2023-12-20 理化学研究所
理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター 量子機能システム研究グループの松尾 貞茂 研究員、井本 隆哉 研修生(研究当時)、佐藤 洋介 リサーチアソシエイト(研究当時)、樽茶 清悟 グループディレクター(量子コンピュータ研究センター 半導体量子情報デバイス研究チーム チームリーダー)らの国際共同研究グループは、二つのジョセフソン接合[1]がコヒーレント結合[2]した際に形成されるアンドレーエフ分子[3]の観測とその制御に成功しました。
本研究成果は、コヒーレントに結合したジョセフソン接合で発現する新奇な超伝導現象の微視的機構の理解を発展させると期待されます。
ジョセフソン接合は二つの超伝導体[4]の間に非常に薄い絶縁体や伝導体を挟んだ接合で、磁気センサーや量子コンピュータにおいて主要な役割を担います。近年、二つのジョセフソン接合が一つの超伝導体を共有した素子構造において、ジョセフソン接合を流れる超伝導電流[4]の非局所制御やそれに伴う超伝導ダイオード効果などの新奇な超伝導現象が実現されています。
今回、国際共同研究グループは、二つのジョセフソン接合がコヒーレント結合した素子について、接合中の電子状態のエネルギー構造をトンネル分光測定[5]で評価しました。その結果、二つの接合内に形成されているアンドレーエフ分子を検出し、また位相差によりアンドレーエフ分子のエネルギーを制御できることを実証しました。本結果はアンドレーエフ分子の特性を理解し、結合したジョセフソン接合における新奇な超伝導現象の物理を解明するために有用な知見を与える重要な成果です。
本研究は、オンライン科学雑誌『Nature Communications』(12月13日付)に掲載されました。
本研究結果の概念図
背景
ジョセフソン接合は、高感度磁気センサーや量子コンピュータ技術への応用に代表されるように、今日の科学技術社会において重要な役割を果たしています。
単一のジョセフソン接合内において電子はアンドレーエフ束縛状態[3]と呼ばれる特殊な状態を形成しています。このアンドレーエフ束縛状態はジョセフソン接合を流れる超伝導電流の特性を決定しており、ジョセフソン接合の電子物性の微視的機構を与えます。
近年、二つのジョセフソン接合が超伝導体を共有する場合に、それぞれの接合内に存在するアンドレーエフ束縛状態が超伝導体を介してコヒーレント結合し、アンドレーエフ分子と呼ばれる状態が形成されると提案されました。これは、二つの水素原子がコヒーレント結合することで水素分子が形成される物理に類似した現象として理解できます。コヒーレント結合したジョセフソン接合に関して、これまでに国際共同研究グループは超伝導電流の非局所制御注1)や超伝導ダイオード効果注2)の観測に成功してきました。これらの現象はコヒーレント結合したジョセフソン接合内のアンドレーエフ分子に由来していると解釈されていました。これらの現象の詳細な微視的機構の理解、および結合したジョセフソン接合における新奇超伝導現象のさらなる開拓のためにはアンドレーエフ分子の特性を理解することが不可欠です。しかし、結合したジョセフソン接合においてアンドレーエフ分子のエネルギー構造を直接観測した例はありませんでした。
注1)2022年9月13日プレスリリース「素子間の結合による超伝導電流の非局所制御に成功」
注2)2023年8月1日プレスリリース「素子間の結合により超伝導ダイオードを実現」
研究手法と成果
国際共同研究グループは半導体(インジウムヒ素)基板上に、一つの超伝導体(アルミニウム)を共有する二つのジョセフソン接合(JJLとJJR)の電子素子を作製しました。図1のように二つのジョセフソン接合はそれぞれ超伝導ループに埋め込まれた構造になっています。ジョセフソン接合を流れる超伝導電流の大きさは二つの超伝導体間の位相の差(位相差[6])に依存して変化します。この位相差は超伝導ループ内を貫く磁場によって決まっているため、磁場を変化させることでJJLとJJRの位相差を制御することが可能です。また、各ジョセフソン接合を電気的にON/OFFするために、超伝導ループのループ内にゲート電極gL、gRをそれぞれ設けています。
