2024-10-01 国立極地研究所,気象庁 気象研究所,名古屋大学,東京大学
国立極地研究所の當房豊准教授を中心とする、気象研究所、名古屋大学、東京大学、ノルウェー大気研究所(NILU)との国際共同研究グループは、気温上昇により北極陸域の雪氷の融解が進むことで、雲の中での氷晶(氷の微小な結晶)の形成を強力に促進する性質を持つエアロゾルが大気中に飛散しやすくなり、それらの濃度が劇的に増加することを明らかにしました。このことは、温暖化の影響によって、北極域上空の雲の中では氷晶の形成が起きにくくなると予測されていた従来の仮説を修正し得る発見になります。本成果は、北極域上空の雲の生成・消失過程を理解する上での重要な手がかりとなり、北極域で急速に進行する温暖化によって生じるエアロゾルや雲の変化の予測精度の向上につながると期待されます。
図1:本研究の成果概要
研究の背景
北極域上空では、下層雲(数キロメートル以下の低い高度で見られる雲)が年間を通して頻繁に発生することが知られています。このような下層雲は、氷晶と過冷却状態の水滴(0℃以下でも凍結していない雲粒)の両方を含んでいることが多く、氷晶と水滴の割合によって雲の光学的厚さ(注1)や寿命が大きく変化します。例えば、氷晶の割合が高くなるほど、光学的に薄くて消失しやすい雲になり、水滴の割合が高くなるほど、光学的に厚くて消失しにくい雲になると考えられています。つまり、下層雲内における氷晶と水滴の割合の変化は、北極域における放射収支や水循環などに大きな影響を及ぼすことになります。現在、北極域では急速な温暖化が進んでいることから、気温上昇によって下層雲がどのように変化するかを理解することは、気候変動の研究分野における最重要課題の1つとなっています。
一般的には、北極域の気温が上昇した場合、下層雲内での氷晶の形成が起きにくくなることで、水滴の割合が増加し、より光学的に厚みのある雲へと変化していくと予測されています。ただし、この予測では、下層雲の形成にかかわるエアロゾルの影響が考慮されていないという問題があります。北極域上空の下層雲内での氷晶の形成は、雲の中に含まれる一部の固形のエアロゾルが氷晶核(注2)として機能することによって誘発されるため(図1)、そのようなエアロゾルの氷晶の作りやすさの度合い(氷晶核としての能力)や濃度の増減などにも大きく左右されると考えられます。したがって、気温上昇に伴う北極域の下層雲の変化を正しく評価するためには、氷晶核として働くエアロゾルの影響を考慮する必要があります。しかし、北極域における氷晶核として働くエアロゾルの観測事例は非常に少なく、それも数日~数か月以内の短い期間の観測事例に限られていました。
研究の内容
本研究では、2019年9月から約1年間にわたって実施された国際北極観測プロジェクトMOSAiC(注3)の期間にあわせて、(注4)にあるツェッペリン山観測所(海抜474メートル)で、-30℃~0℃の温度域で氷晶核として働くエアロゾルの濃度(単位は個/L)を連続的に計測しました。その結果、スバールバル諸島の複数の地点で地表気温が0℃以上に達し、積雪が溶けて地表⾯が露出する4⽉中旬~9⽉にかけて、その上空の⼤気中において氷晶核として働くエアロゾルの濃度が⼤幅に増加していたことが明らかになりました(図2)。このような濃度の増加傾向は、氷晶の形成温度としては高めの約-15℃以上の温度域でも氷晶核として働くエアロゾルで特に顕著に見られました。また、それらの濃度が増加する期間に、鉱物ダストやバイオエアロゾル(真菌胞子などの生物由来のエアロゾル)などが数多く存在していたことも確認されました(図3)。スバールバル諸島の地表面が露出した場所には、植生が少ないアウトウォッシュ・プレーン(注5)やコケ植物・地衣類などの植生で覆われたツンドラが分布することから、気温上昇によって雪氷が融解したこれらの場所から鉱物ダストやバイオエアロゾルなどの自然起源のエアロゾルの放出量が増えたことにより、約-15℃以上の温度域でも氷晶核として働くエアロゾルの濃度の大幅な増加が生じたのだと考えられます(図1)。
図2:スバールバル諸島(左)のツェッペリン山観測所で計測された氷晶核の濃度(右上)とニーオルスンとロングイヤービンで計測された地表気温と積雪の深さ(右下)の変化
図3:2020年7月にツェッペリン山観測所で採取されたエアロゾルの電子顕微鏡写真
今後の展望
