シリコン膜からの熱放射の倍増に成功 ~半導体デバイスの排熱問題の解決に期待~

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2024-05-09 東京大学

○発表のポイント:
◆高性能半導体デバイスなどの電子デバイスでは、局所的な発熱による性能や信頼性の低下が問題となっており、熱管理が課題になっています。
◆シリコン膜の表面をわずかに酸化させることで、酸化膜界面の格子振動により表面フォノンポラリトンという光と格子振動の連成波を熱励起し、シリコン膜からの熱放射を倍増させることに成功しました。
◆今後、排熱を課題とする電子機器の熱管理や輻射ヒーター、宇宙空間での放熱などに応用が期待されます。

シリコン膜からの熱放射の倍増に成功 ~半導体デバイスの排熱問題の解決に期待~
表面をわずかに酸化させたシリコン構造から、表面フォノンポラリトンによって面内方向に強い熱放射が起こることを示す概念図

○概要:
東京大学 大学院工学系研究科 立川 冴子 大学院生(日本学術振興会特別研究員)(研究当時)、同大学生産技術研究所 ホセ オルドネス 国際研究員、ロラン ジャラベール 国際研究員、セバスチャン ヴォルツ 国際研究員、野村 政宏 教授らの研究グループは、シリコン膜の表面をわずかに酸化させるだけで、プランクの熱放射則(注1)で決まるとされていた熱放射を倍増させることに成功しました。そして、この熱放射の増強に表面フォノンポラリトン(注2)が寄与したことを理論計算によって明らかにしました。この成果は、適切な半導体構造を設計して表面フォノンポラリトンを利用することにより、誘電体膜を数十ナノメートルまで薄くしないとプランクの熱放射則を上回る熱輻射は得られないという従来の定説を覆し、丈夫で扱いやすい支持構造を有した半導体からでも、空間への放熱をより効率的に行うことができることを示しています。今後、排熱を課題とする電子機器の熱管理や輻射ヒーター、宇宙空間での放熱などへの幅広い応用が期待できます。
本研究は、フランス国立科学研究センターと共同で行われました。

○発表内容:
〈研究の背景〉
モバイル機器をはじめとした高性能半導体を用いた電子機器では、微細化と高集積化によって、その性能や信頼性、寿命などに大きく影響する熱管理が重要性を増しています。熱の伝わり方には、伝導、対流、放射の3種類がありますが、誘電体(注3)薄膜においては、表面フォノンポラリトンが、4つ目の伝わり方として活躍することが知られています。誘電体の単一薄膜においては、表面フォノンポラリトンが薄膜の面内方向に熱を放射するため、放射波長より薄い薄膜からの面内方向の輻射熱は、黒体輻射限界(注1)を上回ることが知られています。しかし、単一薄膜は、形状を維持することが困難であり、より扱いやすい丈夫な支持構造を有する構造では実現されていませんでした。

〈研究の内容〉
本研究では、表面フォノンポラリトンを利用して、シリコンから空間への熱放射を増強する目的で、実験を行いました。厚さ10 μmのシリコン(非誘電体)の表面を30 nmだけ酸化し、表面フォノンポラリトンを発生させることができる誘電体を形成しました。この3層からなる多層膜の端からの熱放射の強さを測定するために、2つの構造を10.7 μmのギャップを有して対向する構造を作製しました(図1)。2つの3層構造上にそれぞれ金属線を形成し、ジュール熱により加熱されるヒーターと、電気抵抗の温度依存性を利用した温度センサーを作製しました。一方の3層構造のヒーターに電流を流して加熱し、温度を上昇させると、輻射熱輸送によりもう一方の構造の温度が上昇します。その温度上昇を温度センサーで測定することで、2つの3層構造間における輻射熱輸送(熱コンダクタンス)を評価しました。まず、シリコンだけの場合を測定すると、プランクの熱放射則に従って、温度上昇に伴い熱コンダクタンスが上昇します(図2, 青丸)。一方、表面フォノンポラリトンを利用できる3層構造では、その2倍程度大きな値となり(図2, 赤丸)、黒体輻射限界を上回る値を観測しました。これはプランクの熱放射則では説明できず、表面酸化膜の形成によって発生した表面フォノンポラリトンの寄与が考えられました。

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図1. 表面フォノンポラリトンによる熱放射を測定するためのデバイス構造
A.作製したデバイスの概念図。厚さ10 μmのシリコンを、薄いシリコン酸化膜で挟んだ3層構造が対向している。それぞれに電圧を印可できるよう金属線が形成されている。片方に電流を流してヒーターとして温度を上昇させ、発生した表面フォノンポラリトンが、もう片方の構造に向かって放射される。その放射エネルギーを受け取ることで上昇する温度を、センサーとして機能する金属線で計測する。B. 作製したデバイスを上から撮影した電子顕微鏡写真。3層構造間は10.7 μmのギャップで隔てられている。


その裏付けを得るために、3層構造内の表面フォノンポラリトンの伝播、および空間への放射・吸収を理論的に計算しました(図2, 実線)。計算の結果、輻射熱の大きさは、測定値とよい一致を示すとともに、シリコン酸化膜とシリコンの界面で励起された表面フォノンポラリトンがシリコン内の導波モード(注4)に結合し、シリコンが導波路として機能することが分かりました。シリコン内を伝搬した表面フォノンポラリトンは側面から面内方面に放射され輻射熱輸送を増強します。すなわち、これまでに知られていた単一薄膜からの熱輸送とは異なるメカニズムの輻射熱輸送の増強を引き起こすことが分かりました。

