2024-09-05 理化学研究所
理化学研究所(理研)量子コンピュータ研究センター 量子コンピュータアーキテクチャ研究チームの後藤 隼人 チームリーダーは、量子コンピュータのための誤り訂正技術を高効率化することに成功しました。
本研究成果は、誤り訂正技術によって誤りを訂正しながら量子計算を実行する誤り耐性量子コンピュータの早期実現に貢献すると期待できます。
今回、後藤 チームリーダーは、高い符号化率(レート)[1]を有する量子誤り訂正符号「多超立方体符号[2]」を提案しました。例えば、216個の物理量子ビット[3]を用いて64個の論理量子ビット[4]を符号化でき、符号化率を64/216≒30%と高くできます。また、専用の高性能な復号器[5]や符号化器[6]を開発することで、符号化率が高いにもかかわらず、符号化率が低い従来符号と同程度の誤り訂正性能を有します。言い換えると、同じ誤り訂正性能を従来よりも少ない物理量子ビット数で実現できます。さらに、従来の高レート符号では比較的困難であった論理量子ゲート[7]の並列実行も可能です。以上から、多超立方体符号は、高レート符号と論理量子ゲートの並列実行を両立する「ハイパフォーマンス誤り耐性量子コンピュータ」を実現できると期待されます。
本研究は、科学雑誌『Science Advances』オンライン版(9月4日付:日本時間9月5日)に掲載されました。
多超立方体符号の構造の可視化(3次元の場合)
背景
近年、量子重ね合わせ状態[8]に代表される量子力学の不思議な性質を有効利用する量子コンピュータの研究開発が世界中で盛んに行われています。量子コンピュータが実現されると、現在の従来型コンピュータでは実行が難しかった計算が可能になると期待されています。
しかし、量子重ね合わせ状態は壊れやすいため、従来型コンピュータに比べて量子コンピュータでは高い確率で計算中に誤りが生じます。そこで重要になるのが誤り訂正技術です。量子計算に用いる量子ビットを論理量子ビットと呼び、それを多数の物理量子ビットを用いて符号化することで、物理量子ビットに生じる誤りを訂正できるようにします。このように論理量子ビットを誤り訂正技術によって守りながら量子計算を行う量子コンピュータを誤り耐性量子コンピュータと呼びます。現在の標準的な量子誤り訂正符号では、論理量子ビットを一つずつ多数の物理量子ビットに符号化するため、全体として物理量子ビット数が膨大になってしまい、これが誤り耐性量子コンピュータの実現を阻む大きな障壁となっています。
この課題を克服するために最近注目されているのが、多数の論理量子ビットをまとめて符号化できる高符号化率の量子誤り訂正符号(高レート符号)です。しかし、これまでの高レート符号は符号の構造が複雑であり、従来の論理量子ゲートを並列に実行することが比較的困難でした。
研究手法と成果
後藤 チームリーダーは、高い符号化率を有する量子誤り訂正符号「多超立方体符号」を提案しました。例えば、62=36個の物理量子ビットを用いて42=16個の論理量子ビットを、または、63=216個の物理量子ビットを用いて43=64個の論理量子ビットをまとめて符号化できます(図1)。符号化率はそれぞれ16/36≒44%、64/216≒30%となり、代表的な従来符号のこれらに対応する符号化率がそれぞれ約6%、1.6%であるのに比べて高くできます。
図1 多超立方体符号の構造の可視化
左は2次元の、右は3次元の多超立方体符号の構造を可視化したもの。頂点が物理量子ビットを、正方形(左)や立方体(右)が論理量子ビットを表す。一般に、n次元の多超立方体符号は6n個の頂点と4n個のn次元超立方体で表現される。次元が高いほど誤り訂正能力が高い。
このように符号化率を向上させると、その結果として誤り訂正性能が下がってしまいそうですが、多超立方体符号専用の高性能な復号器や符号化器を新たに開発することで、従来符号と同程度の誤り訂正性能を達成しました。まず、復号器の性能を評価したところ、そのしきい値[9]は5.6%となり、符号化率の低い従来符号と同程度となりました(図2a)。次に、符号化器も含めた性能を評価するために論理CNOTゲート[10]の性能を評価したところ、そのしきい値は0.9%となり、これも従来符号と同程度となりました(図2b)。
