2025-01-30 東京大学
- 非線形なトポロジカル物質において、非線形性が強い領域でトポロジカル相がカオスへと転移し、バルクエッジ対応が破れることを明らかにした。
- トポロジカル物理と非線形力学系の理論を掛け合わせ、非線形トポロジカル物質を解析するための新たな理論的枠組みを提案した。
- 非線形デバイスにおいて、トポロジーやカオスの効果を活用した設計原理につながることが期待される。
非線形デバイスにおけるトポロジカル相からカオスへの転移
概要
筑波大学数理物質系物理学域の曽根和樹助教(研究当時:東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻大学院生)、東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻の江澤雅彦講師、ゴンゾンピン准教授、澤田太郎大学院生、沙川貴大教授、および同大学素粒子物理国際研究センターの吉岡信行准教授(研究当時:東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻助教)らによる研究グループは、非線形(注1)なトポロジカル物質(注2)を理論的に解析することで、それがトポロジカル相からカオス(注3)への転移を起こすことを明らかにしました。このカオスへの転移は、バルクエッジ対応(注4)と呼ばれるトポロジカル物質の基本原理の破れ(注5)を非線形系で引き起こします。本研究は、これまで主に線形系で研究されてきたトポロジカル物質の理論を非線形系へ拡張するための手法として、力学系理論(注6)と組み合わせた理論的枠組みを提案しました。さらに今後、本研究で開発した理論的手法を用いることで、トポロジー(注2)やカオスの効果を活用した非線形デバイスの設計につながることが期待されます。
本研究成果は、2025年1月29日(英国時間)に英国科学誌「Nature Communications」のオンライン版に掲載されました。
発表内容
【研究背景】
物理学において、トポロジーの考え方は幅広く応用されています。トポロジカル物質では、そのバルク(注7)が持つ周期構造のトポロジーが示す性質を反映して試料端にエッジ状態(注8)と呼ばれる特異な電子状態が現れることが予測できます。このようなバルクのトポロジーとエッジ状態の関係はバルクエッジ対応と呼ばれ、近年の研究では固体に限らず、流体(注9)の波や光学メタマテリアル(注10)などへの拡張も議論されています。これらの拡張先の中には非線形なダイナミクスを示すものが存在します。
非線形なダイナミクスを解析する数学の分野は力学系理論と呼ばれます。力学系理論において重要な概念の1つにカオスと呼ばれるダイナミクスの不安定化があります。これはノイズなどが存在しなくても、初期条件の微小なずれが時間とともに増大し、長期の振る舞いが予測できなくなる現象で、天気の変化など身近な事象にも関わるものです。一方で、これまでのトポロジカル物質の研究のほとんどは線形系を対象としていたため、力学系理論と非線形トポロジカル物質の関係、特にカオスがバルクエッジ対応に変更をもたらすかといった基本的な問いが解明されていませんでした。
【研究内容】
本研究では、非線形物質のエッジ状態を理論的に解析することで、非線形性が強い時にトポロジカルなエッジ状態から空間的にカオスな不安定状態への転移が起こることを明らかにしました。そして、そのカオス転移によって非線形系ではバルクエッジ対応が破れうることを示しました。ここで重要となった発想は、力学系理論をエッジ状態の空間方向の解析に適用することで、それがカオスのみならずトポロジーを特徴づける量であるトポロジカル指数との対応も明らかにするというものです。
より詳細には、力学系理論で用いられる分岐図(注11)によって、異なる非線形性強度におけるエッジ状態の振る舞いを分類し、トポロジカル相とカオスを同じ考え方で理解することができます(図1)。分岐図で枝分かれが起きる転移点がエッジ状態の振る舞いの変化点に対応し、左から(1)線形系と類似のエッジ状態、(2)非線形系特有のエッジ状態、(3)カオス転移の際の分岐により不安定化した状態と変化していきます。(3)の不安定化した非線形性の強い領域では、エッジ状態がもはや端にのみ存在した状態であるかどうかの判別ができず、その意味でバルクのトポロジーとエッジ状態の間の対応(バルクエッジ対応)が破れることが示唆されます(図2)。
【研究の意義、今後の展望】
