細胞解析の新展開:世界最高速の蛍光寿命顕微鏡を開発

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2024-09-04 東京大学

発表のポイント

  • 蛍光の強度を測定する一般的な蛍光顕微鏡とは異なり、蛍光物質の発光寿命を測定できる世界最高速の蛍光寿命顕微鏡を開発しました。
  • 開発した蛍光寿命顕微鏡を用いて、微小流路を流れる細胞を10,000細胞/秒を超える速度で撮影し、多数の細胞の蛍光寿命画像解析を世界で初めて行いました。
  • 本研究で開発した蛍光寿命顕微鏡は、多数の細胞を短時間で詳細に解析できる手法として、今後の細胞生物学、病理学、薬理学などに貢献することが期待されます。

細胞解析の新展開:世界最高速の蛍光寿命顕微鏡を開発
世界最高速の蛍光寿命顕微鏡で1秒以内に撮影した1万個の白血病細胞画像群

発表概要

東京大学大学院理学系研究科教授の合田圭介、東北大学大学院医工学研究科教授の新妻邦泰、東北大学大学院医学系研究科助教・東京大学大学院理学系研究科特任助教の菅野寛志らが主導する国際共同研究グループは、連続波レーザー(注1)を用いた蛍光寿命(注2)の同時多点測定技術を顕微鏡に取り入れることで、世界最高速の蛍光寿命顕微鏡を開発しました。また、微小流路(注3)を流れる細胞を10,000細胞/秒を超える速度で撮影し、多数の細胞の蛍光寿命画像解析を世界で初めて行いました。その結果、細胞内の異なる蛍光分子の識別や、抗がん剤処理された細胞核の状態変化の検出など、さまざまな細胞解析への応用可能性を示しました。本研究で開発した蛍光寿命顕微鏡は、多数の細胞を短時間で詳細に解析できるフローサイトメトリー(注4)として、今後の細胞生物学、病理学、薬理学などに貢献することが期待されます。

発表内容

顕微鏡やフローサイトメトリーは、細胞の形態観察や血液検査など、さまざまな用途で利用されており、細胞生物学、病理学、薬理学などにおいて必要不可欠な測定技術となっています。これらの測定では一般的に、蛍光染色した細胞に光を照射し、細胞から発する蛍光の明るさを測定して細胞の特性評価を行います。しかし、蛍光の明るさは蛍光分子の数や細胞に照射する光の強さなど、さまざまな要因によって変動してしまうため、既存の測定技術の精度には課題がありました。

近年、蛍光の明るさの代わりに、蛍光寿命と呼ばれる蛍光発光の極めて短い減衰時間を測定できる蛍光寿命顕微鏡が注目を集めています。蛍光寿命は蛍光の明るさと比べて変動しにくい性質があるため、蛍光寿命顕微鏡では一般的な蛍光顕微鏡より高精度な測定が行えます。また、蛍光寿命の変化からpHや温度などを測定できる蛍光センサーの開発も進んでおり、蛍光寿命顕微鏡の有用性はますます高まっています。しかし、蛍光寿命顕微鏡は一般的な蛍光顕微鏡と比べて撮影方式が複雑で、画像の取得に長い時間を要するため、多数の細胞を撮影し、解析することはこれまで困難でした。

本研究において、東京大学大学院理学系研究科教授の合田圭介、東北大学大学院医工学研究科教授の新妻邦泰、東北大学大学院医学系研究科助教・東京大学大学院理学系研究科特任助教の菅野寛志らが主導する国際共同研究グループは、蛍光寿命の同時多点測定技術を顕微鏡に取り入れることで、世界最高速の蛍光寿命顕微鏡を開発しました。研究グループは、蛍光寿命測定において一般的によく用いられるパルスレーザーではなく、連続波レーザーを光源として利用し、複数に分離させたビームスポットをそれぞれ異なる周波数で明滅させることで、蛍光寿命の同時多点測定を可能にしました(図1)。さらに、微小流路の流れに直交する方向にビームスポットを整列させて同時多点測定を行うことで、微小流路を流れる細胞全体を自動的にスキャンすることができ、10,000細胞/秒を超える速度で細胞の蛍光寿命像を撮影できるようになりました。


図1:本研究の概略図

開発した装置を用いて、研究グループは異なる蛍光寿命成分を正確に識別できるかを確かめました。まず、蛍光寿命の異なる3種類の蛍光ビーズを測定したところ(図2A)、各種ビーズが蛍光強度(蛍光の明るさ)と蛍光寿命に基づいて分離されることが確認されました(図2B)。ここで、蛍光強度のヒストグラムではビーズを示すピークが一部重なっていますが、蛍光寿命のヒストグラムではピークの重なりは見られず、ビーズがより明確に分離していました。また、散布図上の矢印が示すように、複数のビーズが重なって撮影された場合やビーズが過度に蛍光染色されていた場合、蛍光強度は外れ値として測定されますが、蛍光寿命は変化していませんでした。これは、蛍光寿命測定が蛍光強度の変動に影響されていないことを示しています。続いて、細胞核を蛍光染色したユーグレナ細胞を測定したところ(図3A)、細胞核に結合した蛍光分子からの蛍光と葉緑素の自家蛍光(注5)が、蛍光強度では明確な違いを示さなかったものの、蛍光寿命では区別できることが確認されました(図3B)。これらの結果は、開発した蛍光寿命顕微鏡が異なる蛍光成分の識別に有用であることを示しています。


