「バーチャル富岳」初版の提供を開始~次世代計算基盤にもつながるエコシステム構築へ大きな一歩~

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2024-08-05 理化学研究所

理化学研究所(理研)計算科学研究センターは、スーパーコンピュータ「富岳」[1]を社会基盤として定着させ、社会課題解決を一層加速させることを目的に、高度に整備されたソフトウエア群をクラウドサービスや「富岳」以外のコンピュータ上でも利用可能とする「バーチャル富岳」プロジェクトに取り組んできました。その成果の一環として、富岳以外の環境で利用可能なソフトウエア群である「バーチャル富岳」の初版の提供を開始しました。

この「バーチャル富岳」により、クラウドサービスや「富岳」以外のコンピュータ上で世界一のスーパーコンピュータ「富岳」向けに高度に整備されたソフトウエア群を利用可能とすることで、「富岳」の研究成果や最先端の研究用計算プラットフォームを誰でも簡単に利用できるようになり、科学技術イノベーションのさらなる進化や産業の発展に貢献するものと期待されます。

「バーチャル富岳」が、クラウドサービス上や「富岳」の次世代フラッグシップシステムや国内外で新たに整備されるスーパーコンピュータでさまざまな人々に利用されることで、スーパーコンピュータ向けのエコシステムが構築され、「富岳」で開発されたアプリケーションが「バーチャル富岳」上で簡便に使い続けられ、「バーチャル富岳」で開発したアプリケーションを「富岳」や次世代フラッグシップシステム、さらには国内外のスーパーコンピュータで持続的に利用できるようになるなど、HPC(ハイパフォーマンス・コンピューティング:高性能計算技術)を活用した研究や社会実装が加速されるとともに、研究開発から社会展開まで途切れなくつなぐことが可能となります。

本日提供を開始した「バーチャル富岳」の初版では、アマゾン ウェブ サービス(以下、AWS)のクラウドサービスを対象に、「富岳」で整備されたソフトウエア群を提供します。また、「富岳」利用者がAWSのクラウドサービス上でこれらソフトウエア群の試験・試行を行うことができる環境の提供も開始しました。

「バーチャル富岳」初版の提供を開始~次世代計算基盤にもつながるエコシステム構築へ大きな一歩~
スーパーコンピュータ「富岳」

背景

2021年3月に共用を開始した「富岳」は、新型コロナウイルス感染症が与える社会活動への影響の分析、大規模震災発生時の社会影響の予測、リアルタイムな線状降水帯の発生予測など、さまざまな社会課題の解決に貢献する研究開発を支え続けています。最先端の研究開発の持続的支援を可能とする背景には、多様なソフトウエアを「富岳」向けに使いやすく整備し続けていることが上げられます。

この使いやすく整備された「富岳」のソフトウエア群を、誰でもいつでも利用できるようになれば、科学技術イノベーションや産業の発展に大きく貢献できるものと考えています。理研は、「富岳」そのものだけでなく、「富岳」を運用することで得られるさまざまな知見も含め、社会基盤として活用されるように取り組んでいます。

「バーチャル富岳」とは、「富岳」以外のスパコンやクラウドサービス上に、「富岳」と同等のソフトウエア環境を再現するもので、「富岳」向けに整備されたソフトウエアの集合体といえます。これを広く活用していくことで、以下のような貢献も可能になると考えています。

  • ソフトウエア開発者に、開発したソフトウエアの利用者を拡大する手段を提供する
  • スーパーコンピュータシステムを新たに構築する場合、従来はソフトウエア環境をゼロから整備する必要があったが、すでに構築済の「バーチャル富岳」ならばすぐに運用を開始できる
  • 最新技術へ追従するためにソフトウエアのアップデートを継続的に行う必要があるが、現在進行形の「富岳」でアップデートされたソフトウエア群を「バーチャル富岳」を通じて労力をかけずに入手できる

このように、運用中のスーパーコンピュータである「富岳」のソフトウエア群である「バーチャル富岳」によって、いわば研究プラットフォームのエコシステムを構築し、「富岳」が社会基盤としてさらに活用されるものと考えています。

また、文部科学省HPCI計画推進委員会がまとめた「次世代計算基盤に関する報告書 最終とりまとめ(令和6年6月)」において、次世代の「フラッグシップシステム開発の成果を最大化し、わが国の産業競争力の強化や経済安全保障を含む社会的課題の解決に貢献していくためには、その要素技術(ハードウエアやソフトウエア)が成果としてクラウドを含む世界の情報基盤に採用されるとともに、開発の成果が社会実装され、広く普及することが重要。」と報告されており、「バーチャル富岳」は、将来的にこの要請に応えることにつながるものです。

