2025-02-07 東京大学
発表のポイント
- 温和な条件下(180℃、常圧水素)でエポキシ樹脂の加水素分解を可能にする酸化セリウム担持ニッケル-パラジウム二元金属触媒を開発した。
- 本触媒を用いることにより、繊維強化プラスチックから繊維とビスフェノールAなどのエポキシ樹脂モノマーを回収できる可能性を見出した。
- 繊維強化プラスチックは航空機、風力タービンブレード、自動車など、幅広い分野に応用されていることから、本触媒系の研究開発を加速させることで、将来的に、これら廃エポキシ樹脂複合材の分解とリサイクルへの応用が期待される。
固体触媒を用いた繊維強化プラスチックの分解および繊維・樹脂モノマーの回収
概要
東京大学大学院工学系研究科の金雄杰(キンユウケツ)准教授と野崎京子教授らは、東京都立大学大学院都市環境科学研究科の宍戸哲也教授の研究グループとの共同研究により、温和な条件下でエポキシ樹脂(注1)の加水素分解(注2)を可能にする固体触媒(注3)を開発しました。本触媒系を用いることで、繊維強化プラスチック(注4)を繊維と樹脂モノマー(注5)、たとえばビスフェノールA(BPA)に分解することにも成功しました(図1)。繊維強化プラスチックを分解するためには、その構成成分であるエポキシ樹脂の分解が鍵となりますが、一般的に高温(たとえば500℃以上)あるいは強酸・強塩基条件を必要とすることから、繊維と樹脂モノマーを同時に回収することは困難でした。また、近年、均一系触媒(注6)を用いたエポキシ樹脂の加水素分解法が開発されていますが、触媒の回収および再使用が難しいことが問題でした。今回開発した酸化セリウム担持ニッケル-パラジウム二元金属触媒(Ni-Pd/CeO2)を用いると、N-メチルピロリドン(NMP)溶媒中、180℃、常圧水素下でエポキシ樹脂の加水素分解が進行し、BPA(もしくはフェノール類)を高い収率で回収できました。また、Ni-Pd/CeO2は炭素繊維強化プラスチック(CFRP)、およびガラスエポキシ基板の分解にも適用可能であり、繊維とフェノール類の回収に成功しました。さらに、触媒も容易に回収することができ、触媒性能を保ったまま数回再使用できることも分かりました。
繊維強化プラスチックをはじめとするエポキシ樹脂複合材は、航空機、風力タービンブレード、自動車など、幅広い分野で利用されています。本触媒系の研究開発を加速させることで、将来的に、廃エポキシ樹脂複合材の分解とリサイクルへの応用が期待されます。
本研究成果は、2025年2月6日(英国時間)に英国科学誌「Nature Communications」のオンライン版に掲載されました。
図1:Ni-Pd/CeO2による繊維強化プラスチックの分解
発表内容
〈研究の背景〉
廃プラスチックによる環境汚染が深刻さを増しており、そのリサイクルが重要な課題となっています。熱硬化性樹脂(注7)であるエポキシ樹脂は、繊維強化プラスチックなど複合材の形でさまざまな分野で幅広く用いられていますが、リサイクルが困難であり、ほとんどが埋め立てにより廃棄されます。今後、繊維強化プラスチックの使用量の増加が見込まれることから、廃プラスチックから繊維と樹脂原料を回収する手法の確立は喫緊の課題です。これまでに、エポキシ複合材のさまざまな分解法が開発されてきましたが、たとえば、高温熱分解法では、500℃以上の過酷な条件のため、繊維がダメージをうけやすく、樹脂モノマーの回収も困難です。また、加溶媒分解(注8)や量論量(原料である繊維強化プラスチックに含まれるエポキシ樹脂と同程度、あるいは数倍の量。対照となる語は触媒量)以上の強塩基を用いた分解など、化学的分解法も開発されていますが、中和などの煩雑な後処理を必要とします。
近年、エポキシ樹脂の触媒的加水素分解法が注目を集めています。これまでに均一系ルテニウムあるいはニッケル触媒が開発されてきましたが、触媒の回収・再使用が困難です。そのため、温和な条件下で、繊維強化プラスチックを分解することで繊維と樹脂モノマーを回収でき、さらに触媒の回収・再使用が可能な固体触媒の開発が切望されていました。
〈研究の内容〉
Ni-Pd/CeO2触媒は塩化ニッケルおよび塩化パラジウムを金属前駆体とし、水酸化ナトリウムによる共沈法(注9)により調製しました。触媒を高角度散乱暗視野走査透過電子顕微鏡法(HAADF-STEM)(注10)およびエネルギー分散型X線分光法(EDS)(注11)により分析したところ、NiとPdがCeO2表面の同じ場所に合金ナノ粒子(注12)として担持されていることが分かりました(図2)。Ni-Pd/CeO2触媒を用いると、N-メチルピロリドン(NMP)溶媒中、180℃、常圧水素下で酸無水物あるいはアミン硬化エポキシ樹脂の分解反応がスムーズに進行し、対応するフェノール類が回収できました(図3)。この場合、触媒量(原料よりも少ない量。ここではBPAユニットに対して0.25当量)の塩基を加えることで、分解反応が大幅に加速しました。アミン硬化エポキシ樹脂の分解においては、BPAの代わりに有用な原材料として知られる4-イソプロピルフェノールとフェノールが主分解物として得られました(図3)。
図2:Ni-Pd/CeO2触媒のHAADF-STEM像および表面元素分布
図3:Ni-Pd/CeO2触媒によるエポキシ樹脂の加水素分解