本研究では、スバールバル諸島での約1年間に及ぶ連続観測の結果、気温上昇によって比較的高い温度域でも氷晶核として働く(つまり、氷晶の形成を強力に促進する性質を持つ)エアロゾルが増加する可能性が高いことを初めて明らかにしました。北極域での気温上昇によって下層雲内での氷晶の形成が起きにくくなると予測されていましたが、氷晶の形成を強力に促進する性質を持つエアロゾルが増加することは、これまでの予測では想定されていなかった新たな知見です。現在、北極域で急速に進行している温暖化の影響によって、氷晶核として働くエアロゾルが中~長期的にどのように変動し、さらに北極域上空の下層雲内での氷晶の形成、下層雲の放射特性や寿命などにどのような影響をもたらすのかを詳しく理解することは、今後の重要な課題だと考えています。
発表論文
掲載誌: Communications Earth & Environment
タイトル: Surface warming in Svalbard may have led to increases in highly active ice-nucleating particles
著者:
當房 豊(国立極地研究所/総合研究大学院大学)
足立 光司(気象研究所)
河合 慶(名古屋大学大学院環境学研究科)
松井 仁志(名古屋大学大学院環境学研究科)
大畑 祥(名古屋大学宇宙地球環境研究所)
大島 長(気象研究所)
近藤 豊(国立極地研究所)
Ove Hermansen(ノルウェー大気研究所)
内田 雅己(国立極地研究所/総合研究大学院大学)
猪上 淳(国立極地研究所/総合研究大学院大学)
小池 真(東京大学大学院理学系研究科)
URL:https://www.nature.com/articles/s43247-024-01677-0
DOI:10.1038/s43247-024-01677-0
論文公開日:2024年9月18日
研究サポート
本研究はJSPS科研費(JP19H01972、JP20H00638、JP22H01294、JP22H03722、JP23H00523、JP23H03531、JP23KK0067、JP23K18519、JP23K24976、JP24H00761)、北極域研究推進プロジェクト(ArCS、JPMXD1300000000)、北極域研究加速プロジェクト(ArCS II、JPMXD1420318865)、環境省・(独)環境再生保全機構・環境研究総合推進費(JPMEERF20172003、JPMEERF20202003、JPMEERF20232001)、環境省・地球環境保全試験研究費(MLIT1753、MLIT2253)の助成を受けて実施されました。
注
注1:雲の光学的厚さ
雲の中を放射が通過するときの減衰の程度を表す量。光学的に厚い雲ほど、白夜期においては太陽光を反射して地表を冷やす効果が強く、極夜期においては地表からの赤外線放射を吸収して地表の冷却を抑える(温める)効果が強い。
注2:氷晶核
大気中で氷晶が形成される際に、「核」として働く性質をもつエアロゾルのこと。一般的には、固体の微粒子であることが多い。氷晶核として働くエアロゾルが存在しない場合、温度が約-36℃以下にならないと、雲の中での氷晶の形成は起きない。
注3:MOSAiC(Multidisciplinary drifting Observatory for the Study of Arctic Climate)
2019年月から2020年10月の期間、ドイツの研究砕氷船「ポーラーシュテルン」を用いて北極海で実施された国際北極海横断漂流プロジェクト。
注4:スバールバル諸島における温暖化傾向
北極域では地球の平均に比べて3~4倍の早さで温暖化が進行していると言われているが、スバールバル諸島及びその周辺での温暖化傾向はさらに深刻で、地球の平均の5~7倍の速さで温暖化が進行中であることが指摘されている。
注5:アウトウォッシュ・プレーン
氷河末端から流れだす網状の流路をもつ水流により、氷河の前面に形成される扇状地状の堆積平野地形。植生がほとんどなく、氷河の浸食作用によって細粒化された微粒子を多く含んでいることから、北極域から発生する鉱物ダストの主な供給源になっていると言われている。
お問い合わせ先
研究内容について
国立極地研究所 先端研究推進系 気水圏研究グループ 當房 豊(とうぼう ゆたか)
気象研究所 全球大気海洋研究部 第三研究室 足立 光司(あだち こうじ)
名古屋大学大学院環境学研究科 松井 仁志(まつい ひとし)
東京大学大学院理学系研究科 小池 真(こいけ まこと)
報道について
国立極地研究所 広報室
気象研究所 企画室
名古屋大学総務部 広報課
東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室