2024-11-06 株式会社東芝
概要
東芝は、リチウムイオン電池の酸化物負極を低コスト・低環境負荷でリサイクルする手法を開発しました。電池においては、欧州で2023年8月に、カーボンフットプリント(CFP)の申告の義務化を含む、製品のライフサイクル全体で高い環境配慮性を実現することをルール化する「欧州電池規則」が施行され、グローバルで本規則への対応が急がれています。今般東芝は、高出力・長寿命な特長を持つ酸化物負極リチウムイオン電池について、簡易な熱処理のみでリサイクルできる「ダイレクトリサイクル手法(以下、本手法)」を開発し、本手法の効果を実証しました。
本手法は、安定した結晶構造を有する酸化物活物質の特徴を生かし、「活物質」を元素に戻すことなく活物質のままリサイクルする手法(ダイレクトリサイクル)を用いています。活物質は、酸化還元反応を利用して電気を貯める物質です。活物質は「集電箔」と呼ぶ薄い金属シートに塗布されており、この集電箔を通して電気を活物質に貯めたり、取り出したりします。本手法は、活物質の構造の安定性を利用し、熱処理のみの簡易な手法で活物質を活物質の状態のまま負極電極の集電箔から分離することが可能です。活物質の構造が安定していることから再活性する複雑なプロセスが不要で、低コストで活物質を再利用できることが特長です。また、一般的な電極のリサイクルで用いられる手法と比較して低温で処理することができることから、低環境負荷でリサイクルすることができます。東芝は、一度も使われたことがない「バージン材」と、本手法によりリサイクルした「リサイクル材」を比較し、最大85%のCFPを低減できることを試算しました。
さらに、東芝が開発したニオブチタン酸化物(Niobium Titanium Oxide、以下NTO)負極電池の負極に本手法を適用し、再生した電極で作製した電池の性能を評価したところ、リサイクルした電極でも新品と同等の97%以上の活物質容量を持ち、充放電に伴う容量低下も新品と同等で長寿命が確保できることを確認しました。
本成果は、論文誌Sustainable Materials and Technologiesに掲載されました。
開発の背景
カーボンニュートラル社会の実現に向け、自動車をはじめとしたさまざまなモビリティの電動化が世界的に進む中、リチウムイオン電池は必要不可欠な部品となっています。
そのような中、資源循環や環境負荷の観点から、欧州においては昨年「欧州電池規則」が施行され、国内においても2022年に蓄電池のサプライチェーン構築を目指して経済産業省が「蓄電池のサステナビリティに関する研究会」を発足するなど、リチウムイオン電池のリサイクルと製品のCFPの低減に対するニーズがグローバルで高まっています。
こうしたニーズを受け、現在、コバルト、ニッケルを含む正極材のリサイクルは進んでいますが、一般的なリチウムイオン電池の負極材である黒鉛は、長時間の使用による構造変化や劣化に伴う反応物の付着などで再生に必要な工程が複雑となるため、コスト面での課題が大きく、リサイクルが進んでいないのが実態です。しかし、電池においては、負極材は正極材同様に一定のCFPがあるため、リサイクルによるCFP削減が必要で、簡易なリサイクル手法の開発が求められていました。東芝は、黒鉛負極の電池よりも高出力・長寿命で、今後電動化が期待される商用車向けに適した酸化物負極電池を開発しており、今般、黒鉛と比較してリサイクルしやすい酸化物負極の特徴を生かして、そのリサイクル手法を開発しました。
電池の活物質のリサイクルには、活物質を構成元素まで分解して回収後、再度、活物質を合成するリサイクル方法の他に、活物質の構造を維持したまま再利用する「ダイレクトリサイクル」があります。構成元素まで分解するリサイクルは、再度活物質として利用するための再合成にエネルギーを必要としますが、ダイレクトリサイクルでは活物質の再合成が不要なことから、コストと環境負荷が小さく、近年研究開発が進められています。
本技術の特長
東芝はこうしたニーズを踏まえ、高出力で長寿命である酸化物負極電池に対する「ダイレクトリサイクル技術」を開発し、酸化物負極電極から活物質の構造や特性を維持したまま集電箔と分離し、そのまま再利用できることを実証しました。
ダイレクトリサイクルを実現するためには、リサイクルプロセスにおいて活物質の構造安定性が重要になります。酸化物負極材の中でも、東芝が開発する酸化物負極粒子であるNTOは、安定した活物質構造を持っています。この特長を生かして、熱処理を行うことにより、活物質の特性を維持したまま負極中のNTOを接着するバインダー成分を分解し、集電箔から剥離を促して容易に分離・回収する手法を開発しました(図1)。また本手法は、電極のリサイクルで行われる熱処理の中では低温で処理することができるとともに、回収した活物質は、不純物成分を除去した後、そのまま再利用することが可能です。
東芝は、電池製造の工程で出る廃材を模擬した電極、およびEOL(End of Life)までの劣化を模擬した電池からリサイクルしたNTOを用いて電極を作製し、電池にして性能を評価したところ、活物質の性能の指標である活物質容量は新品と同等の97%以上を維持していることを確認しました。また、充放電を繰り返しても、新品と同等の容量を維持し、長寿命であることを確認しました(図2)。
図1:リサイクル前の負極材(左)とリサイクル後の回収した集電箔と活物質(右)
図2:バージン材、電池製造工程における廃材(工程廃材)を模擬した電極からリサイクルした活物質、EOL(End of Life)までの劣化を模擬した電池からリサイクルした活物質の性能比較 活物質容量(左)、サイクル特性(右)
今後の展望
東芝は、まずは工場で出る電極の端材などの廃材をターゲットとしてリサイクル手法の確立を進めるとともに、市場から廃電池が回収される時期を見据え、リサイクル材を製品に組み込む再生の枠組みや、NTO負極セルを市場から回収しリサイクルする循環スキームの確立を目指します。