SPring-8光源大改修の設計指針を公表~グリーン加速器へ大変身~

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2024-10-24 理化学研究所,高輝度光科学研究センター

理化学研究所(理研)放射光科学研究センターの田中 均 副センター長、先端放射光施設開発研究部門の後藤 俊治 部門長、高輝度光科学研究センター(JASRI)加速器部門の渡部 貴宏 部門長らの共同研究チームは、ユーザー運転開始から約30年が経過した大型放射光施設「SPring-8」[1]の老朽化対策、性能の大幅な向上と電力削減を同時に満たすグリーン[2]大改修(SPring-8-Ⅱ[3])の設計指針を公表しました。

今回の大改修では、挿入光源[4]技術の進歩を取り入れた蓄積電子エネルギーの低減、偏向電磁石から永久磁石への置き換え、併設するX線自由電子レーザー(XFEL)[5]施設「SACLA[6]」の線型加速器の入射器としての時間分割利用[7]、マルチベンドアクロマット(MBA)ラティス[8]の採用による最小到達エミッタンス[9]を組み合わせ、消費電力を半減させつつ、光源輝度[10]を約100倍向上させます。

本成果は、放射光科学分野で国際的に最も権威のある科学雑誌『Journal of Synchrotron Radiation』オンライン版(10月24日付:日本時間10月24日)に掲載されました。

背景

大型放射光施設「SPring-8」は1991年から建設が始まり、光源の心臓部を担う加速器システムは運転開始から30年近くが経過しています。そのため、老朽化が甚だしく、安定した信頼性の高い運転の継続が難しい状況です。加えて、同様の海外放射光施設の更新が先行して進められ、SPring-8の光源としての国際競争力の維持が困難な状況にもなっています。よって、早期にSPring-8放射光施設の大規模改修に着手する必要がありました。

この大規模改修では、2050年までのカーボンニュートラルの達成に向け、社会・生産基盤のグリーン化[2]の加速が求められる中、光源性能の飛躍的な向上と同時に、どのように要素機器の小型化(省資源化・カーボンフットプリント(CFP)[11]の削減)と使用電力の削減(省エネルギー化・高効率化)を達成していくかが課題とされていました。

研究手法と成果

SPring-8-Ⅱの大規模改修は、既に稼働している放射光源の大改修であることから、(i)既存のリングトンネルの再利用、(ii)全ての挿入光源ビームラインの光軸の維持、(iii)現在の利用可能なスペクトル領域の維持、(iv)運転停止期間の最小化(1年程度)という制約が課せられます。これらの制約の中で、性能の大幅な向上、老朽化対策と電力削減を実現するため、SPring-8とSACLAの高度化とユーザー運転の経験で得た知識を基に、以下のようなシステム構成を立案しました。

性能の大幅な向上は、SPring-8の主要ターゲットが硬X線領域であることを考慮し、電子ビームエミッタンスが50~110pm.rad(pm:ピコ(1兆分の1)メートル、rad:ラジアンは角度の単位)の範囲で調整可能な設計としました。エミッタンスの調整は、長直線部に設置するダンピングウィグラー(DW)[12]により行います。この設計コンセプトにより、SACLAからの高品質入射ビームを利用したオフアクシスビーム入射[13]が可能なリングの安定領域が確保でき、標準アンジュレータ[14]において約2桁の輝度増大(図1)を達成できます。

SPring-8光源大改修の設計指針を公表~グリーン加速器へ大変身~
図1 SPring-8とSPring-8-Ⅱのアンジュレータ放射の輝度の比較
SPring-8-Ⅱの標準アンジュレータの輝度は、SPring-8よりも2桁ほど高くなると見込まれる。pm:ピコ(1兆分の1)メートル、nm:ナノ(10億分の1)メートル。rad:角度の単位。


蓄積リングは一新されますが、リング専用の入射器とその特高変電所(大電力を効率よく送電するための高電圧を、通常の機器が使用可能な低電圧レベルに変換する設備)の老朽化対策が課題として残ります。この更新には、巨額の費用がかかり、簡単に性能向上が見込めないため、それらを更新するのではなく、全てをシャットダウンし、ビーム入射器の役割を、併設する新しいSACLAの線型加速器に担わせるスキーム(図2)を考えました。これは老朽化対策のコストを削減するだけでなく、施設の電力消費削減にもつながります。SACLAの運転電力を増やさずに、リングへビームを入射させるスキームを実現するため、線型加速器を時間分割で利用できるように2016年から必要な開発と整備を進めました。この結果、2021年4月から、SPring-8-Ⅱに先行する形でSACLA線型加速器からの現SPring-8へのビーム入射をユーザー運転に導入し、同年8月にリング専用の入射器とその特高変電所をシャットダウンすることができました注1)。完成したシステムは、SPring-8-Ⅱのビーム入射を担います。