本研究は、これまで主に線形系で調べられてきたトポロジカル物質におけるバルクエッジ対応を非線形系で解析するための理論的枠組みを創出したという基礎物理の観点からの意義があります。また本研究の手法は、トポロジーとカオスの効果を用いた、ノイズに対して安定に作動する非線形光学・量子デバイスの設計原理へとつながることが期待されます。
図1:分岐図を用いた非線形トポロジカル物質のエッジ状態の解析
横軸は非線形性の強度を制御するパラメータの値を表します。縦軸はエッジ状態の振幅に対応していて、青の線や点が各非線形性のパラメータにおいて、端から十分離れた地点で得られた振幅の値を表しています。青線の分岐が見られるパラメータ(赤破線)はエッジ状態の振る舞いが変わる転移点に対応し、左から線形系と類似する弱非線形なエッジ状態、非線形系特有のエッジ状態、カオス転移によって不安定化した状態へと変化します。特に灰色の領域で示したカオス転移が起こる箇所ではバルクエッジ対応が成り立たなくなります。図中のνはバルクのトポロジーを特徴づける量ですが、カオス領域におけるバルクエッジ対応の破れは、異なるバルクのトポロジーを持つ水色と灰色の領域の境界(橙線)と青線が一致しなくなることに由来します。灰色領域内で赤破線によって区切られた領域のうち左側の領域では、一般にカオス転移の前に出現することが知られている周期解が得られますが、この空間的な周期解も同様の理由でバルクエッジ対応が成り立っていません。
図2:非線形光学デバイスにおけるトポロジカルエッジ状態から空間的にカオスな不安定状態への転移
非線形デバイスではトポロジカルエッジ状態(上図)から空間的にカオスな不安定状態(下図)への転移が見られます。左側のグラフは各状態に対応する光強度の空間分布を表しており、トポロジカルエッジ状態では端のみで大きな値を持つ様子が見られる一方で、空間的にカオスな状態では乱れた分布が得られます。右の模式図は光学デバイスを表しており、各円柱は光学デバイスの周期構造(誘電体などで構成されます)を表します。赤線で示したレーザーを端に照射すると、トポロジカルな場合は端のみで強い光がデバイスから出力されるのに対し、カオスな場合は端から離れたところでも強い光が出力され、その強度は空間的に不規則になります。
発表者・研究者等情報
筑波大学 数理物質系 物理学域
曽根 和樹 助教
研究当時:東京大学大学院工学系研究科 物理工学専攻 博士課程
東京大学
大学院工学系研究科 物理工学専攻
江澤 雅彦 講師
ゴン ゾンピン(Zongping Gong) 准教授
澤田 太郎 博士課程
沙川 貴大 教授
兼:同研究科附属量子相エレクトロニクス研究センター
素粒子物理国際研究センター
吉岡 信行 准教授
研究当時:東京大学大学院工学系研究科 物理工学専攻 助教
論文情報
雑誌名:Nature Communications
題 名:Transition from the topological to the chaotic in the nonlinear Su–Schrieffer–Heeger model
著者名:Kazuki Sone*, Motohiko Ezawa, Zongping Gong, Taro Sawada, Nobuyuki Yoshioka, Takahiro Sagawa
DOI:10.1038/s41467-024-55237-3
URL:https://www.nature.com/articles/s41467-024-55237-3
研究助成
本研究は、JST ERATO「沙川情報エネルギー変換プロジェクト(課題番号:JPMJER2302)」、JSPS 科学研究費助成事業新学術領域(研究領域提案型)「情報物理学でひもとく生命の秩序と設計原理」の計画研究班「情報熱力学による生体情報処理の理論研究」(課題番号:JP19H05796)、JST CREST「電気回路によるトポロジカル量子計算方法の創生」(課題番号:JPMJCR20T2)、JST CREST「非古典スピン集積システム」(課題番号:JPMJCR20C1)、JSPS 科学研究費助成事業基盤研究(A)「トポロジカルMEMS工学の創生」(課題番号:23H00171)、JSPS 特別研究員奨励費「アクティブマターにおけるトポロジカル現象の研究」(課題番号:21J20199)、東京大学統合物質・情報国際卓越大学院(MERIT-WINGS)、東京大学卓越研究員制度、東京大学Beyond AI研究推進機構の支援により実施されました。
