熱流注入で磁気を観る ~簡易的・高分解能な磁気イメージング新手法~

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2023-03-02 東京大学,理化学研究所,科学技術振興機構

発表のポイント
  • 試料表面に原子レベルに尖った針を接触させたときに生じる磁気熱電効果を測定することで磁気イメージングを行う新しい手法を開発しました。
  • 簡易的な方法ながら、空間分解能は従来の方法よりも約十倍向上されました。
  • 本手法を用いることで、磁性体の磁区や磁壁などの磁気的な構造を容易に高分解能で可視化できるため、次世代スピントロニクス素子研究の加速と促進が期待されます。

熱流注入で磁気を観る ~簡易的・高分解能な磁気イメージング新手法~

原子間力顕微鏡を用いた磁気イメージング手法

発表概要

東京大学物性研究所の一色弘成 助教、大谷義近 教授(理化学研究所創発物性科学研究センター兼任)、同大学院新領域創成科学研究科のブダイ ニコ ダニエル 大学院生、同大学院理学系研究科の中辻知 教授、肥後友也 特任准教授らによる研究グループは、原子間力顕微鏡(注1)を用いた局所の異常ネルンスト効果(注2)の測定に基づく、新しい磁気イメージング手法を開発しました。磁性体を研究する上で物質内部の磁気的な構造を可視化することは極めて重要です。しかし、対象とする物質や素子構造によっては磁気像を得ることが難しい場合があります。今回は、原子間力顕微鏡の原子レベルに尖った針(探針)により試料表面に熱流を誘起し、熱流と磁化に直交下方向に生じる異常ネルンスト効果の電圧信号をマッピングすることで磁気像を取得する方法を開発しました。本手法は、簡易的ながら従来の手法よりも約十倍も高い空間分解能をもち、素子内部の熱電効果(注3)を可視化するためにも広く用いることができます。今後、磁化の非常に小さな反強磁性ワイル半金属(注4)の磁区や熱電効果を高空間分解能で可視化することで、次世代素子の基礎・応用研究を行う上で極めて有用な情報を得られることが期待されます。

本成果は、2023年3月2日(現地時間)に米国科学誌Applied Physics Lettersのオンライン版に掲載され、注目論文であるEditor’s Pickに選ばれました。

発表内容
研究の背景

磁性体の内部には無数のミクロな磁石が存在し、それらは相互作用により多彩な磁気的な構造を作っています。このような磁気的な構造は磁性体の性質と密接に関わっているため、それを可視化することは極めて重要です。近年、反強磁性ワイル半金属と呼ばれる物質群が次世代スピントロニクス素子の材料として注目を集めており、精力的に研究が行われています。これらの物質の磁気的な構造は未解明の部分もあり、特に磁気の向きが反転する境界である「磁壁」内部の構造を明らかにすることは非常に重要です。理論によると、この磁壁の厚さは約1マイクロメートル(100万分の1メートル)であることが示唆されています。しかし、従来の磁気イメージング手法を用いると、低い空間分解能(約数マイクロメートル)や方法の複雑さに起因する問題のために、研究が思うように進められないことがあります。そこで本研究グループは、反強磁性ワイル半金属にも適用可能な新しい磁気イメージング手法の開発に取り組むことにしました。

研究の内容

本研究では、磁性体内部の磁化の向き(S極→N極)と熱流の向き(冷→熱)の両方に直交した電場を生じる異常ネルンスト効果と呼ばれる現象に着目しました。図1(a)に示すようにこの効果では、磁化と熱流、電場はたがいに直交方向を向いています。したがって、試料の調べたい領域に熱流を与え、異常ネルンスト効果により物質の両端に生じる電圧を測定すれば、その領域の磁化の方向を決定することができます。従来の磁気イメージング手法に、レーザーの照射で物質表面を加熱して熱流を作り、異常ネルンスト効果を検出することで磁気像を得る方法があります。しかし、細く絞ったレーザーが加熱する領域の大きさは通常数マイクロメートル程度なので、それよりも小さい磁気的構造を見ることは困難です。そこで本研究グループは、原子間力顕微鏡の探針を利用し、より微小な領域に熱流を誘起することを考えました。

本手法の概要を図1(b)に示します。今回はすべての実験を室温・大気の条件で行いました。調べたい物質の細線とその隣にヒーターを用意します。このような構造は、微細加工技術により容易に作製することができます。今回は、本手法のデモンストレーションのために、室温で異常ネルンスト効果が大きいことで知られるCo2MnGaという強磁性ワイル半金属を用いました。ヒーターに電流を流すと抵抗加熱により調べたい試料細線の温度が数℃上昇します。探針を試料表面に接触させると、探針を伝って熱が逃げるので、探針の直下の微小領域に垂直の熱流が誘起されることが分かりました。このとき、局所的な異常ネルンスト効果で生じる電圧を、細線の両端につないだ電圧計で測定します。電圧は探針直下の磁化方向を反映した値になるので、微小領域の磁化の方向を決定することができます。