「バーチャル富岳」初版の概要

「バーチャル富岳」は、「富岳」の中央演算処理装置(CPU)である「A64FX」と互換性があり、AWSが提供するCPUである「Graviton[2]」を対象として、「富岳」向けに整備されたソフトウエア群のうち、利用頻度の高いものを抽出し、それらのバイナリ[3]を一体化して配布します。新規のスーパーコンピュータやクラウドサービス上に「バーチャル富岳」を導入することで、いわばプライベートな「富岳」[4]を構築することができるようになります。また、今回のAWSのように商業サービスとして提供されるプライベートな「富岳」においては、成果公開の義務はなく高い秘匿性が担保された環境が利用可能です。

例えば、これにより、「富岳」では研究開発段階のアプリケーション(シミュレーション)の研究・開発を行い、その後、それらの成果等を用いて実際の製品/商品の開発を秘匿性の高いAWS環境で行うといった使い分けをアプリケーションの大規模な改修を行うことなく円滑にできるようになります。また逆に、AWS上の小規模な環境で基本となるプログラムの開発や基本的な動作検証を行い、その上で「富岳」では「富岳」でしか行えない超大規模な計算を行うことも容易にできるようになります。

さらに、理研では、「バーチャル富岳」の試験環境[5]として「AWS Graviton3E」を採用した「Amazon EC2 Hpc7gインスタンス」を中核としたクラウドリソースの提供も開始しました。この「バーチャル富岳」の試験環境は、「富岳」利用者であれば誰でも利用可能であり、「バーチャル富岳」を試してみたい利用者はもちろんのこと、将来の「バーチャル富岳」へソフトウエアの提供を検討しているソフトウエア開発者が開発環境として使うことも可能です。この試験環境を広く利用してもらうことで、「バーチャル富岳」を構成するソフトウエア群の過不足や版数の組合せ条件などのトレンドを把握し、「バーチャル富岳」の構成要素を継続的に見直していきます。

「バーチャル富岳」の概要図
「バーチャル富岳」の概要

今後の展開

「バーチャル富岳」は、いわばスーパーコンピュータ向けソフトウエアの業界標準を「富岳」の実績に基づき定義・展開・維持していく試みといえます。スーパーコンピュータ向けソフトウエアは、ハードウエアの進歩に伴いアップデートが行われるとともに、データサイエンスやAI技術など、ソフトウエア技術の進歩に伴ってもアップデートが日々行われています。スーパーコンピュータ向けソフトウエアの業界標準を目指すプロジェクトは、これまでにもいくつか存在していましたが、基本的にはボランティアベースで標準構成の定義と、その組み合せで不具合が発生しないかの検証を行うにとどまり、最終的にはハードウエア、ソフトウエアの技術革新に追従することができず終息するものが多かったと考えられます。

「バーチャル富岳」は、現在まさに運用に供されている「生きたシステム」、しかも「富岳」のように最先端の研究開発を支えることが可能なシステムで使われているソフトウエア群をそのままバイナリで配布することで、従来の業界標準を目指したプロジェクトの課題であった陳腐化を回避できるようになります。

さらに、理研では、科学研究の革新につながる計算可能領域の拡張を目指して、「AI for Science」[6]のための計算環境プラットフォームや、量子コンピュータとスーパーコンピュータとを有機的に統合利用するプラットフォームの構築などにも取り組んでいます。

今後、これらのプラットフォームにおいても「バーチャル富岳」を適用することで、将来運用されるさらに発展したシステムで用いられる最新かつ最先端のソフトウエア群により、「バーチャル富岳」の最新化・最先端化を継続して図っていくことができると考えています。これらの取り組みにより、「富岳」が採用しているArm命令セットアーキテクチャ[7]とは異なるアーキテクチャのコンピュータシステムでも利用可能な「バーチャル富岳」を提供することを目指しています。「富岳」の後継を目指す次世代フラッグシップシステムに向けても、「富岳」との連続性を担保することが可能となります。

