対象に現地計測および数値計算を組み合わせて崩壊に対する抵抗力を分析する手法を提案し、すべり面において根系が発揮する崩壊防止機能の経年変動を評価しました。皆伐後に腐朽が進行することに伴う根の補強機能低下、再造林による新規植栽木の成長に伴う根の補強機能増大の双方を合わせて分析した結果、スギ根系が発揮する崩壊防止機能は皆伐から10年は低減すること、一方で、防災機能を早期に回復させるためには皆伐直後の再造林が必要であることを明らかにしました。
本研究で得られた成果は、スギ人工林の皆伐後に懸念される斜面災害を検討するにあたり、速やかに植栽することにより崩壊防止機能が早期に大幅に回復することを示しており、国土強靱化に貢献します。
本研究成果は、2023年1月29日にForests誌でオンライン公開されました。
背景
毎年のように豪雨に襲われ各地で山腹の表層崩壊が多発している我が国では、国土の2/3を占める森林が有する崩壊防止機能を最大限発揮させることが不可欠です。そのためには、その機能の動態の詳細を明らかにして、それに応じた適切な管理を実行することが必要です。しかし、森林の防災機能として従来の実験研究で計測された物理値は、根株をワイヤで横方向に引っ張って引き倒す際に発揮される抵抗力であり、表層で根系が発揮する崩壊防止機能との関係が不明という問題がありました。
森林が有する崩壊防止機能の評価を行うためには、想定される表層崩壊のすべり面において根系の崩壊に対する抵抗力を算出することが重要です。そのためには、すべり面における根の太さ、本数、各々の根が発揮する抵抗力を求める必要があり、現地計測と数値計算を組み合わせて定量的に分析する手法の開発が望まれていました。
樹木は伐採されれば根株の腐朽が進み、他方、植栽された後は成長して大きくなるなど、根系が発揮する表層崩壊防止機能も時間の経過ともに変動します。この経年変動を明らかにするためには、伐採からの経過年数の異なる根株が有する根、および、植栽からの経過年数の異なる立木が有する根を対象にして評価手法を開発し、分析を行うことが不可欠でした。
内容
本研究では、我が国に最も多く植栽されているスギを対象に表層崩壊防止機能を調べました。各々の根が発揮する抵抗力は、スギ根株の周囲にトレンチ(断面)を切り、断面に出た根を引き抜く際に発揮された荷重から求めました。この調査は、生木の根に加えて、皆伐からの経過年数の異なる根株を対象に行い、腐朽に伴う抵抗力の低下の実態を調べました。想定されるすべり面における根の本数と太さは、既往の根系分布モデルを用いて数値計算を行って算出しました。数値計算で求めたすべり面における根の本数、太さと、現地計測した抵抗力の結果を組み合わせて分析することにより、表層崩壊防止機能の経年変動を評価する手法を開発しました。
この手法を用いて、50年生のスギを皆伐しその後速やかに新規植栽を行った場合を想定し、50年後までに発揮される崩壊防止力の経年変動をシミュレートしました。50年後までを5年ごとに分割して、各々の時点における崩壊防止力を導出して分析したところ、
- 皆伐/再造林から10年で大幅に低下する
- その後の回復速度が大きい
という結果が得られ、スギ根系が発揮する崩壊防止機能の経年変動特性が明らかになりました(図1)。
図1 スギ根系が発揮する崩壊防止機能の経年変動(皆伐/新規植栽時を1とした場合)
今後の展開
スギ根系が発揮する崩壊防止機能の経年変動について得られた成果は、この機能を最大に発揮させることを目的に、効果的かつ経済的な森林管理計画を策定し、適切な森林施業を実施する上で広範に活用できます。本研究ではスギを対象に評価手法を開発しましたが、ヒノキや広葉樹などについても同様の評価技術の開発を進める必要があります。
論文
タイトル:Changes in slope stability over the growth and decay of Japanese cedar tree roots(スギ根系の成長と腐朽の両効果を考慮した斜面危険度の経年変動)
著者:岡田康彦(森林防災研究領域)、蔡飛(群馬大学)、黒川潮(九州支所)
掲載誌:Forests
論文URL:https://doi.org/10.3390/f14020256
研究費:農林水産省農林水産研究推進事業「JPJ009840:管理優先度の高い森林の抽出と管理技術の開発」、文部科学省科学研究費補助金「JP21K04601:根系の発達動態と立木による流木被害軽減機能の実証的解明」など
共同研究機関
群馬大学
お問い合わせ先
研究担当者:
森林総合研究所 山地災害研究室 室長 岡田康彦
広報担当者:
森林総合研究所 企画部広報普及科広報係