用語解説
(注1)線形、非線形
変数に比例するような項のみを持つ式を線形な式と呼びます。物質やシステムの時間発展を記述する式が線形であるとき、それらを線形系と呼び、そうでないとき非線形系と呼びます。線形系では重ね合わせの原理(注12)が成り立つため、そのダイナミクスは単調な周期解や減衰・増幅解の重ね合わせに分解することができます。一方で、非線形系ではそのような分解が行えないために、カオス(注3)のような複雑なダイナミクスが出現する可能性があります。
(注2)トポロジー、トポロジカル物質
柔らかい幾何学とも呼ばれるトポロジーは、図形などが持つ連続変形のもとで不変な性質を調べる数学の一分野です。トポロジーの手法を用いると、例えば穴の数が異なるドーナツと球は互いに連続変形でもう一方に変形することができないことを示すことができます。物質科学においても、同じように、連続変形でもう一方に変形することができない物質群が存在することを示すことができ、その中でエッジ状態(注8)を示す物質をトポロジカル物質と呼びます。
(注3)カオス
非線形なダイナミクスでは、初期状態の微小なずれが長期的に見ると状態の大きな変化につながることがしばしば見られます。このような初期条件の微小なずれが時間とともに増大し、長期の振る舞いが予測できなくなる現象をカオスと呼びます。カオスは空気の流れなどさまざまな場面で出現し、長期の天候予測など非線形な系の予測を困難にする要因となっています。
(注4)バルクエッジ対応
物質のバルク(注7)のトポロジーとその試料端に出現するエッジ状態(注8)の間の対応をバルクエッジ対応と呼びます。これはトポロジカル物質を調べる際の基本原理となっており、線形系では普遍的に成り立つことが示されています。一方で本研究では、非線形系においてこれが成り立たない場合があることを発見し、その原因がカオスへ転移する際の分岐(図1中の枝分かれ)であることを示しました。
(注5)バルクエッジ対応の破れ
バルクエッジ対応、すなわちバルクのトポロジーとエッジ状態の間の対応が非線形系では成り立たなくなることがあり、それをバルクエッジ対応の破れと呼びます。この場合、トポロジカルな構造をバルクが持っていたとしても、非線形効果によってエッジ状態が現れなくなります。このことは非線形性とトポロジーの組み合わせによって、新奇な物理現象が見られることを意味しています。
(注6)力学系理論
時間による変化の様子を記述する非線形な式を解析する数学の一分野です。特に、解の変化の様子や初期条件の微小なずれに対する安定性などの定性的な性質を調べることにより、カオスなど非線形系に特有な現象を解析することができます。
(注7)バルク
物質内部のことをバルクと呼びます。通常の物質のバルクでは、原子が周期的に並んでおり、その周期構造のトポロジカルな性質を調べることで、トポロジカル物質であるかどうかを判定することができます。
(注8)エッジ状態
トポロジカル物質は、そのトポロジーに対応する形で、試料端に局在する特殊な定常状態を持ち、これをエッジ状態と呼びます。トポロジーの連続変形のもとで不変という性質を反映して、このようなエッジ状態はノイズや不純物に対しても安定して存在できることが期待されます。
(注9)流体
気体や液体など、決まった形状を持たない物質を流体と呼びます。そのダイナミクスは流体方程式と呼ばれる非線形な方程式で記述されることが知られています。
(注10)光学メタマテリアル
形状を周期的になるように設計することで、光の振る舞いが真空中や通常の物質内部と異なるように制御するデバイスのことです。メタマテリアル中の光も強度が強くなると非線形な振る舞いが見られるようになります。
(注11)分岐図
図1のような、非線形なダイナミクスに対して長時間後に落ち着いた状態の振る舞いを図示したもので、ダイナミクスの変化に関する情報を持ちます。特に、枝分かれが起きる点がダイナミクスの振る舞いの変化点に対応します。また、カオスな振る舞いを示す領域では無数の乱雑な点が図示されるようになります。
(注12)重ね合わせの原理
線形なダイナミクスは2つ以上の解の和が再び同じ方程式の解となるという性質を持ち、これを重ね合わせの原理と呼びます。この原理によって線形系の現象は振幅の大きさなどに依存しません。
プレスリリース本文:PDFファイル
Nature Communications:https://www.nature.com/articles/s41467-024-55237-3