SACLAの線型加速器のリングビーム入射器としての時間分割利用の図
図2 SACLAの線型加速器のリングビーム入射器としての時間分割利用
リング専用の入射器などを運用停止し、ビーム入射器の役割を新しいSACLAの線型加速器に担わせる。線型加速器の時間分割利用により、SACLAの運転電力を増やことなくリングへビームを入射できる。


電力削減、省資源化に関しては、下記三つの省電力化を組み合わせることで、SPring-8-Ⅱ以降の消費電力量を2021年3月までと比べて半減できる見込みです(図3)。

(i)蓄積ビームエネルギーを8から6ギガ電子ボルト(GeV、1GeVは10億電子ボルト)に下げる一方、アンジュレータの周期長を短く(例えば標準型で32mmを22mm)して短波長のスペクトル領域を維持する。
(ii)全ての偏向電磁石を永久磁石に置き換える。
(iii)リングの専用入射器をシャットダウンして、SACLAの線型加速器をリングの入射器として時間分割使用する。

SPring-8のグリーン大改修による電力削減効果の図
図3 SPring-8のグリーン大改修による電力削減効果
蓄積ビームエネルギーを下げたり、偏向磁石を電磁石型から永久磁石型に変換したりするなどして、大改修したSPring-8-Ⅱは、性能が飛躍的に向上する一方で、消費電力量が半減する見込み。

注1)2021年11月23日プレスリリース「SPring-8-IIに向けSACLAを高性能入射器として利用

今後の期待

2027年度から現SPring-8を停止し、加速器の大改修を行うことを目指し、2025年度からその計画(SPring-8-Ⅱ)をスタートさせるためのさまざまな協議・準備が行われています。SPring-8には、光源高度化の長年の積み上げとSACLAの高度化、ならびに運転の経験が施設に蓄積されています。リング光源の性能が上がるにつれて、その運転は難度の高いものになりますが、XFELで培った経験と知識を十二分に活用しながら、高性能のSPring-8-Ⅱのフル活用を早期に実現し、他施設に先んじて、未踏のサイエンスを切り開くことが期待されます。

補足説明

1.大型放射光施設「SPring-8」
理研が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界でもトップクラスの放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援などはJASRIが行っている。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来する。放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。

2.グリーン、グリーン化
グリーンとは、省エネルギー・省資源で、持続的発展が可能な特性を指し、グリーン化とは、施設やシステムを持続的発展が可能な省エネルギー・省資源な形態に変えていくことを表す。SACLAやSPring-8の利用実験を通じて地球温暖化や天然資源の枯渇などの環境問題に対処するためのイノベーションを創出することで、持続可能な社会の実現に貢献するとともに、施設自体もグリーン化していくことが要請される注2)

注2)2021年8月23日お知らせ「SPring-8・SACLA グリーンファシリティ宣言

3.SPring-8-Ⅱ
SPring-8の大幅な性能向上を目指した次期計画の名称。「8-Ⅱ」には電子ビームの蓄積エネルギーを8から6GeVへ下げる(8マイナス2)という意味も込められている。

4.挿入光源
蓄積リングのフリーな直線部に設置する光源の総称。電子ビームを交番磁場(向きが入れ替わる磁場)で周期的に蛇行させ前方に強い放射光を発生させる。蛇行の振幅を小さくして、干渉により特定の波長のシャープなスペクトルを生成するアンジュレータと、大きく蛇行させ広帯域に明るい光を発生するウィグラーの2種類がある。

5.X線自由電子レーザー(XFEL)
X線領域におけるレーザーのこと。従来の半導体や気体を発振媒体とするレーザーとは異なり、真空中を高速で移動する電子ビーム(自由電子)を媒体とするため、原理的な波長の制限はない。また、数フェムト秒(1フェムト秒は1,000兆分の1秒)の超短パルスを出力する。XFELはX-ray free electron laserの略。

6.SACLA
理研とJASRIが共同で建設した日本で初めてのXFEL施設。2011年3月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAserの頭文字を取ってSACLA(サクラ)と命名された。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から共用運転が開始され、利用実験が行われている。大きさが諸外国の同様の施設と比べて数分の1とコンパクトであるにもかかわらず、0.1ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)以下という世界最短波長級のレーザーの生成能力を持つ。