fig1

図1:(a)異常ネルンスト効果と(b)本手法の概要図

上述の方法で、探針直下の微小領域の磁化を決定することができました。磁気イメージングを行うためには、試料上のすべての点で同じ測定を行います。原子間力顕微鏡の探針で試料表面をなぞりながら、各点の異常ネルンスト効果により生じる電圧を測定することによって、これを実現しました。実際の実験に用いた素子を図2(a)に示します。図2(a)の点線で囲われた領域に対する電圧マッピング像を図2(b)-(d)に示します。図2(b)-(d)の色は、異常ネルンスト効果により生じた電圧を示しており(白は正、黒は負の電圧)、試料の磁化の細線幅方向への射影成分に対応しています。図2(b)に示すように外部磁場を左向きにかけた場合、試料全体の色が白になり、試料の磁化が全体的に左を向いていることが分かります。そして、磁場を反転させてやや弱い磁場を右方向に印加すると、図2(c)に示すように試料全体の白色が消え、代わりに白い点と黒い点のペアが試料細線の中心に現れます。この白と黒のペアは、そこに磁壁が存在していることを示しています。さらに、右方向に大きな磁場をかけると、図2(d)のように試料全体の色が黒に変わり、試料全体の磁化が最初の状態から反転したことが分かります。

fig2

図2:実験結果。(a)素子の原子間力顕微鏡像。(b)、(c)、(d)矢印で示した外部磁場印加の下で行った、局所の異常ネルンスト効果による電圧のマッピング像。

上に示したように、原子間力顕微鏡を用いて微小領域の熱流を誘起し、局所の異常ネルンスト電圧の測定により磁気イメージングをすることに成功しました。空間分解能は数十ナノメートルで、従来のレーザーを用いて行う方法に比べて約十倍も改善されました。さらに、本手法は鉄ニッケル合金のような一般的な強磁性体にも適用可能であることが分かりました。本手法には、従来の磁気イメージング手法にはないさまざまな利点があります。(1)広く普及している原子間力顕微鏡だけで行えるため非常に簡易的である、(2)探針誘起の微小領域の熱流を用いることで高い空間分解能が実現できる、(3)磁気イメージングのみならず素子内部の熱電効果マッピングが可能で汎用性の高い手法である点などです。

今後の展望

本研究によって確立された高解像度の磁気イメージング手法を用いることで、次世代スピントロニクス素子の材料として注目される反強磁性ワイル半金属の磁区構造観測が容易になることが期待されます。また、強磁性ワイル半金属Co2MnGaのような物質の巨大な異常ネルンスト効果を利用して熱流から電気を作り、今までは捨てていた熱エネルギーを「収穫」する研究が、最近になって大きな盛り上がりを見せています。局所の熱電効果を観察することが可能な本手法は、磁気イメージングのみならず、エネルギー収穫素子の実用化に向けた性能評価にも大いに活躍することが期待されます。

発表者

東京大学
物性研究所
一色 弘成(助教)
大谷 義近(教授)〈理化学研究所創発物性科学研究センター量子ナノ磁性研究チーム (チームリーダー)〉
大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻
ブダイ ニコ ダニエル(博士課程)
朱 政(博士課程:研究当時)
上杉 良太(博士課程)

大学院理学系研究科 物理学専攻
中辻 知(教授)〈東京大学物性研究所(特任教授)/トランススケール量子科学国際連携研究機構(機構長)〉
肥後 友也(特任准教授)〈東京大学物性研究所 (リサーチフェロー)〉

論文情報

雑誌:Applied Physics Letters
題名:High-resolution magnetic imaging by mapping the locally induced anomalous Nernst effect using atomic force microscopy
著者:Nico Budai, Hironari Isshiki, Ryota Uesugi, Zheng Zhu, Tomoya Higo, Satoru Nakatsuji, and YoshiChika Otani
DOI:https://doi.org/10.1063/5.0136613

研究助成

本研究は、科研費「若手研究(課題番号:19K15431)」、「基盤研究(S)(課題番号:19H05629)」、JST戦略的創造研究推進事業CREST「トポロジカル材料科学に基づく革新的機能を有する材料・デバイスの創出(課題番号:JPMJCR18T3)」の支援により実施されました。

用語解説
(注1)原子間力顕微鏡
原子レベルで尖った探針をナノメートル(10億分の1メートル)の精度で走査し、探針先端と試料表面の間に働く原子間力を測定することで表面の凹凸像を得る顕微鏡。物理学だけでなく生物学や化学の研究でも利用される、広く普及した方法。
(注2)異常ネルンスト効果
導電性の強磁性体で生じる磁気熱電効果の一つ。磁化と与えられた熱流の両方に直交した電場を生じる現象。この効果を応用して、これまでは捨てていた熱エネルギーを電気エネルギーとして「収穫」する研究に注目が集まっている。
(注3)熱電効果
熱流と電流を互いに変換する現象の総称。
(注4)ワイル半金属
物質内部の特異なバンド構造により、巨大な異常ネルンスト効果や異常ホール効果を示す物質群の一つ。反強磁性ワイル半金属は、漏れ磁場がなく超高速で磁気構造を反転させることができるため、次世代のスピントロニクス素子の材料として大いに注目されている。
1700応用理学一般
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