火星帰還試料の簡易生命検出法の開発に成功~ 火星生命から地球生態系を保護する切り札に~

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2025-02-19 東京大学

発表のポイント

  • 火星からの帰還が予定される岩石と化学組成が類似した地球の岩石から、微生物を検出する簡便な手法の開発に成功した。
  • 試料の破壊を伴う高度な分析手法と比べて、試料を損傷しない赤外線を岩石に照射するだけの簡便な手法で生命検出が可能となった。
  • 帰還した試料に火星生命が含まれていた場合、生命検出能力を飛躍的に高めることで、地球外生命の発見と共に、地球生態系を守る惑星保護に貢献すると期待される。

火星帰還試料の簡易生命検出法の開発に成功~ 火星生命から地球生態系を保護する切り札に~
赤外線で火星生命を簡易に検出

発表概要

東京大学大学院理学系研究科の鈴木庸平准教授による研究グループと、国際宇宙空間研究委員会(COSPAR)(注1)火星帰還試料安全評価プロトコル策定作業部会(SSAP)(注2)の委員は、2022年に同作業部会が公開した安全評価体系(注3)の改良を行ってきた。改良の理由として、岩石と水が接触した部位から火星生命の痕跡が検出される可能性が極めて高いが、粘土(注4)の生成により生命痕跡のシグナルの取得が妨害される問題があげられるためだ。そこで、同准教授の研究グループが微生物の生息を発見した地球上の玄武岩中の粘土を含む部位(関連情報1)を用いて、さまざまな分析手法を試験した。その結果、赤外線(注5)の照射により、粘土と微生物の同時検出に成功した(図1)。今後、火星帰還試料に類似した地球の岩石で分析法の適用性を評価することで(関連情報2)、火星生命検出技術が飛躍的に向上すると期待される。


図1:岩石試料の分析点と得られた赤外線スペクトル
粘土と微生物細胞を含む部位の写真と分析点(上)、たんぱく質と粘土由来のピークを含む赤外線スペクトル(下)。比較したのは培養した微生物と粘土の標準物質。

発表内容

背景
地球外生命探査は、火星や氷衛星を対象に国際的に進められている。火星の地下深部は液体状の水を現在も含んでいて、生命が現存する可能性がある。過去に表層付近にも液体状の水が存在したことも明らかになっており、表層から火星生命の痕跡が見つかると期待される。火星生命の存在を実証するには、これまで探査車で行われていた分析では不十分で、地球に岩石試料を持ち帰り詳細な分析を行う必要がある。火星試料の地球への帰還は、欧米が主導で計画が進められており、帰還試料から生命を検出するための研究が行われている。火星試料に生命が含まれていた場合、地球生態系に対する影響がないように対策を取る必要があり、この国際的課題に対して、COSPARの惑星保護委員会がその対策について指針を策定している。火星からの試料帰還は差し迫った課題として、地球生態系に影響を与えない火星生命の有無を決定する分析法を定めるSSAPが発足された。そこで策定された安全評価体系では、火星生命が見つかる可能性が高いのは、岩石が液体状の水と反応することで粘土が生成する場であると判断したが、その場で粘土と生命を分析するための手法が未確立の問題があった。

本研究の実験内容
海底下から採取された1億年前の玄武岩(関連情報1)は、火星生命が見つかる可能性が高いと判断される根拠となった地球の岩石である。この岩石試料から粘土鉱物の同定と微生物の検出に成功した先行研究(参照情報1)では、試料の一部を削り出し、厚さ数マイクロメートルから数100ナノメートルの薄片を作成した後、高い空間分解能を有する電子顕微鏡(注6)や質量分析装置(注7)で解析した。この方法では貴重な火星試料を分析の前処理で破壊する問題があったため、前処理の不要な分析手法の検討を行った。顕微ラマン分光装置(注8)を試したが、粘土鉱物からスペクトルを取得できない問題があった。そこで着目したのが、顕微赤外分光装置(図2および注9)で、粘土鉱物からの妨害がなく、微生物中のタンパク質に由来するシグナルと共に、粘土鉱物の同定にも成功した(図1)。

成果の意義と今後の展望
粘土と微生物を分析するには電子顕微鏡や質量分析装置がそれぞれ必要であったが、生命と粘土鉱物を赤外分光装置一台で分析が可能になった。この簡便な手法で、帰還試料中の生命の存在の有無を明らかにし、地球生態系の保護への貢献と共に、火星生命の発見につながると期待される。


図2:本研究で使用した赤外分光装置

〇関連情報:
1.「プレスリリース「常識覆す成果」海底地下の岩石1cm3当たりに100億細胞の微生物」(2020/04/03)
https://www.eps.s.u-tokyo.ac.jp/focus20200403/

2.「プレスリリース 20億年前の岩石内部に生きた微生物を発見――粘土で詰まる隙間に高密度で生息――」(2024/10/03)
https://www.eps.s.u-tokyo.ac.jp/focus20241003/

論文情報
雑誌名
International Journal of Astrobiology論文タイトル
Submicron-scale detection of microbes and smectite from the interior of a Mars-analogue basalt sample by opticalphotothermal infrared spectroscopy

著者
Yohey Suzuki*, Frank E. Brenker, Tim Brooks, Mihaela Glamoclija, Heather V. Graham, Thomas L. Kieft, Francis M. McCubbin, Mark A. Sephton and Mark A. van Zuilen(*責任著者)

DOI番号
10.1017/S1473550425000011

研究助成

本研究は、令和6年度アストロバイオロジーセンタープロジェクト研究(課題番号:AB0606)、JAXA 宇宙探査イノベーションハブ(課題名:探査機の微生物検出および不活化に関する革新技術の創出)の支援により実施されました。

用語解説

注1  国際宇宙空間研究委員会(COSPAR)
世界の主要宇宙研究機関の惑星保護担当者と科学者から構成される。宇宙研究で生じる天体間の生物汚染を防ぐための指針を策定する組織。発表者の鈴木は科学委員を務める。

注2  火星帰還試料安全評価プロトコル策定作業部会(SSAP)
地球生態系に影響を与えない火星生命の有無を決定する分析法を定める策定委員会。発表者の鈴木は欧米の研究機関所属ではない唯一の科学委員を務める。

注3  安全評価体系
火星帰還試料に対して、どのような分析をして生命存在の有無を決定するかを示すガイドライン。

注4  粘土
層状ケイ酸塩鉱物で、マグマが冷却して形成した火成岩が水と反応することで形成する。

注5  赤外線
可視光線の赤色より波長が長い電磁波。

注6  電子顕微鏡
可視光線より波長が短い電磁波で微小な物質を解析できる装置。

注7  質量分析装置
質量を計測することで物質中の元素や同位体組成を調べる装置。

注8  顕微ラマン分光装置
1マイクロメートルよりビーム径の小さい可視光線を照射してラマン散乱を顕微鏡で観測する装置。

注9  顕微赤外分光装置
赤外線を照射して物質の原子結合の振動を顕微鏡で観測する装置。本研究では株式会社日本サーマル・コンサルティングのmIRage 赤外分光分析システムを用いた。

0303宇宙環境利用
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