本電子素子では、ジョセフソン接合内の電子状態をトンネル分光測定により検出するために、各接合の端にゲート電極構造g1、g2、g3を設けています。JJLのトンネル分光測定にはg1とg2を、JJRのトンネル分光測定にはg2とg3を用いました。実験では、極低温10mKにおいて、それぞれのジョセフソン接合の端に形成された各ポテンシャル障壁を流れる電流を測定することでトンネル分光測定を行いました。
図1 素子の電子線顕微鏡写真と模式図
基板上に作製された素子の電子線顕微鏡写真(左)とその模式図(右)。青色部分は超伝導体であるアルミニウムを示している。超伝導体のループ構造内を貫く磁場により、ループに埋め込まれているジョセフソン接合JJLとJJRの位相差が制御できる。各接合の電気制御およびポテンシャル障壁の形成に用いたゲート電極構造が黄色で示されている。
まず、JJL側のトンネル分光測定をした結果を示します(図2左)。図2左上はgRに負のゲート電圧を加えてJJRを電気的にスイッチオフした場合、つまり単一のJJLが持つエネルギー状態を示した結果です。伝導度の大きな領域(図中の桃色部分)ではジョセフソン接合内に電子状態が存在しており、その電子状態の持つエネルギーが電圧に対応しています。単一のJJL内のアンドレーエフ束縛状態の特性が反映されており、磁場によって位相差の変化に伴って束縛状態のエネルギーが周期的に振動している様子が分かります。
次に、JJRを電気的にスイッチオンした場合、JJLとJJRは、JJLとJJR間の超伝導体を共有してコヒーレントに結合します。測定したJJL側のトンネル分光測定の結果(図2左下)は、単一JJLの分光結果(図2左上)とは大きく異なります。この結果から、JJLとJJRのアンドレーエフ束縛状態は、中央の超伝導体を介してコヒーレント結合し、アンドレーエフ分子が形成されたと理解できます。
アンドレーエフ分子の形成が起きている場合、JJL側のみではなくJJR側の電子状態のエネルギー構造にも同様の変化が起きているべきです。そこで、次にJJRのトンネル分光測定を行いました(図2右)。
まずgLに負のゲート電圧を加えてJJLをスイッチオフした場合、つまり単一のJJRのトンネル分光測定を行った結果(図2右上)を見ると、図2左上と同様に単一のJJRで形成されているアンドレーエフ束縛状態のエネルギーが磁場に対して周期的に振動している様子が分かります。
最後に、JJLをスイッチオンしてJJRとJJLがコヒーレントに結合した場合のJJRのトンネル分光測定の結果(図2右下)は、単一のJJRの分光結果(図2右上)と大きく異なっている一方、JJRとコヒーレント結合したJJLの分光結果(図2左下)と同じ特徴を有しています。したがって、JJLとJJRのアンドレーエフ束縛状態がコヒーレント結合して形成されているアンドレーエフ分子の検出に成功したといえます。また、アンドレーエフ分子のエネルギーの磁場に対する依存性は、磁場によるジョセフソン接合の位相差の制御によってもたらされています。このことから、アンドレーエフ分子の位相制御にも成功したといえます。
アンドレーエフ分子の持つエネルギー構造の位相差に対する依存性について、数値計算を行いました。その結果、数値計算により得られたアンドレーエフ分子のエネルギー構造が図2下で得られた実験結果を良く再現しており、得られた実験結果がアンドレーエフ分子およびその位相制御を示しているという結論を支持しています。
また、図2上の単一の接合の分光結果について、測定した磁場領域においてバイアス電圧がゼロの場合には電子状態が存在しません。一方、二つのジョセフソン接合がコヒーレント結合するとバイアス電圧がゼロ、つまりゼロエネルギーに存在する電子状態が検出されています。超伝導素子でのゼロエネルギー状態はマヨラナ粒子[7]と関連している可能性があります。今回検出されたゼロエネルギー状態の起源を解明していくことが今後望まれます。
図2 トンネル分光測定で得られた実験結果
JJLおよびJJRのトンネル分光結果。左上は単一JJLの、左下はJJRとコヒーレント結合したJJLのトンネル分光測定結果。右上は単一JJRの、右下はJJLとコヒーレント結合したJJRのトンネル分光測定結果。単一のジョセフソン接合とコヒーレント結合した接合の結果ではその特徴が大きく異なっていることが分かる。これはアンドレーエフ分子の形成に由来している。
