スーパーコンピュータ「富岳」と量子コンピュータ「叡」の連携利用を実証

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2024-05-10 理化学研究所,大阪大学

理化学研究所(理研)計算科学研究センター(R-CCS)量子HPC連携プラットフォーム部門 佐藤 三久 部門長、量子HPCソフトウェア環境開発ユニット 辻美 和子 ユニットリーダー、量子コンピュータ研究センター(RQC)中村 泰信 センター長、萬 伸一 副センター長、大阪大学 量子情報・量子生命研究センター(QIQB)北川 勝浩 センター長、藤井 啓祐 副センター長、根来 誠 副センター長らの共同研究グループは、最先端研究プラットフォーム連携(TRIP)[1]構想の一環として進める計算可能領域の拡張に向け、スーパーコンピュータ「富岳」[2]と量子コンピュータ「叡(えい)」[3]の連携利用を実証し、原理の異なるコンピュータ間の連携利用によって計算可能領域が拡大する可能性を示しました。

本成果を生かし、量子コンピュータとスーパーコンピュータの連携による最先端の計算環境の実現に寄与し、今後の科学技術・イノベーション・産業の発展の鍵となる量子コンピュータとスーパーコンピュータによる新たな計算可能領域の開拓への貢献が期待されます。

本研究成果は、内閣府総合科学技術・イノベーション会議の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)[4]の支援を受けており、その概要は、2024年5月12日~16日にドイツ(ハンブルク)にて開催される国際会議 ISC High Performance 2024[5]のフォーカスセッションで発表されます。

背景

R-CCSとRQCは、理研で進めるTRIP構想の研究開発の課題の一つとして、量子コンピュータとスーパーコンピュータ(HPC)のハイブリッド化により、それぞれが得意とする計算を補完して連携させることで計算可能領域の拡張を可能とするシステムを目指し、スーパーコンピュータ「富岳」と量子コンピュータ「叡」を連携させるハイブリッドプラットフォーム基盤(量子HPC連携プラットフォーム)の構築に取り組んでいます。

研究手法と成果

量子コンピュータは、量子力学の原理に基づく革新的な情報処理技術で、これまでのコンピュータでは解くことが難しい問題を解けるようになる可能性を持つコンピュータです。他方、スーパーコンピュータにとって簡単でも量子コンピュータにとっては難しい問題もあります。量子コンピュータはノイズの下で統計的な解を出力するため、厳密な解が必要とされる問題にはあまり向いておらず、また、同じアルゴリズムを繰り返した場合に全く同じ解を出力する必要がある再現性が求められる問題には適しません。

共同研究グループは、量子コンピュータとHPCのハイブリッド化(量子HPC連携計算)により、計算可能領域の拡大を実現するためのプラットフォームの構築に取り組んでいます。

ヘテロジニアス・コンピューティングと呼ばれる、異なる種類のプロセッサを組み合わせて構築したコンピュータシステム上で演算を行なう技術は、HPCでは重要な技術の一つです。代表的なものに、汎用CPU(中央演算処理装置:Central Processing Unit)と特定の計算に能力を発揮する演算加速機構であるGPU[6]の組み合わせがあります。ここでCPUから計算の一部をGPUに送って実行させることをオフロードといいます。量子HPC連携計算においては、CPUでは解くことの難しい計算や時間のかかる計算を量子コンピュータにオフロードすることで、プログラム全体の実行時間の短縮が期待できます(図1)。

「富岳」と「叡」の連携イメージの図
図1 「富岳」と「叡」の連携イメージ
スーパーコンピュータでは解くことが難しかったり時間がかかったりする計算を、量子コンピュータにオフロードすることで計算処理時間が短縮される可能性が高い。


ただ、同じ電子回路基板の上で動作するCPUとGPUの場合と違い、HPCと量子コンピュータは動作する条件が異なります。超伝導型量子コンピュータは絶対零度に近い温度まで冷却が必要となるため、量子コンピュータとHPCの連携は、ネットワークによる通信を介します。今回の研究では、「叡」のクラウドサービスを管理するサーバに、「富岳」から計算をリクエストするためのソフトウェアを作成・導入し、これを「富岳」で動いているプログラムから呼び出すことで、量子HPC連携計算を実現しました。

