データ科学による核融合プラズマの閉じ込め性能予測の高精度化- 理論・シミュレーション・実験を結びつけるマルチフィデリティモデリング | テック・アイ技術情報研究所

データ科学による核融合プラズマの閉じ込め性能予測の高精度化- 理論・シミュレーション・実験を結びつけるマルチフィデリティモデリング

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2024-12-12 核融合科学研究所

概要

磁場閉じ込め型核融合炉※1の性能はプラズマ※2中で生じる乱流※3に大きく影響されます。このため、乱流によるエネルギーや粒子の輸送※4を正確に予測するモデル(乱流輸送モデル※5)を作ることは、核融合炉開発の重要な研究課題です。

核融合科学研究所の前山伸也准教授と京都大学大学院工学研究科の本多充教授らの研究グループは、マルチフィデリティ※6モデリングと呼ばれるデータ科学の手法を使って、核融合プラズマの乱流輸送モデルの予測精度を高めることに成功しました。マルチフィデリティモデリングとは、多数の低精度データと少数の高精度データを組み合わせ、全体の予測をより正確にする方法です。この手法により、これまでは難しかったシミュレーションの予測性と実験データの定量性という双方の利点を組み合わせることが可能になり、将来の核融合炉の性能を予測し、設計を改善するのに役立つと期待されます。

この研究成果をまとめた論文がScientific Reportsに12月12日に掲載されました。

研究背景

核融合エネルギー※7の研究は、エネルギー問題を解決する手段として世界中で進められています。磁場閉じ込め型核融合炉では、1億度以上の非常に高温なプラズマを強力な磁場で閉じ込めることで、核融合エネルギーを取り出すことを目指しています。その開発は、超伝導コイル、低放射化構造材料、ビーム・波動加熱装置など、多数の先端的な技術が関わる総合工学です。また、多数の荷電粒子と電磁場が複雑に相互作用するプラズマの振る舞いを予測し、コントロールすることは物理学的にも興味深い研究対象です。

プラズマ中で生じる乱流によるエネルギーや粒子の輸送を理解するために、理論的な研究やスーパーコンピュータを使った数値シミュレーション、実験での乱流計測などの研究が行われています。物理法則に基づく数値シミュレーションはプラズマの乱流輸送をある程度予測できているものの、実際の実験データと差異がある場合もあり、予測の定量的信頼性には課題が残っています。一方、実験データに基づく経験的な予測モデルも作られてきましたが、今ある実験装置で得られるデータだけでは、将来の核融合炉や実験装置に適用できるかが不確かです。

このように、理論・シミュレーションと実験から得られるデータにはそれぞれ長所と短所があり、どちらか一方だけでは十分に補えない部分があります。もし質・量ともに十分なデータがあれば、ニューラルネットワークなどの機械学習※8によって乱流輸送モデルを作ることは可能ですが、実際には、しばしばデータは不足しがちです。本当に知りたい、未だ実現されていない将来の核燃焼プラズマ※9を予測するためには、データの数が少なかったり、興味のあるパラメーター範囲を十分にカバーできていなかったりするのです。

研究成果

この問題を解決するために、「マルチフィデリティ」、日本語で言えば「多忠実度」という考え方を採用しました。マルチフィデリティモデリングは、予測に使いたい高精度なデータ(高フィデリティデータ)が少ない場合でも、その不足を補うために、精度は低くても数が多いデータ(低フィデリティデータ)を利用して予測精度を高める方法論です。本研究では、非線形自己回帰ガウス過程回帰(Nonlinear Auto-Regressive Gaussian Process regression, NARGP)というマルチフィデリティデータ融合手法を導入しました(図1)。通常の予測問題では、入力データと出力データのペアがデータセットとして与えられ、そのペアを基に予測モデルを作ります。しかし、マルチフィデリティ問題では、同じ入力に対して異なるフィデリティ(忠実度)を持つ複数の出力が存在します。NARGPの特徴的な考え方は、予測を行う際に単に入力データを基にした関数として表現するのではなく、低・高フィデリティデータ間の関係を取り込み、それを基にした関数として高フィデリティデータを予測する点にあります。この手法により、高フィデリティデータの不足を補い、全体的な予測精度を高めるように試みます。

データ科学による核融合プラズマの閉じ込め性能予測の高精度化- 理論・シミュレーション・実験を結びつけるマルチフィデリティモデリング図1. マルチフィデリティモデリングでは、入力データxに対して低フィデリティ出力データy0と高フィデリティ出力データy1が存在します。非線形自己回帰ガウス過程回帰(NARGP)では異なるフィデリティ間の相関を取り入れて予測モデルを作成します。


本研究では、(i)低・高解像度シミュレーションデータの統合、(ii)核融合プラズマ実験データに基づく乱流拡散係数の予測、(iii)簡易理論モデルと乱流シミュレーションデータの統合などの事例に適用し、マルチフィデリティデータ融合手法によってプラズマ乱流輸送モデルの予測精度が向上することを実証しました。理論・シミュレーションの持つ物理モデルに基づいた予測性を低フィデリティデータとして取り入れることで、高フィデリティデータとして予測したい定量的な実験データが不足していた場合も、その不足を補って予測精度を高めることができます(図2)。

>図2図2. 理論・シミュレーションによる乱流輸送の推値(実際には密度・温度・磁場などの多数のプラズマ状態に依存する高次元データ)を低フィデリティデータ、実験で観測されたプラズマ閉じ込め性能データを高フィデリティデータとして、低・高フィデリティデータ間の相関を取り入れることで、高フィデリティデータの不足を補い、より正確なプラズマ閉じ込め性能の予測モデルを作ることができます。