関係者のコメント

理化学研究所 計算科学研究センター センター長 松岡 聡
「バーチャル富岳」は、「富岳」の成果による社会貢献を大きく拡大する理化学研究所のプラットフォーム戦略の一つです。「富岳」による成果は、感染症対策や気象予測、創薬、新素材開発など多くのものが知られていますが、これらの「富岳」を使うことにより得られる成果にとどまらず、「富岳」開発時から継続して行っているソフトウエア整備や運用を継続していく中で得られた知見も、「富岳」の大きな成果といえます。このような成果も含めて社会へ還元していくことが、理化学研究所の使命と考えています。「バーチャル富岳」の取り組みは、現在検討が進んでいる次世代計算基盤に現在の技術や研究資源を確実に継承していく取り組みでもあります。今回、その第一歩を踏み出したことをお知らせするとともに、皆様にもぜひ活用していただきたいと考えております。

アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社 常務執行役員 パブリックセクター統括本部長 宇佐見 潮
AWSは、理化学研究所が「バーチャル富岳」を通じて、クラウドコンピューティングの可能性を最大限に生かし、研究開発の新たな地平を切り開く取り組みを支援できることを大変光栄に思います。「富岳」で培われた最先端の研究成果が、クラウド上の最新のサービスを取り入れながら拡充されることで、学術研究の最前線と社会がクラウドでつながることになります。AWSはその架け橋となることで、計算科学の新時代を切り開き、日本の研究分野の無限の可能性に貢献していきます。

参考リンク
補足説明

1.スーパーコンピュータ「富岳」
スーパーコンピュータ「京」の後継機。2020年代に、社会的・科学的課題の解決で日本の成長に貢献し、世界をリードする成果を生み出すことを目的とし、電力性能、計算性能、ユーザーの利便性・使い勝手の良さ、画期的な成果創出、ビッグデータやAIの加速機能の総合力において世界最高レベルのスーパーコンピュータとして2021年3月に共用が開始された。現在「富岳」は日本が目指すSociety 5.0を実現するために不可欠なHPCインフラとして活用されている。

2.Graviton
AWSが開発し、クラウドサービスとして提供しているARMアーキテクチャを採用したCPU。「富岳」のCPUである「A64FX」と同様にSVE(Scalable Vector Extension)を採用しており、「富岳」と互換性がある。このため、「富岳」で作成したプログラムは、基本的にそのままGraviton上でも動作可能である。

3.バイナリ
コンピュータが読み取ることのできるデータ形式のこと。「バーチャル富岳」として配付される「バイナリ」を、AWSへインストールするだけで「富岳」で動いているソフトウエアをAWSでも簡単に使用可能となる。

4.プライベートな「富岳」
利用者が自ら購入したクラウドインスタンスや、コンピュータシステムへ「バーチャル富岳」を導入し、プライベートに使用可能な「富岳」と同等の環境。理研は、このような環境を「プライベート富岳」と命名し、「富岳」の成果を「富岳」だけにとどめず、広く普及することを目指している。

5.「バーチャル富岳」の試験環境
AWS Graviton3Eを採用したAmazon EC2 Hpc7gインスタンスを中核としたクラウドリソースを理研が用意し、「富岳」利用者へ提供する「バーチャル富岳」の試験環境。理研は、この試験環境を「サテライト富岳」と命名し、「富岳」利用者に試験的に「バーチャル富岳」を使ってもらうことで、ソフトウエアの構成内容を見直し「バーチャル富岳」のアップデートを継続的に行う。

6.「AI for Science」
「AI for Science」は、AIとシミュレーション、多様なデータを組み合わせるなどして、科学技術にAIを活用し研究プロセスを大きく加速させる取り組みのことである。これにより、さまざまな分野で画期的な科学技術イノベーションをもたらすことが期待される。理研では、「AI for Science」を推進するため、AIを活用したさまざまなシミュレーションなどの研究に取り組むとともに、2024年度にライフ・材料などの科学研究のための基盤モデルの開発・活用を行う「TRIP-AGIS」プログラムを新たに開始している。

7.Arm命令セットアーキテクチャ
アーキテクチャとはCPUの論理的な構成要素のことであり、Arm命令セットアーキテクチャは、ARMホールディングスの設計・ライセンスによる命令セットを採用したアーキテクチャのことである。

開発担当部門

理化学研究所 計算科学研究センター
運用技術部門

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理化学研究所
理化学研究所 神戸事業所 計算科学研究推進室 アウトリーチグループ

機関窓口

理化学研究所 広報室 報道担当

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