2025-02-20 森林総合研究所,山階鳥類研究所
ポイント
- 日本で100年間蓄積された鳥類標識調査データが2008年から2022年までの間に渡り鳥の研究にどれくらい活用されたか?を検証
- データを利用した研究の国際誌での発表は9件にとどまり、最新の統計手法*1を用いた研究は未着手であることが明らかに
- 日本の鳥類標識調査のビッグデータを活用することが今後の東アジアの渡り鳥の保全に有効であることを示唆
概要
国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所の青木大輔研究員は、公益財団法人 山階鳥類研究所の千田万里子専門員と共同で、日本で100年間蓄積されてきた渡り鳥の調査結果である「鳥類標識調査データ」が、国際的な研究舞台でその利用性や重要性が見過ごされていることを明らかにし、減りゆくアジアの渡り鳥の保全には、データの有効活用がカギになりうることを見出しました。
渡り鳥は毎年遠く離れた国と国の間を行き来しています。研究者は過去100年間、渡り鳥に金属の足環装着する「鳥類標識調査*2(以後、標識調査)」を進め、多量のデータを蓄積してきました。最新の統計手法を用いた標識調査データの解析は渡り鳥の生態解明に欠かせない存在です。しかし、このような標識調査データを用いた研究が欧米以外でも行われているかは未解明でした。
そこで研究チームは、アジアで一番のデータ量を誇る日本の標識調査が、国際的な研究にどれくらい・どのように活用されたか?について、2008年から2022年の15年間に発表された学術論文を系統だった方法で調べました。その結果、学術論文として発表された研究は31件にとどまり、そのうち国際誌への掲載は9件のみでした。また、最近の統計手法が用いられたものは0件でした。標識調査データが論文で利用された頻度は欧米よりも少なく、日本の標識調査データの認知度の低さなど、現状が浮き彫りになりました。東アジアは世界一渡り鳥の種数が多様な地域ですが、その個体数は急激に減少しており、今後の日本の標識調査データの有効活用が期待されます。
本研究成果は、日本時間2025年2月11日(火曜日)公開のOrnithological Science誌で公開されました。
図1. 標識調査データが研究で活用される仕組みと本研究の着眼点の模式図
背景
多くの鳥類は毎年遠く離れた土地の間を行き来する「渡り」をしています。渡り鳥が移動に利用する渡りルートは時に数千キロメートルに及び、多様な国々や地域をまたいでいます。このような地球規模の鳥類の移動は、これまで鳥類標識調査(以後、標識調査)によって調べられてきました。この手法では、渡り鳥を捕獲して超軽量の金属足環を装着して放鳥し、別の地域で再び捕獲することで、渡り鳥の移動の部分的な情報を取得できます。近年は、1個体1個体を直接・連続追跡できるバイオロギングが主流になりつつありますが、標識調査はその簡便さと100年以上の歴史により、データ量と網羅性は随一です。最新の統計手法が多数開発されている今日では、ビックデータでもある標識調査は渡り鳥の生態や進化の解明に欠かせない存在になっています。一方、標識調査は欧米で盛んに進められてきた背景があり、標識調査データを活用した研究も欧米のものに偏っていることから、渡り鳥についての知識や理解も偏っていた可能性がありました。
内容
研究チームはまず、どのような最新の統計解析手法が開発され、標識調査の活躍の場が広がっているか?に関して、近年の研究成果を整理しました。その結果、統計解析手法によって標識調査データを他のデータと組み合わせることで、渡りルートや渡り鳥の生態を詳細に推定できることが分かりました。例えば、バイオロギングは詳細な移動を追跡できる反面、費用面からデータ数や調査サイトが限られてしまいます。標識調査データはこの欠点を補うことができるため、二つの組み合わせにより詳細で網羅的な渡りルートを推定できるようになっています。
次に、このような標識調査データの利活用が欧米以外のデータベースを用いて実施されているか?を明らかにするために、日本の標識調査データを用いた研究をレビュー*3しました。日本の標識調査は2024年に100周年を迎え、アジアで最大規模のデータベースを誇ります。このデータベースは(公財)山階鳥類研究所で管理されており、研究を目的に申請すれば、データを利用できるようになっています。そこで、研究チームは2008年から2022年の期間の申請履歴を整理し、利用申請が論文として研究成果に繋がった事例を調べました。その結果、申請全121件中93%は日本から、そのうち論文として公表されたものは31件にとどまりました(図2-a)。また、国際誌に発表された論文は9件のみで(図2-b)、同様の期間に100件以上の論文成果として発表されている欧米のデータベース利用とは大きな差がありました。さらに、これらの中に最新の統計解析手法を活用したものはありませんでした。残念ながら日本の標識調査データが未だ世界的な鳥類学のコミュニティでは日の目を見ていないという実態が浮き彫りになりました。日本の標識調査データの存在が国内外に広く発信されていなかったり、量や取得地域の網羅性などが欧米のデータに見劣りしたりすることで、日本のデータの活用が進んでいない可能性があります。日本の標識調査データの認知度の向上や最新の統計手法を用いた研究の公表を通して、欧米との比較研究や東アジアの渡り鳥の保全への利用など、量や質以外の学術的価値を示していく必要があります。
図2. 日本の標識調査データの利用申請元の内訳(a)および、その結果執筆された論文数の言語別の内訳(b)
今後の展開
今回の研究から、日本の標識調査データが未だ有効活用されていないことが分かり、標識調査データの活用が東アジアで広く普及していないことが示唆されました。一方、東アジアは渡り鳥の種数が世界でも最も多い地域です。ここでの研究は渡り鳥の生態・進化の理解と保全をより一層進めるためのカギになっています。そのため、最大のデータベースをもつ日本が中心になって、東アジアの標識調査データの利活用を盛り上げ、世界的な研究コミュニティに向けてその有用性を発信していくことが課題になります。本研究をきっかけとして、日本の標識調査データを活かした渡り鳥の研究活動の活性化が期待されます。
論文
論文名:Knowledge gaps remaining in the spatial analysis of bird banding data: A review, focusing on use of Japanese data
著者名:青木大輔1、千田万里子2(1森林総合研究所野生動物研究領域、2(公財)山階鳥類研究所)
掲載誌:Ornithological Science(鳥類学の専門誌)
DOI:10.2326/osj.24.69
共同研究機関
国公益財団法人 山階鳥類研究所
用語解説
*1 最新の統計手法
ここでは、不完全な情報を含むデータや、異なる構造を持つ複数のデータを統合的に解析し、定量的な推定を可能にする統計手法を指す。
*2 鳥類標識調査
野鳥への足環の装着や再確認(捕獲)の記録を蓄積し、鳥類の渡りなどの基礎生態の解明や保全政策の推進に役立てる調査。日本では1924年に農商務省で開始され、現在は環境省が(公財)山階鳥類研究所への委託業務として行われている。*3 レビュー
特定の研究分野を扱う研究論文などの著作物を探索・整理し、その内容をまとめることで、その研究分野を総括すること。
お問い合わせ先
研究担当者:
森林総合研究所 野生動物研究領域 鳥獣生態研究室 任期付研究員 青木大輔
広報担当者:
森林総合研究所 企画部広報普及科広報係