研究成果の意義と今後の展開

これまでの乱流輸送モデリング研究では、理論やシミュレーションによる物理モデルに基づいた予測を追求する方法と、既存の実験データに合うようにニューラルネットワークなどの機械学習モデルを構築する方法が主流で、これらは二極化したアプローチでした。本研究は、理論・シミュレーションの持つ物理モデルに基づく予測力と、実験データから得られる定量的な情報という両者の長所を組み合わせる新しいアプローチです。これにより、シミュレーションの知見と実験データの精度を兼ね備えた、将来の核燃焼プラズマに向けた予測方法を実現しようとしています。

マルチフィデリティモデリングの方法論は、シミュレーションと実験データに限らず、簡易理論とシミュレーション、低精度および高精度シミュレーションなど、多様なマルチフィデリティデータに適用できます。そのため、「少数の高精度データによって、計算は速いが低精度なモデルを改善することにより、高速かつ高精度な予測モデルを構築」するための汎用手法として、核融合プラズマの研究だけでなく他の分野への応用も期待できます。核融合炉の性能予測や設計の最適化に寄与するだけでなく、他分野での新しい技術開発にも役立つと考えられます。

【用語解説】

※1  磁場閉じ込め型核融合炉
核融合反応を持続させるために、強力な磁場を使ってプラズマを閉じ込める装置です。国際協力の下で建設されている核融合実験炉ITERで採用されているトカマク方式、核融合科学研究所のプラズマ実験装置、大型ヘリカル装置(LHD)に代表されるヘリカル方式などがあります。

※2  プラズマ
固体・液体・気体に次ぐ「第4の状態」であり、負電荷を帯びた電子と正電荷を帯びた原子核イオンが別々に飛び回る、非常に高温の電離気体です。磁場閉じ込め型核融合炉では、このプラズマ化して高速に運動する原子核同士が衝突した際に起こる核融合反応を利用します。

※3  乱流
流体が複雑な動きをする現象です。ここではプラズマも流体の一種とみなし、プラズマ中で電磁場の揺らぎを伴って起こるプラズマ乱流を指します。乱流によってプラズマ内のエネルギーや粒子が移動し、核融合炉のプラズマ閉じ込め効率に影響します。

※4  輸送
物理学における輸送とは、物質、運動量、熱などの物理量が移動することを指します。ここでは特に、プラズマ乱流が引き起こすエネルギーや粒子の輸送のことを(プラズマ)乱流輸送と呼びます。

※5  乱流輸送モデル
プラズマ乱流が引き起こすエネルギーや粒子の輸送を予測するためのモデルです。高速かつ正確なモデルがあると、核融合炉の閉じ込め性能予測や設計の効率化に役立ちます。

※6  フィデリティ(忠実度)
データの精度や信頼度のことです。「マルチフィデリティ」は異なるフィデリティのデータが複数あることを意味しています。ここでは特に、高フィデリティデータは高い精度を持つが数が少ないデータを、低フィデリティデータは精度が低い代わりに数が多いデータを指します。

※7  核融合エネルギー
非常に高温の条件下で原子の核が結びつく「核融合反応」により放出されるエネルギーです。太陽のエネルギーもこの核融合によるもので、安全性が高く大量のエネルギーを得られる可能性があります。

※8  機械学習
コンピュータアルゴリズムにより、データからパターンやルールを学び、新たなデータに対して予測や判断を行う技術です。

※9  核燃焼プラズマ
核融合反応が起こっているプラズマのことです。核融合反応が起こっていないプラズマは外部からの粒子供給や加熱により維持されます。一方、核燃焼プラズマでは核融合反応によるプラズマ内部での核種変換や核融合生成高エネルギー粒子による自己加熱などの自律機構と両立した超高温プラズマの制御が求められます。

【論文情報】

雑誌名:Scientific Reports
題名:Multi-Fidelity Information Fusion for Turbulent Transport Modeling in Magnetic Fusion Plasma
著者名:Shinya Maeyama1, Mitsuru Honda2, Emi Narita2, and Shinichiro Toda1,3
1National Institute for Fusion Science, Toki, Gifu 509-5292, Japan
2Graduate School of Engineering, Kyoto University, Nishikyo, Kyoto 615-8530, Japan
3The Graduate University for Advanced Studies, SOKENDAI, Toki, Gifu 509-5292, Japan
DOI: 10.1038/s41598-024-78394-3
URL: https://doi.org/10.1038/s41598-024-78394-3

【研究サポート】

本研究は科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業さきがけ「複雑な流動・輸送現象の解明・予測・制御に向けた新しい流体科学(研究総括:後藤晋)」における研究課題「磁化プラズマ乱流のマルチスケール・マルチフィデリティモデリング(研究代表:前山伸也、JPMJPR23OB)」、および、核融合科学研究所一般共同研究課題 (NIFS22KIST023, NIFS23KIST041)、HPCIシステム利用研究課題(hp240166)の支援を受けました。本研究では以下のスーパーコンピュータを利用しました:「富岳」(理化学研究所計算科学研究センター)、JFRS-1(国際核融合エネルギー研究センター計算機シミュレーションセンター)、プラズマシミュレータ雷神(核融合科学研究所)。

【本件のお問い合わせ先】

大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 核融合科学研究所
管理部 総務企画課 対外協力係

2001原子炉システムの設計及び建設
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