そこで、量子回路のクラスタリングを行うためのサンプルのうち25回路を量子コンピュータ側にオフロードする実験を行いました。これらの回路は互いに独立に実行できるため、「富岳」側のプログラムを並列化し、量子コンピュータへの量子回路実行のリクエストを、前のリクエストの終了を待たずに同時に複数行うようにしました。これによって、「富岳」におけるリクエスト処理、「富岳」と「叡」の通信、「叡」側のリクエストの受付などに伴う遅延の影響を最小化し、量子コンピュータを効率的に活用できることが分かりました(図2)。

クライアントプログラムの並列数とアプリケーション全体の実行時間の図
図2 クライアントプログラムの並列数とアプリケーション全体の実行時間
並列数が1、すなわち並列化されてないときと比較して、5並列にすることで30パーセント程度の高速化を達成した。ただ、並列に行うのは量子コンピュータへのジョブのリクエストのみで、ジョブの中身は並列化していないため、並列数が5倍になれば実行時間が5分の1になるというわけではない。

補足説明

1.最先端研究プラットフォーム連携(TRIP)
理研において、2023年度から開始した、理研の強みである各領域の最先端研究をリードする最先端研究プラットフォーム群(スーパーコンピュータ「富岳」、量子コンピュータ、大型放射光施設「SPring-8」、X線自由電子レーザー施設「SACLA」、バイオリソース事業など)を有機的に連携させ、新たな知の領域を、研究分野を超えて効果的に生み出す革新的な研究プラットフォームを創り出す挑戦的なプロジェクト。具体的には、新型計算機と予測アルゴリズム、データ整備を連携させ、未来の予測制御の科学を開拓することを目指し、良質なデータ整備(TRIP1)、AI×数理で予測の科学を開拓(TRIP2)、計算可能領域の拡張(TRIP3)のプラットフォームを整備・連携し、人類の課題解決に貢献する研究DX基盤として機能させるとともに、これらを活用し、新たな価値の創成に資する研究を推進している。TRIPはTransformative Research Innovation Platform of RIKEN platformsの略。

2.スーパーコンピュータ「富岳」
スーパーコンピュータ「京」の後継機。社会的・科学的課題の解決で日本の成長に貢献し、世界をリードする成果を生み出すことを目的とし、2021年3月に共用が開始された。電力性能、計算性能、ユーザーの利便性・使い勝手の良さ、画期的な成果創出、ビッグデータやAI(人工知能)の加速機能の総合力において世界最高レベルのスーパーコンピュータ。15万8976個の中央演算装置(CPU)を搭載し、1秒間に約44京2010兆回の計算が可能。2020年6月から2021年11月にかけて、世界のスパコンランキング「TOP500」「HPCG」「HPL-AI」「Graph500」で4期連続の世界1位を獲得した。現在「富岳」は日本が目指す Society 5.0 を実現するために不可欠なHPC(ハイパフォーマンス・コンピューティング)インフラとして活用されている。

3.量子コンピュータ「叡(えい)」
理研、産業技術総合研究所、情報通信研究機構、大阪大学、富士通株式会社、日本電信電話株式会社による共同研究グループにおいて、超伝導方式による国産量子コンピュータ初号機(64量子ビット)を整備、2023年3月27日にクラウド公開し、外部からの利用を開始した。より多くの人に親しみを持ってもらえるよう愛称を付けることとし、一般公募により「叡(えい)」に決定した。また2023年10月5日には理研RQC-富士通連携センターで「叡」のノウハウを基にした新たな64量子ビットチップの超伝導型量子コンピュータを開発し、さらに、2023年12月22日には、大阪大学(量子情報・量子生命研究センター)でも、理研RQCが開発した64量子ビットチップを搭載した超伝導型量子コンピュータをクラウド公開した。

4.戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)
内閣府総合科学技術・イノベーション会議が司令塔機能を発揮して、府省の枠や旧来の分野を超えたマネジメントにより、科学技術イノベーション実現のために創設した国家プロジェクト。