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図2. 表面フォノンポラリトンによる輻射熱の増強を示す測定結果
2つの構造間の輻射熱コンダクタンスの実測値(丸)と、理論計算値(実線)。シリコンのみの場合の測定値が青丸で、プランクの熱放射則による理論的計算値が青い実線で示されている。一方、3層構造における実測値が赤丸で示されており、シリコンのみの場合と比べ、約2倍大きい値を示している。3層構造の対向面間について、プランクの熱放射則による推測値は緑の領域であり、3層構造における熱コンダクタンスの増加はプランクの熱放射則では説明できない。表面フォノンポラリトンの効果を考慮した理論計算により算出された値が赤い実線となり、実測値とよく一致していることから、表面フォノンポラリトンが構造からの熱放射を倍増させていることが分かった。

〈今後の展望〉
本研究により表面に誘電体薄膜を形成したシリコン膜からの熱放射について、理論・実験双方のアプローチから、学術的な理解がより一層深まりました。従来、誘電体膜を数十ナノメートルまで薄くしないとプランクの熱放射則を上回る熱輻射は得られないと考えられていましたが、構造を設計して表面フォノンポラリトンをシリコンの導波モードと結合させることで、はるかに丈夫な構造において熱輻射を増強できることが明らかになりました。シリコンから空間への放熱が増強できることから、今後、電子機器における熱管理、輻射ヒーターや宇宙空間での放熱などにも応用が期待されます。

○発表者・研究者等情報:
東京大学
大学院工学系研究科
立川 冴子 博士課程/日本学術振興会特別研究員(研究当時)
現:産業技術総合研究所 計量標準総合センター 研究員

生産技術研究所
野村 政宏 教授
ホセ オルドネス 国際研究員
兼:フランス国立科学研究センター 研究者
ロラン ジャラベール 国際研究員
兼:フランス国立科学研究センター 研究エンジニア
セバスチャン ヴォルツ 国際研究員
兼:フランス国立科学研究センター 研究ディレクター

○論文情報:
〈雑誌名〉Physical Review Letters
〈題名〉Enhanced Far-field Thermal Radiation through a Polaritonic Waveguide
〈著者名〉S. Tachikawa, J. Orgonez-Miranda, L. Jalabert, Y. Wu, R. Anufriev, Y. Guo, B. Kim, H. Fujita, S. Volz, and *M. Nomura
〈DOI〉10.1103/PhysRevLett.132.186904

○研究助成:
本研究は、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 CREST「ナノスケール・サーマルマネージメント基盤技術の創出(研究総括:丸山 茂夫)課題番号:JPMJCR19I1」、「微小エネルギーを利用した革新的な環境発電技術の創出(研究総括:谷口 研二)課題番号:JPMJCR19Q3」、日本学術振興会 科学研究費助成事業(課題番号:21H04635、JP20J13729)、日本学術振興会 Core-to-Core Program(課題番号:JPJSCCA20190006)などの支援により実施されました。

○用語解説:
(注1)プランクの熱放射則、黒体輻射限界
マックス・プランク(ドイツの物理学者、1858年~1947年)によって導かれた、黒体からの熱輻射に関する法則。電磁波をすべて吸収する、つまり放射率が1である理想物体を黒体と呼び、黒体から放射される熱輻射のエネルギーは、温度と波長の関数(関係式)で表せる。実際の物体は放射率が1より小さいため、熱輻射のエネルギーはこの関係式で得られる強度より小さくなる。そこで、黒体から得られる最大の熱輻射のエネルギーを特に、黒体輻射限界と呼ぶ。なお、マックス・プランクはこれらの功績により、1918年にノーベル物理学賞を受賞した。輻射と放射は同意語。

(注2)表面フォノンポラリトン
誘電体の界面における格子振動が電磁波により励起され、励起された格子振動により電磁波が増幅される現象。格子振動と電磁波の共振による連成波のこと。界面に局在し、面内方向に伝播する。熱によって励起され、励起に際しての共振周波数が熱輻射である赤外領域にあたるため、光速に近いスピードで面内方向に熱を運ぶキャリアとして注目を集めている。

(注3)誘電体
構成分子が極性を持っており、外部電場に対して電気双極子を生じる材料。そのため双極子の振動と電磁波が共振を起こし、界面で表面フォノンポラリトンが生じる。

(注4)導波モード
屈折率の異なる材料を重ねることで、全反射や屈折により中心の材料のみに光を伝搬させる導波路構造において、導波路のサイズと波長の関係から、導波路内に存在できる定在波。

○問い合わせ先:
〈研究に関する問い合わせ〉
東京大学 生産技術研究所
教授 野村 政宏(のむら まさひろ)

〈報道に関する問い合わせ〉
東京大学 生産技術研究所 広報室
科学技術振興機構 広報課

〈JST事業に関する問い合わせ〉
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
安藤 裕輔(あんどう ゆうすけ)

0403電子応用
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