また、本触媒系は、さまざまなエポキシ樹脂複合材、たとえば炭素繊維強化プラスチック(CFRP)やガラスエポキシ基板の分解にも適用でき、繊維とフェノール類の回収が可能でした(図4)。回収した繊維を走査電子顕微鏡(SEM)(注13)により分析したところ、エポキシ樹脂が完全に分解し、繊維表面がクリーンであることが分かりました(図4)。さらに、本触媒は安定性に優れており、6回目の使用においても、CFRPが効率よく分解し、フレッシュな触媒を用いた場合と大差なく繊維とBPAが得られました(図5)。
図4:Ni-Pd/CeO2触媒による繊維強化プラスチックの分解
図5:Ni-Pd/CeO2触媒の再使用
〈今後の展望〉
本研究で開発したNi-Pd/CeO2触媒を用いると、繊維強化プラスチックから繊維と樹脂モノマーまたは有用な原材料を温和な条件下で回収できます。触媒の回収・再使用も可能なため、今後、上記廃プラスチックの分解への応用が期待されます。さらに本触媒系は、さまざまな種類のエポキシ樹脂の分解に適用可能であり、幅広いエポキシ複合材の分解への応用が期待されます。グリーントランスフォーメーションが切望されている現在、軽量で頑丈なエポキシ樹脂複合材への需要が高まっています。本研究成果は、固体触媒による、これらエポキシ樹脂複合材のリサイクル技術として応用できる可能性を示しており、今後、本技術開発の加速が期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学 大学院工学系研究科
金 雄杰(キン ユウケツ) 准教授
黄 彦沢(コウ ゲンタク) 博士課程
山﨑 友香理 特任研究員
野崎 京子 教授
東京都立大学 大学院都市環境科学研究科
野本 賢俊 博士課程
三浦 大樹 准教授
宍戸 哲也 教授
論文情報
雑誌名:Nature Communications
題 名:Bimetallic synergy in supported Ni-Pd catalyst for selective hydrogenolysis of C-O bonds in epoxy resins
著者名:Yanze Huang, Yukari Yamazaki, Katsutoshi Nomoto, Hiroki Miura, Tetsuya Shishido, Xiongjie Jin*, Kyoko Nozaki*
DOI:10.1038/s41467-025-56488-4
URL:https://www.nature.com/articles/s41467-025-56488-4
研究助成
本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(ERATO)「野崎樹脂分解触媒プロジェクト(課題番号:JPMJER2103)」(研究総括:野崎 京子)、日本学術振興会科学研究費助成事業 学術研究助成基金助成金(課題番号:JP24K01253)、および科学研究費補助金 学術変革領域研究(A)「炭素資源変換を革新するグリーン触媒科学」(課題番号:JP23H04905)の支援により実施されました。
用語解説
(注1)エポキシ樹脂
エポキシドとアミンあるいは酸無水物などの硬化剤を混ぜて作られる樹脂で、接着剤などに使われる。
(注2)加水素分解
分子状水素を用いた炭素-炭素、炭素-酸素などの結合の水素化開裂反応。
(注3)固体触媒
触媒は、化学反応速度を速めるが、反応の前後で変化しない物質を指す。固体触媒を用いた反応は、触媒と反応物がそれぞれ異なる相、すなわち固体-液体、固体-気体などの界面で進行する。
(注4)繊維強化プラスチック
プラスチックに繊維を混ぜて強度や耐性を高めた複合材料のこと。
(注5)モノマー
高分子(ポリマー)を構成する低分子の単位分子のこと。モノマーが重合し、繰り返し構造を形成することでポリマーが生成する。
(注6)均一系触媒
反応媒体に溶けて作用する触媒のこと。
(注7)熱硬化性樹脂
加熱によって硬化して元に戻らない樹脂のこと。エポキシ樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、ポリウレタン樹脂、ポリイミド樹脂などがある。
(注8)加溶媒分解
溶媒分子が反応物である溶質分子に作用して起こす分解反応のこと。
(注9)共沈法
溶液中の数種類の金属イオンを同時に沈殿させる方法。
(注10)高角度散乱暗視野走査透過電子顕微鏡法(HAADF-STEM)
電子顕微鏡の一種。細く絞られた電子線を試料に走査させ、透過電子のうち高角度に散乱したものを環状検出器で検出することにより顕微鏡像が得られる。原子番号の大きい原子ほど明るく表示される。
(注11)エネルギー分散型X線分光法(EDS)
電子線やX線照射によって発生する特性X線のエネルギーと信号量を測定し、試料中の元素の定性・定量分析を行う手法。
(注12)ナノ粒子
ナノサイズ(10-9 m)の物質を指す。そのサイズ特異的な性質に関して近年盛んに研究が行われている。
(注13)走査電子顕微鏡(SEM)
電子顕微鏡の一種。電子線を試料表面に照射し、試料から放出される二次電子や反射電子を検出することで、試料表面の形状や微細構造を観察する顕微鏡。
プレスリリース本文:PDFファイル
Nature Communications:https://www.nature.com/articles/s41467-025-56488-4