2024-08-05 東京大学,弘前大学
発表のポイント
- 南米パタゴニア地域のマントル由来の岩石中に、マントル最深部起源のヘリウムを見出した。
- マントル最深部からの上昇流がゴンドワナ大陸分裂を引き起こした証拠を初めて示した。
- マントル内の大規模物質循環が、巨大大陸の成長や分裂などの地球表層環境の変動に果たしてきた役割の理解を進めると期待される。
発表概要
東京大学先端科学技術研究センターの角野浩史教授と、弘前大学大学院理工学研究科の折橋裕二教授は、ブラジル・ブラジリア大学のジャロビッキー・チアゴ准教授らによる研究グループと共同で、ゴンドワナ大陸の分裂を引き起こしたマントル深部からの物質の上昇の痕跡が、南米大陸下のマントルに残されていることを明らかにしました。
本研究では、地球深部のマントルに由来する岩石(図1)中の流体包有物(注1)に含まれる極微量のヘリウムを抽出し、その同位体比(3He/4He比)(注2)を独自に開発した超高感度希ガス質量分析計で測定し、マントル最深部起源のヘリウムがこの地域の地下に存在していることを世界で初めて示しました。ゴンドワナ大陸が分裂してアフリカ大陸と南米大陸に分かれた際には、地表で大規模な火山活動が起こっていたことが知られていましたが、この大陸の分裂と火山活動が、マントル最深部からの上昇流によって引き起こされたことを物質科学的な証拠として明らかにした点が、本研究の新規性です。今後同様の研究を、様々な年代の世界各地に産するマントル由来の岩石に適用することで、マントル内の大規模物質循環が巨大大陸の成長・分裂などの地球表層環境の変動に果たしてきた役割の理解が進むと期待されます。
図1:マントル起源の岩石
かつてマントルに存在していた岩石(かんらん岩)。主にかんらん石(黄緑色の透明な鉱物)と輝石(濃い緑色の鉱物)からなる。マントルから上昇してきたマグマ(冷えて固まり、灰色の玄武岩となっている)により地表に運ばれてきた。
本研究成果は、2024年7月30日(英国夏時間)に英国科学誌「Nature Communications」のオンライン版に掲載されました。
ー研究者からのひとことー
岩石や鉱物中のヘリウム濃度は数ppt(一兆分の一)以下で、3Heはさらにその十万分の一ほどしかありません。本研究ではそんな極微量の3Heを真空中でイオン化し、磁場を使って質量の異なる4HeやHD(水素と重水素の二原子分子)と分け、イオンを1個1個時間をかけて数えることで3He/4He比を測定した努力が実を結びました。(角野 浩史 教授)
南米・パタゴニアの研究は2000年から2019年の期間、日本の研究チームを中心に、ブラジル、チリ、アルゼンチンの研究者達と共に継続的に行ってきました。長年の地道な調査・研究が今回の成果につながったかと思います。パタゴニア調査の様子は関連情報 (HIROMAGA) でご覧いただけます。(折橋 裕二 教授)
発表内容
地球が約46億年前に誕生してから現在に到るまで、地表をなす固い岩盤(プレート)が互いに移動して衝突したり、新たなプレートが形成したりする過程で、大小さまざまな大陸が誕生したり、分裂したりしてきました。ヴェーゲナーが1912年に唱えた大陸移動説でよく知られているように、現存する全ての大陸はかつて合体し、約3億年前にパンゲアと呼ばれる巨大大陸を構成していたと考えられています。この大陸は約1億8000万年前に、現在の南米大陸とアフリカ大陸、南極大陸、オーストラリア大陸、インド亜大陸からなるゴンドワナ大陸と、現在の北米大陸とユーラシア大陸からなるローラシア大陸に分裂しました。さらにゴンドワナ大陸が分裂し、南米大陸とアフリカ大陸の間に大西洋が形成し始めた時には、洪水玄武岩と呼ばれる大量の溶岩を噴出する火山活動が起こりました。この分裂と、それに続く大規模な火山活動は、マントル深部からの上昇流によるものと考えられていますが、これまでその証拠は得られていませんでした。
本研究では、かつてマントルに存在していた、かんらん岩(図1)と呼ばれる岩石の構成鉱物に捕獲されている、流体包有物(図2)の3He/4He比に着目しました。マントルの3He/4He比は、大気や地殻における値よりも高いことが知られており、さらに大陸プレートの下部を構成するマントル(大陸下マントル)や、新しい海洋プレートが形成される中央海嶺下のマントルよりも、マントル最深部でより3He/4He比が高いことが、マントル最深部からの上昇流(プルーム)により火山活動が起こっているハワイやアイスランドなどに産する岩石や火山ガスの分析から分かっています。
図2:かんらん石中の流体包有物
かんらん岩を構成しているかんらん石結晶中に含まれる、二酸化炭素を主成分とする流体包有物。ヘリウムなど希ガスを含めた、マントルに存在していた揮発性の高い物質が濃集している。