図2 数値シミュレーションによる多超立方体符号の性能評価
a)理想的な符号化状態にビット反転誤り(「1」を「0」、「0」を「1」に誤って反転すること)を起こし、理想的な測定で得られる結果を今回開発した復号器で復号した結果が誤る確率。
b)物理量子ビットに対するCNOTゲート、および、物理量子ビットの初期化と測定に誤りがある現実的な誤りモデルにおいて、今回開発した符号化器を用いて生成される符号化状態を利用し実行される論理CNOTゲートが誤る確率。
さらに、他の高レート符号ではその構造の複雑さから論理量子ゲートを並列に実行することが比較的困難でしたが、本研究では多超立方体符号に対して論理量子ゲートを並列に実行する方法を具体的に示すことで、論理量子ゲートの並列実行が可能であることを示しました。
今後の期待
本研究では、「多超立方体符号」と呼ぶ、非常に符号化率の高い量子誤り訂正符号を提案し、これを用いた誤り耐性量子コンピュータに必要となる専用の高性能な復号器と符号化器を開発しました。さらに、論理量子ゲートが並列に実行できることを示しました。
本研究成果は、多超立方体符号を用いることで、これまで難しかった高符号化率を有する符号と論理量子ゲートの並列実行を両立する「ハイパフォーマンス誤り耐性量子コンピュータ」の実現に貢献できると期待されます。
補足説明
1.符号化率(レート)
n個の物理量子ビット([3]参照)を用いてk個の論理量子ビット([4]参照)を符号化する場合、比k/nをその符号の符号化率(レート)と呼ぶ。従来の量子誤り訂正符号では、たった1個の論理量子ビットを守るために多数の物理量子ビットが必要であったため、符号化率が数%以下と低く、非常に非効率であった。
2.多超立方体符号
今回提案した量子誤り訂正符号の名称。符号の構造が一般に多数の超立方体(3次元の立方体を高次元へ拡張した概念)で表現できることから、このように名付けた。
3.物理量子ビット
量子コンピュータのハードウエア上に物理的に実装されている量子ビットのこと。
4.論理量子ビット
符号化によって守られた情報を表現する量子ビットのこと。誤り耐性量子コンピュータでは、この論理量子ビットを用いて量子計算を行う。
5.復号器
測定結果から誤りを推定して訂正する方法または装置のこと。
6.符号化器
符号化された論理量子ビットの状態を生成するために物理量子ビットに実行される一連の量子ゲート(量子回路)のこと。
7.論理量子ゲート
論理量子ビットに対して実行される量子ゲートのこと。
8.量子重ね合わせ状態
量子力学では、あたかも波の重ね合わせ(干渉)のように、複数の物理的な状態が重なり合った状態が存在し、それを量子重ね合わせ状態と呼ぶ。量子コンピュータの特徴は、0状態と1状態(通常のビット)だけでなく、これらの量子重ね合わせ状態も取れる量子ビットを用いる点にある。
9.しきい値
誤り訂正が有効に働くために必要な誤り確率の上限値。誤り確率がしきい値未満であれば、符号のサイズを大きくするほど誤り訂正の成功確率が向上する。
10.CNOTゲート
制御NOT(controlled-NOT)ゲートのことで、任意の量子計算を実行するために必要な基本量子ゲートの一種。論理量子ビットに対して実行されるCNOTゲートを論理CNOTゲートと呼ぶ。
原論文情報
Hayato Goto, “High-performance fault-tolerant quantum computing with many-hypercube codes”, Science Advances, 10.1126/sciadv.adp6388
発表者
理化学研究所
量子コンピュータ研究センター 量子コンピュータアーキテクチャ研究チーム
チームリーダー 後藤 隼人(ゴトウ・ハヤト)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当