2023-06-05 九州大学
ポイント
- 梅雨期の豪雨災害には台風の間接的な影響(遠隔降水)を受けている事例が多数あります。減災・防災の観点から台風の遠隔降水のメカニズム解明が求められています。
- 本研究で、台風が主因となって形成される水蒸気コンベアベルトが西日本の太平洋沿岸地域の局地的大雨をもたらす仕組み、また局地的大雨を発生させる多量の水蒸気の流入過程・湿潤空気塊の変質過程を明らかにしました。
- 要因解明は、梅雨期の降水量の短期予測の精度向上に資する一方、水資源としても重要な梅雨の将来予測の不確実性を低減していく事にも繋がります。
概要
過去の梅雨期の豪雨災害を詳しく調査すると、台風が間接的な影響(遠隔降水)を与えている事例が多々見つかります。しかしながら、台風の遠隔降水の力学・熱力学的プロセスはよくわかっていませんでした。本研究で、九州大学大学院理学研究院の川村隆一教授、理学府修士課程2年の吉田尚起大学院生(研究当時)らの研究グループは、台風の遠隔影響の全容解明のために、領域気象モデルを用いて、理想化された梅雨期の背景場の下で疑似的な台風を埋め込む台風ボーガス実験を実施しました。数値実験結果から、はるか遠くの南シナ海から台風の東縁に沿って西日本へ多量の水蒸気を流入させる「水蒸気コンベアベルト」が四国・九州地方などの局地的大雨の発生に寄与していることを明らかにしました。また台風と台風が誘起する高気圧偏差との間で水平気圧傾度が強まるため、水蒸気コンベアベルトによる水蒸気の流入の強化のみならず、海面からの水蒸気供給を受けながら流入してくる大気境界層経由の別ルートも重要であることがわかりました。
これらの知見は、顕著な水蒸気コンベアベルトを伴った台風は災害をもたらすような遠隔降水の発生ポテンシャルが高く、特に注意喚起が必要な台風であることを示唆しています。台風の遠隔降水の普遍的理解は、梅雨期の降水量の短期予測の精度向上に資することが期待される一方、台風の遠隔降水の定量的な評価を通して、水資源としても重要な梅雨の将来予測の不確実性を低減していく事にも繋がります。
本研究成果は,2023年5月30日(火)に国際学術誌「Weather and Climate Extremes」にオンライン掲載(早期公開)されました。また本研究はJSPS科研費補助金(JP19H05696, JP20H00289)の助成を受けました。
【参考図】 台風によって低緯度から西日本の太平洋沿岸地域に流入してくる暖湿気塊を流跡線で示している(カラーは空気塊の高度)。 フィリピン海周辺からのルートと太平洋高気圧西縁に沿う二つのルートに大別される。
用語解説
注1) 台風ボーガス
一般的には、典型的な台風の3次元構造をモデル化した疑似的なデータを作成して数値モデルの初期場に埋め込む手法を指す。低解像度の客観解析値を初期値にした場合、現実の台風の発生・発達を予測することが難しいため、その問題を解決するために用いられる。
注2) 双方向ネスティング
親モデル(広域モデル)から子モデル(狭域モデル)に一方的に情報を伝達させることはせずに、両モデル間で互いに情報を伝達させる(物理量のやり取りを行う)手法を指す。側面境界の不連続性を解消するなどの効果がある。
注3) 水蒸気コンベアベルト(Moisture Conveyor Belt: MCB)
本研究の定義では、インド洋・南シナ海上のアジアモンスーン下層西風とフィリピン海付近の台風との相互作用で形成される大規模な水蒸気輸送のベルトをいう。台風はMCBを介して遠方の海域から多量の水蒸気を集積することができる(Fujiwara et al. 2017ほか)。MCBは温帯低気圧の気流構造に起因する水蒸気の強い流れ、所謂「大気の川(Atmospheric River)」とは明瞭に区別される。
下図は水蒸気の流れをベクトルで、流れの強さを陰影で表している。モンスーン西風と台風が接続してMCBが形成されていく様子(Day2からDay5)がみてとれる。
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論文情報
掲載誌:Weather and Climate Extremes
タイトル:Remote dynamic and thermodynamic effects of typhoons on Meiyu‒Baiu precipitation in Japan assessed with bogus typhoon experiments
著者名:Naoki Yoshida, Ryuichi Kawamura, Tetsuya Kawano, Takashi Mochizuki, and Satoshi Iizuka
DOI:10.1016/j.wace.2023.100578
研究に関するお問い合わせ先
理学研究院 川村 隆一 教授