7.時間分割利用
英語ではタイムシェアリングユース。一つのシステムを、時間を分割して複数のユーザーや機器で使用すること。SPring-8-Ⅱでは、SACLAの線型加速器の電子ビーム(60パルス/秒)をXFELの発生とリングへのビーム入射にパルスごとに使い分ける。このため線型加速器の運転電力は増えない。

8.マルチベンドアクロマット(MBA)ラティス
ラティスとは、放射光リングを構成する磁石の単位構造のことを指し、ラティスが4以上の偏向磁石から構成され、かつラティスの両端でエネルギー分散関数がゼロに閉じる条件を満たす場合をマルチベンドアクロマット(MBA)ラティスと呼ぶ。エミッタンス([9]を参照)が偏向磁石の偏向角の3乗に依存するため、回折限界光源と呼ばれる最近の低エミッタンスリングでは、マルチベンドアクロマットラティスが採用されている。MBAはmulti-bend achromatの略。

9.エミッタンス
ビームの断面積と角度広がりをかけた値で、電子ビームの品質を表す指標の一つ。エミッタンスが大きいと低品質で大きく広がりやすい電子ビーム、エミッタンスが小さいと小さくシャープで良質な電子ビームといえる。単位はnm-radなど。

10.光源輝度
電子ビームから放出される単位時間(秒)、単位バンド幅(0.1%)、単位立体角(1mrad2)、単位光源サイズ(mm2)、単位蓄積電流(100mA)当たりの光子数。この値が大きいほど、小さいサンプルに特定の光子エネルギーの多くの光子を照射することができる。

11.カーボンフットプリント(CFP)
商品やサービスの原材料調達から廃棄・リサイクルに至るまでのライフサイクル全体を通して排出される温室効果ガスの排出量をCO2に換算した指標。CFPはcarbon footprintの略。

12.ダンピングウィグラー(DW)
電子ビームのエミッタンスを低減するため、磁石により電子を蛇行させて放射光を発生させる装置。SPring-8-Ⅱでは、4本の長直線部にこのダンピングウィグラーの設置が可能となっている。DWはdamping wigglerの略。

13.オフアクシスビーム入射
電子ビームを軌道上に入射させる手法の一つ。電子ビームを直接軌道上に導きたいが、そこには以前に入射した電子ビームが周回している。そこで、周回ビームを弾き飛ばすことなく、軌道上へ入射ビームを落とし込むため、軌道から数ミリずれたところに電子ビームを入射させて、放射減衰で電子ビームの振動を軌道へ収斂(しゅうれん)させる入射方式。

14.アンジュレータ
NとSの磁極を交互に上下に配置し、その間を通り抜ける電子を周期的に小さく蛇行させ、特定の波長を持った光を作り出す装置。

原論文情報

Hitoshi Tanaka, Takahiro Watanabe, Toshinori Abe, Noriyoshi Azumi, Tsuyoshi Aoki, Hideki Dewa, Takahiro Fujita, Kenji Fukami, Toru Fukui, Toru Hara, Toshihiko Hiraiwa, Kei Imamura, Takahiro Inagaki, Eito Iwai, Akihiro Kagamihata, Morihiro Kawase, Yuichiro Kida, Chikara Kondo, Hirokazu Maesaka, Tamotsu Magome, Mitsuhiro Masaki, Takemasa Masuda, Shinichi Matsubara, Sakuo Matsui, Takashi Ohshima, Masaya Oishi, Takamitsu Seike, Masazumi Shoji, Kouichi Soutome, Takashi Sugimoto, Shinji Suzuki, Minori Tajima, Shiro Takano, Kazuhiro Tamura, Takashi Tanaka, Tsutomu Taniuchi, Yukiko Taniuchi, Kazuaki Togawa, Takato Tomai, Yosuke Ueda, Hiroshi Yamaguchi, Makina Yabashi, and Tetsuya Ishikawa, “Green Upgrading of SPring-8 to Produce Stable, Ultrabrilliant Hard X-ray Beams”, Journal of Synchrotron Radiation, 10.1107/S1600577524008348

発表者

理化学研究所
放射光科学研究センター
副センター長 田中 均(タナカ ヒトシ)
先端放射光施設開発研究部門
部門長 後藤 俊治(ゴトウ・シュンジ)

高輝度光科学研究センター 加速器部門
部門長 渡部 貴宏(ワタナベ・タカヒロ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課

2004放射線利用
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