多電極イオンゲル分子センサで呼気によるヘルスケアの実現へ~環境中の多成分の微量ガス分子を機械学習で同時検出~

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2022-03-17 東京大学

1.発表者
田中 貴久(東京大学 大学院工学系研究科マテリアル工学専攻 助教)
濱中 悠輔(東京大学 大学院工学系研究科マテリアル工学専攻 修士課程1年)
加藤 太朗(東京大学 大学院工学系研究科マテリアル工学専攻 博士課程1年)
内田  建(東京大学 大学院工学系研究科マテリアル工学専攻 教授)

2.発表のポイント
◆イオンゲル(注1)と多数の電極を用いて、混合ガス中のppm(注2)単位の水素・アンモニア・エタノールの同時検出に成功した。
◆イオンゲルと複数の電極から得られる電気信号を機械学習(注3)で分析することで高度なガス検出ができることを明らかにした。
◆ヒトの呼気中に含まれるガス分子の種類・濃度は健康状態に依存するため、本センサの発展により呼気を用いたヘルスケアが実現できると期待される。

3.発表概要
東京大学大学院工学系研究科マテリアル工学専攻の田中貴久 助教、濱中悠輔 大学院生、加藤太朗 大学院生、内田建 教授らの研究グループは、イオンゲルと多数の電極構造を持つセンサ素子を開発し、ppmオーダーの水素、アンモニア、エタノールの3種類の標的ガスを混合したガス中でそれぞれのガス濃度を検出することに成功しました。多数の電極間の電位差から得られる時系列データを用いることで、従来技術では難しかった、混合ガスの中での複数の標的ガスの同時検出を実現しました。
ヒトの呼気は代謝など健康状態に依存する多数の微量ガスが含まれています。本センサ構造を微細化してスマートフォンなどの携帯端末上で、呼気中の微量ガスのセンシングを行うことで、高度なヘルスケアを実現できると期待されます。
本研究成果は、2022年3月17日(米国東部夏時間)に米国科学誌「ACS Sensors」のオンライン版に掲載されました。

4.発表内容
ヒトの呼気中には微量なガス分子が多数含まれています。ヒトの代謝や体内細菌の代謝に関係するガス分子も多く含まれており、それらの濃度は健康状態に依存することが知られています。生体由来のガスを用いた検診としては、例えばガン検知犬などが注目されています。スマートフォンなどの携帯端末などでヒトの呼気ガスの成分を分析することができれば、手軽な体調管理から重大な疾病の早期発見など、身近な電子機器で幅広いヘルスケアを実現できます。
しかし、従来研究では混合ガス中の複数ガス成分の検出は十分になされませんでした。単一のガスセンサだけでは複数のガス成分を検出することは困難です。そのため、複数のガス成分を検出するためには、異なるセンサを集積して多数の出力データからガス成分を決定することが必要です。一般的にガスセンサは反応性に富む表面を持つため、微細な領域に多種類のセンサを集積するには、製造プロセスに様々な制約が生じます。そのため、多くの研究においては単一の種類のガスセンサ評価が報告されてきました。
本研究では、イオンゲルと電極の界面の多様性に着目したセンサを実現しました。電子線蒸着(注4)で作製可能な多種類の金属電極上にイオンゲルを滴下するだけでセンサ構造が作製できます(図1a)。本研究で作製したガスセンサは、イオン液体[EMIM][BF4](注5)からなるイオンゲルに金、クロム、白金、ロジウムの4種類の電極が接する構造を持ちます。
ガスセンシングでは、4電極の中から2電極を電気的なスイッチで選択します。片方の電極に電圧を印加し、もう片方の電極をMOSトランジスタ(注6)のゲートに接続しました。吹き付けられてイオンゲル内に吸蔵されたガスは、電極上で触媒作用と推測される反応により電位を変化させます。そこで、2電極間の電位変化によるMOSトランジスタの電流変調をセンサ応答として読み出しました(図1b)。
電極上での反応は、吹き付けるガスの種類、電極の組み合わせに依存するため、電極の組み合わせ数と同じ数のセンサ応答が得られます。ガス吹き付け時のセンサ応答の時間依存性を入力、吹き付けた混合ガス中の水素・アンモニア・エタノール濃度を出力として、ニューラルネットワーク(注7)を学習させ、混合ガス中のそれぞれのガス濃度の推定を実施しました。その結果、ヒトの呼気中に含まれる濃度と同じppmオーダーの水素・アンモニア・エタノール濃度を混合ガス中で識別することに成功しました(図1c,d,e)。
本研究では4種類の電極を用いて3種類のガス濃度を推定していますが、イオンゲルと接する電極数を増加させることで、さらに多成分のガスの濃度を推定できると期待されます。本センサ構造では、電流増幅用のトランジスタのゲート容量が小さいほど電極の面積を縮小できるため、近年の微細化されたトランジスタを用いることで、非常に多くの電極がイオンゲルと接する構造でガスセンシングが可能です。電極数の増加はさらに高度なガス濃度の推定を実施できるだけでなく、滴下したイオンゲル一つ当たりに集積されるセンサの数の増大ともみなすことが可能で、ガスセンサ集積化にむけた新たな構造としても意義があります。
本研究は、科学技術振興機構「さきがけ(課題番号:JPMJPR20B5)」、「CREST(課題番号JPMJCR19I2)」、科研費「基盤研究(S)(課題番号18H05243)」の支援により実施されました。

5.発表雑誌
雑誌名:「ACS Sensors」(オンライン版:3月17日)
論文タイトル:Simultaneous detection of mixed-gas components by ionic-gel sensors with multiple electrodes
著者:Takahisa Tanaka*, Yusuke Hamanaka, Taro Kato, and Ken Uchida*
DOI番号:10.1021/acssensors.1c02721

6.用語解説
(注1)イオンゲル
常温付近で液体状態の塩であるイオン液体と高分子を混合してゲル状にした材料。
(注2)ppm
濃度などに用いられ、parts per millionの略で100万分の1を意味する。
(注3)機械学習
様々なデータを用いてコンピュータに学習させ、データの判別をすること。
(注4)電子線蒸着
真空中で高エネルギーの電子を照射することで蒸着源を蒸発させ、サンプルに薄膜を形成する手法。
(注5)[EMIM][BF4]
1-エチル3-メチルイミダゾリウムテトラフルオロボラート。
(注6)MOSトランジスタ
金属酸化物半導体トランジスタの略であり、金属ゲートの電圧により酸化物(膜)を介して半導体に電界を印加し、半導体のキャリア濃度を変調するデバイス。
(注7)ニューラルネットワーク
機械学習のフレームワークの一種。入出力間を非線形な関数で記述されるニューロンの隠れ層で接続し、多数の非線形性から複雑な入出力間の関係を記述できる。

7.添付資料

多電極イオンゲル分子センサで呼気によるヘルスケアの実現へ~環境中の多成分の微量ガス分子を機械学習で同時検出~
図1 a) 滴下したイオンゲルに接する電極の写真。b) センサの電流を読み出す回路の模式図。機械学習による混合ガス中のc)水素、d) アンモニア、e) エタノール濃度の推定結果。
詳しい資料は≫

科学技術振興機構:https://www.jst.go.jp/pr/announce/20220317/index.html

0505化学装置及び設備
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