本研究グループは、南米大陸のパタゴニア地域(図3)で採取されたかんらん岩から分離した鉱物を超高真空下で砕き、流体包有物からガスを選択的に抽出して、独自に開発した超高感度希ガス質量分析計を用いて3He/4He比を分析しました。その結果、大陸プレートが薄く、マントル物質の上昇の影響をより大きく受けている地域で、通常の大陸下マントルよりも高い3He/4He比が見出されました(図3)。これは、ゴンドワナ大陸の分裂を引き起こし、南アフリカに分布するカルー洪水玄武岩を噴出させたと考えられているマントルプルームが、ハワイやアイスランドの火山活動の源となっているマントルプルームと同様、核-マントル境界付近のマントル最深部に由来することを示す初めての物質科学的証拠です。今後同様の研究を、世界各地の大陸で様々な時代に地表にもたらされた、かんらん岩やダイヤモンドなどのマントル起源の岩石・鉱物を対象として展開していくことで、マントル内の大規模な物質循環が巨大大陸の誕生や分裂、ひいては地球環境の変遷に果たしてきた役割を明らかにしていくことができると期待されます。
図3:南米大陸のかんらん岩の3He/4He比と大陸プレートの厚みの分布
南米パタゴニア地域(右上の南米大陸全体の白枠内)の各地で採取されたかんらん岩の3He/4He比。RAは大気の3He/4He比(1.4×10-6)を意味し、27 RAは試料の3He/4He比が大気の27倍であることを示している。地図上の色は弾性的厚さ(elastic thickness)を示し、大陸プレートの厚みに対応している。ほとんどの地点で大陸下マントル(5-7 RA)や中央海嶺下のマントル(7-9 RA)に近い3He/4He比が得られた一方で、とくに大陸プレートが薄い地点(赤字・赤枠)で特徴的に、それらよりも高い3He/4He比が観測された。
関連情報:
「プレスリリース①深部流体によって誘発された能登半島地震-内陸の大地震の発生ポテンシャルの評価手法の開発-」(2024/7/3)
https://www.rcast.u-tokyo.ac.jp/ja/news/release/20240703.html
「プレスリリース②火山ガスの分析からマグマ活動の変化を捉えることに成功」(2022/11/21)
https://www.rcast.u-tokyo.ac.jp/ja/news/release/20221121.html
「(INTERVIEW)岩石は、「地球の記憶」がきざまれたタイムカプセル」(HIROMAGA)(2024/4/30)
https://www.hiromaga.com/20240430-15487/
発表者
東京大学 先端科学技術研究センター 地球環境化学分野
角野 浩史(教授)
弘前大学 大学院理工学研究科 地球環境防災学コース
折橋 裕二(教授)
論文情報
- 雑誌:Nature Communications(7月30日)
- 題名:Pristine helium from the Karoo mantle plume within the shallow asthenosphere beneath Patagonia
- 著者:Tiago Jalowitzki*, Hirochika Sumino, Rommulo V. Conceição, Manuel E. Schilling, Gustavo W. Bertotto, Andrés Tassara, Fernanda Gervasoni, Yuji Orihashi, Keisuke Nagao, Marcelo Peres Rocha, Rodrigo Antonio de Freitas Rodrigues
- DOI:10.1038/s41467-024-50773-4
研究助成
本研究は、科研費「基盤研究(B)(課題番号:課題番号26287139)」、「挑戦的研究(開拓)(課題番号:20K20529)」、「基盤研究(B)(課題番号:課題番号21403012)」の支援により実施されました。
用語解説
(注1)流体包有物
揮発性の高い物質(二酸化炭素や水、窒素や希ガスなど)が、液体あるいは気体、または両者の混合相として鉱物に取り込まれたもの。
(注2)同位体比(3He/4He比)
ヘリウムには質量数3と4の安定同位体(3Heと4He)が存在し、3Heは地球形成時に固体地球内部に取り込まれた始原的な成分からなる一方で、4Heは地球形成後から現在に到るまで、ウランやトリウムの放射壊変によりアルファ粒子(4Heの原子核)として生成した成分が大部分を占める。マントル中のヘリウムの3He/4He比は、地殻や大気に含まれるヘリウムのそれよりも高く、始原的な3Heが現在でもなお、地球内部に残っていることを示している。
問合せ先
東京大学 先端科学技術研究センター 地球環境化学分野
教授 角野 浩史(すみの ひろちか)