5.ISC High Performance 2024
ISC High Performanceは、HPCテクノロジープロバイダーとユーザーが一堂に集い、機械学習、データ分析、量子コンピューティングの専門家を含むコミュニティの成長促進を目的とした会議や展示会が開催される世界的なイベント。年に一度開催されており、ISC High Performance 2024は、2024年5月12日から16日にかけてドイツのハンブルクで開催される。

6.GPU
画像処理を高速に行うためにコンピュータに装着される補助的な演算装置。近年、科学技術計算における一般的な演算を加速させることを目的としても広く用いられる。GPUはGraphics Processing Unitの略。

共同研究グループ

理化学研究所
計算科学研究センター
量子HPC連携プラットフォーム部門
部門長 佐藤 三久(サトウ・ミツヒサ)
量子HPC連携プラットフォーム部門 量子HPCソフトウェア開発ユニット
ユニットリーダー 辻美 和子(ツジ・ミワコ)
量子コンピュータ研究センター
センター長 中村 泰信(ナカムラ・ヤスノブ)
副センター長 萬 伸一(ヨロズ・シンイチ)
超伝導量子エレクトロニクス研究チーム
研究員 玉手 修平(タマテ・シュウヘイ)
上級テクニカルスタッフ 楠山 幸一(クスヤマ・コウイチ)
超伝導量子エレクトロニクス連携研究ユニット
ユニットリーダー 阿部 英介(アベ・エイスケ)
超伝導量子計算システム研究ユニット
ユニットリーダー 田渕 豊(タブチ・ユタカ)
センター長室
嘱託職員 新井 正伸(アライ・マサノブ)
高度研究支援専門職 富田 賢(トミタ・サトシ)

大阪大学
量子情報・量子生命研究センター
センター長/特任教授(常勤)北川 勝浩(キタガワ・マサヒロ)
副センター長/教授 藤井 啓祐(フジイ・ケイスケ)
副センター長/准教授 根来 誠(ネゴロ・マコト)
特任教授 三好 健文(ミヨシ・タケフミ)
准教授 小川 和久(オガワ・カズヒサ)
特任准教授(常勤)塩見 英久(シオミ・ヒデヒサ)
特任研究員 森榮 真一(モリサカ・シンイチ)
特任研究員(常勤)森 俊夫(モリ・トシオ)
特任研究員(常勤)桝本 尚之(マスモト・ナオユキ)
特任研究員(常勤)束野 仁政(ツカノ・サトユキ)
特任研究員(常勤)宮永 崇史(ミヤナガ・タカフミ)
大学院情報科学研究科
准教授 猿渡 俊介(サルワタリ・シュンスケ)

研究支援

本研究成果は、理化学研究所のスーパーコンピュータ「富岳」高度化・利用拡大枠「富岳の大規模メニーコアを活用するプログラミングモデルと性能評価に関する研究(課題番号:ra000019)」、「量子HPC連携プラットフォームの開発研究(課題番号:ra010014)」、および超伝導量子コンピュータ「叡」を利用して得られたものです。また、文部科学省の光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)「超伝導量子コンピュータの研究開発(研究代表者:中村泰信、課題番号:JPMXS0118068682)」、内閣府総合科学技術・イノベーション会議の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「先進的量子技術基盤の社会課題への応用促進」(研究推進法人:QST)の研究テーマの一つ「量子・古典ハイブリッドテストベッドの利用環境整備」の助成を受けたものです。

発表者

理化学研究所
計算科学研究センター
量子HPC連携プラットフォーム部門
部門長 佐藤 三久(サトウ・ミツヒサ)
量子HPC連携プラットフォーム部門 量子HPCソフトウェア開発ユニット
ユニットリーダー 辻美 和子(ツジ・ミワコ)
量子コンピュータ研究センター
センター長 中村 泰信(ナカムラ・ヤスノブ)
副センター長 萬 伸一(ヨロズ・シンイチ)

大阪大学
量子情報・量子生命研究センター
センター長 北川 勝浩(キタガワ・マサヒロ)
副センター長 藤井 啓祐(フジイ・ケイスケ)
副センター長 根来 誠(ネゴロ・マコト)

機関窓口

理化学研究所 広報室 報道担当
大阪大学 量子情報・量子生命研究センター 森 俊夫

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