世界最高速のラマン分光法を実現~ 従来比100倍の高速化により、分子科学の最前線を切り拓く解析技術を提供~

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2024-10-23 東京大学

発表のポイント

  • 世界最速のラマン分光技術「タイムストレッチコヒーレントストークスラマン散乱(TS-CSRS)分光法」を開発し、50,000,000スペクトル/秒という前例のない測定速度を達成しました。
  • 超短パルス光を用いたコヒーレントラマン分光技術に、光ファイバーを利用した時間伸張(タイムストレッチ)検出技術を組み合わせることで、従来の最高速と比べて100倍以上の高速計測を実現しました。
  • 分子の構造変化などの超高速現象の観測や、顕微イメージングやフローサイトメトリーといった高スループット計測への応用が期待されます。

世界最高速のラマン分光法を実現~ 従来比100倍の高速化により、分子科学の最前線を切り拓く解析技術を提供~
開発した光学システムの一部。特殊な鏡で光を反射させることでパルス幅の調整を行っている。

発表概要

東京大学大学院理学系研究科附属フォトンサイエンス研究機構の井手口拓郎准教授らの研究グループは、ラマン散乱分光法の測定速度を飛躍的に向上させる「タイムストレッチコヒーレントストークスラマン散乱(TS-CSRS)分光法」を開発し、世界最高速となる50,000,000スペクトル/秒という、従来の最高速と比べて100倍以上の高速計測を達成しました。本技術は、従来技術の限界を大幅に超え、非可逆的な現象の解析や高スループット計測においても新たな可能性を切り拓きます。

発表内容

ラマン散乱分光法は、光が物質と相互作用する際に生じる分子の振動や回転に基づいた散乱光の周波数シフトを利用する分光技術であり、各分子の固有の振動スペクトルを得ることができます。このスペクトルは分子指紋とも呼ばれ、分子構造や成分の特定に活用され、非破壊的かつ迅速にサンプルの化学組成を分析できます。ラマン散乱は、固体、液体、気体といった多様な状態のサンプルに適用可能であり、特に水の影響を受けにくいため、水溶液中の分子や生体試料の観測にも優れた能力を発揮します。従来のラマン散乱分光法では、微弱な散乱信号や長い測定時間が課題となっていましたが、近年、さまざまな高速化手法が開発され、測定速度は500,000スペクトル/秒にまで達していました。

本研究チームは、超短パルス光(注1)によるコヒーレントラマン分光(注2)と光ファイバーを用いた時間伸張(タイムストレッチ)技術(注3)を組み合わせ、50,000,000スペクトル/秒という世界最高速の計測を実現しました(図1)。コヒーレントラマン分光は、超短パルス光を用いて高効率にラマン散乱を行う手法であり、近年、これを用いた様々なシステムが高速計測を実現してきました。本研究では、特に高効率な手法であるインパルシブ誘導ラマン散乱(注4)を発生させる方法を採用し、検出には、単一パルスのスペクトルを連続して高感度に計測可能なタイムストレッチ分光法を用いました。これらの技術を活用することで、かつてない速度での計測が可能となりました。また、同研究チームは近年、同程度の計測速度で赤外分光スペクトルを取得可能なタイムストレッチ赤外分光(TS-IR)の開発にも成功しており(プレスリリース①参照)、主要な振動分光(注5)である赤外分光とラマン分光の双方において世界最高速の技術を実現しています。


図1.タイムストレッチコヒーレントストークスラマン散乱(TS-CSRS)分光法。a, システムの概略図。b, 計測した時間波形。20 nsおきに時間伸長されたスペクトルが検出されている。c, 横軸を波数に変換したクロロホルムの広帯域ラマンスペクトル。

開発した技術により、これまで観測が困難であった高速現象や非可逆的な現象をリアルタイムで観測することが可能となります。さらに、ラベルフリーで化学情報を取得する顕微イメージングやフローサイトメトリー(注6)などの高速化への応用も期待されています。

〇関連情報:
「プレスリリース①:光の波長変換を活用した超高速赤外分光法を開発」(2023/3/4)>

論文情報
雑誌名
Ultrafast Science論文タイトル
Broadband Coherent Raman Scattering Spectroscopy at 50,000,000 Spectra per Second

著者
Takuma Nakamura, Kazuki Hashimoto, and Takuro Ideguchi*(*責任著者)

DOI番号 10.34133/ultrafastscience.0076

研究助成

本研究は、科研費(課題番号:20H00125, 21K20500, 23H00273)」、光科学技術研究振興財団、中谷医工計測技術振興財団、UTEC-UTokyo FSI Research Grant Programの支援により実施されました。

用語解説

注1  超短パルス光
フェムト秒(10-15秒)からピコ秒(10-12秒)の非常に短い時間だけ発せられるレーザー光。

注2  コヒーレントラマン分光
分子に超短パルス光を当て、分子の振動を高効率に観測する手法。通常のラマン分光より高速に計測ができる。

注3  タイムストレッチ技術
光パルスを伸張することで、各パルスのスペクトルを時間波形として観測可能にする技術。

注4  インパルシブ誘導ラマン散乱
超短パルス光により分子を瞬時的に振動させて振動情報を取得する方法。効率的に分子の振動スペクトルを得られる。

注5  振動分光
分子の振動に基づいて、その構造や化学的性質を調べる分光技術。ラマン分光や赤外分光が代表的。

注6  フローサイトメトリー
細胞を高速で流しながら、サイズや形状、内部の成分を光で測定する技術。生物学や医療分野で広く使われている。

1700応用理学一般
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