図2:高速蛍光寿命撮影による対象物間の蛍光寿命成分の識別。A:1.72 ns、2.71 ns、5.54 nsの蛍光寿命を示す蛍光ビーズの典型的な蛍光寿命画像。B:ビーズの蛍光強度および蛍光寿命の分布(n = 9,945)。右側の画像は散布図上の対応する領域から無作為に抽出したビーズの画像を表します。


図3:高速蛍光寿命撮影による対象物内部の蛍光寿命成分の識別。A:蛍光色素(SYTO16)を用いて細胞核を染色したユーグレナ細胞の典型的な蛍光寿命画像。B:同ユーグレナ細胞の典型的な明視野、蛍光強度、蛍光寿命画像とピクセル値の分布。


さらに、研究グループは開発した装置の細胞解析能力を検証するため、抗がん剤で異なる時間処理した白血病細胞を、細胞核を蛍光染色して測定しました(図4A)。その結果、細胞核全体の蛍光寿命と細胞核内部の蛍光寿命の分布に興味深い違いが見られました。具体的には、細胞核全体の蛍光寿命は抗がん剤の処理時間0分から50分の間に大きく変化したのに対し、細胞核内部の蛍光寿命の分布は50分から110分の間に大きく変化しました(図4B)。これは、抗がん剤の蓄積によって細胞核全体の蛍光寿命が最初に変化し、その後、抗がん剤による細胞核の構造変化が起きて細胞核内の蛍光寿命分布が変化したことを示唆しています。これらの結果は、従来の蛍光強度に基づく多数の細胞解析では得られなかったものであり、開発した世界最高速の蛍光寿命顕微鏡の高い細胞解析能力を示しています。


図4:高速蛍光寿命撮影による抗がん剤処理された細胞核の状態変化の検出。A:白血病細胞(SYTO16にて細胞核を染色)の典型的な明視野、蛍光強度、蛍光寿命画像。B:抗がん剤の処理時間を変えた際の細胞核の蛍光寿命変化。細胞核の中心部が周縁部より高い蛍光寿命を示す場合、蛍光寿命勾配は正に、逆の場合は負になります。また、グラフ上の数字は効果量(二群間にどの程度差があるか)を表します。


本研究で開発した蛍光寿命顕微鏡は、多数の細胞を短時間で詳細に解析できるフローサイトメトリーとして、今後の細胞生物学、病理学、薬理学などに貢献することが期待されます(図5)。例えば、悪性腫瘍を構成する個々の細胞の性質は異なることが知られていますが、こうした多数の腫瘍細胞の特性を包括的に解析することは、各患者に最適な治療法を検討する上で重要です。今回開発した蛍光寿命顕微鏡で多数の細胞を短時間に撮影・解析することにより、従来の病理検査では実施できなかった細胞解析が可能になり、治療成績の向上に寄与することが期待されます。また、pHや温度など特定のパラメータに基づいて蛍光寿命が変化する蛍光センサーを細胞の撮影に利用することで、細胞周期の詳細な解析など、従来の測定法では行えなかった細胞生物学の新たな展開が期待されます。


図5:今後の展開。今回開発した世界最高速の蛍光寿命顕微鏡は、多数の細胞を短時間に詳細に解析できる手法として細胞生物学、病理学、薬理学などの分野において重要な貢献が期待されます。

関連リンク:東北大学東北大学大学院医学系研究科・医学部東北大学病院

論文情報
雑誌名
Nature Communications論文タイトル
High-throughput fluorescence lifetime imaging flow cytometry

著者
Hiroshi Kanno*, Kotaro Hiramatsu, Hideharu Mikami, Atsushi Nakayashiki, Shota Yamashita, Arata Nagai, Kohki Okabe, Fan Li, Fei Yin, Keita Tominaga, Omer Faruk Bicer, Ryohei Noma, Bahareh Kiani, Olga Efa, Martin Büscher, Tetsuichi Wazawa, Masahiro Sonoshita, Hirofumi Shintaku, Takeharu Nagai, Sigurd Braun, Jessica P. Houston, Sherif Rashad, Kuniyasu Niizuma, and Keisuke Goda*
(*責任著者)

DOI番号
10.1038/s41467-024-51125-y

研究助成

本研究は、日本学術振興会(JSPS)の研究拠点形成事業と科学研究費助成事業(19H05633、20H00317、20K15227、23K23297、21J10600、24K18149、23K27432)、小笠原敏晶記念財団、中谷医工計測技術振興財団、コニカミノルタ科学技術振興財団、フンボルト財団、日本フンボルト協会、精密測定技術振興財団、科学技術振興機構(JST)の創発的研究支援事業とさきがけ、光科学技術研究振興財団の支援を受けて実施されました。

用語解説

注1  連続波レーザー
出力が時間で変化しないタイプのレーザーです。極めて短い時間の光を繰り返し出力するパルスレーザーとは異なり、比較的安定な光源として利用されます。

注2  蛍光寿命
励起された蛍光分子が基底状態に戻るまでの平均時間のことです(通常ナノ秒程度)。蛍光分子を瞬間的に励起し、蛍光の明るさの減衰を記録するなどして測定されます。蛍光の明るさが変わっても、蛍光寿命は基本的に変動しません。

注3  微小流路
幅1 mm未満の微小な流路(マイクロチャネル)のことです。非常に小さなスケールで流体が制御でき、細胞を一つずつ安定して流すことができます。

注4  フローサイトメトリー
多数の細胞を解析する手法の一つです。微小流路を流れる細胞に一つずつレーザー光を照射し、散乱光や蛍光の明るさを測定することで、細胞の特性を解析できます。

注5  自家蛍光
外部から蛍光物質を導入しなくても、細胞自身が自然に発する蛍光のことです。

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