今後の期待
本研究ではコヒーレント結合によるジョセフソン接合において、トンネル分光測定によってアンドレーエフ分子のエネルギー構造の検出に成功し、またその位相制御が可能であることを実証しました。これは、ジョセフソン接合におけるコヒーレント結合の本質であるアンドレーエフ分子の特性の理解や、それを用いた新奇超伝導現象、および新しい超伝導機能素子の実現につながる重要な成果です。本成果を基に、今後の発展が期待できます。
また、本研究では、ある条件でゼロエネルギーにアンドレーエフ分子が存在する様子も観測されました。超伝導素子におけるゼロエネルギー状態は現在研究が進んでいるマヨラナ粒子と関連する可能性があるため、今後の研究によるゼロエネルギー状態の形成過程の解明が望まれます。
補足説明
1.ジョセフソン接合
二つの超伝導体の間に非常に薄い絶縁体もしくは伝導体(電子を流す物質)を挟んだ接合のことで、超伝導電流が電極間に流れる。
2.コヒーレント結合
二つの波がそれぞれの位相を失わずに干渉することで形成される結合のこと。本研究では、ジョセフソン接合において形成される状態がもう一方の接合の状態と波としての位相を失わずに干渉し、結合が生じることを指す。
3.アンドレーエフ分子、アンドレーエフ束縛状態
ジョセフソン接合内部に電子が閉じ込められることによって形成される状態をアンドレーエフ束縛状態と呼ぶ。二つのジョセフソン接合が一つの超伝導体を共有した素子において、各接合の束縛状態の間で結合が起きるとアンドレーエフ束縛状態のエネルギー構造が変化する。この状態をアンドレーエフ分子と呼ぶ。
4.超伝導体、超伝導電流
超伝導は、ある温度以下で電気抵抗がゼロになる状態。超伝導を示す物質である超伝導体の内部では二つの電子が対(クーパー対)を形成しており、その流れを超伝導電流という。
5.トンネル分光測定
ポテンシャル障壁にバイアス電圧を印加したときに、障壁をトンネルして流れる電流からトンネル微分伝導度を評価する測定。この伝導度はバイアス電圧に対応するエネルギーを持った電子状態の密度に比例しており、伝導度のバイアス電圧に対する依存性を見ることで電子状態のエネルギー分布を知ることができる。
6.位相差
波を特徴付ける指標。超伝導体でクーパー対は波として振る舞い、位相がそろった状態を取る。二つの超伝導体はそれぞれ位相を持つので、ジョセフソン接合では二つの超伝導電極の持つ位相の差(位相差)が重要な指標となる。
7.マヨラナ粒子
自身が反粒子(ある粒子に対して、質量やスピンは同じで電荷が逆の粒子)としても振る舞うという特性を持つ。また二つのマヨラナ粒子を入れ替えると元の状態とは異なる状態に変化するという性質を持ち、量子計算に応用できると考えられている。
国際共同研究グループ
理化学研究所
創発物性科学研究センター 量子機能システム研究グループ
研究員 松尾 貞茂(マツオ・サダシゲ)
研修生(研究当時)井本 隆哉(イモト・タカヤ)
リサーチアソシエイト(研究当時)佐藤 洋介(サトウ・ヨウスケ)
グループディレクター 樽茶 清悟(タルチャ・セイゴ)
(量子コンピュータ研究センター 半導体量子情報デバイス研究チーム チームリーダー)
大阪大学
講師(研究当時)横山 知大(ヨコヤマ・トモヒロ)
名古屋大学
特任助教 中河 西翔(ナコウサイ・ショウ)
教授 田仲 由喜夫(タナカ・ユキオ)
パデュー大学(アメリカ)
研究員 タイラー・リンデマン(Tyler Lindemann)
研究員 セルゲイ・グロニン(Sergei Gronin)
研究員 ジェフリー・ガードナー(Geoffrey Gardner)
教授 マイケル・マンフラ(Michael Manfra)
研究支援
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(S)「非可換エニオンの電気的光学的制御(研究代表者:樽茶清悟)」、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業「スピン制御による新奇ジョセフソン超伝導現象の開拓(研究代表者:松尾貞茂、JPMJFR 223A)」、同戦略的創造研究推進事業さきがけ「並列二重ナノ細線と超伝導体の接合を用いた無磁場でのマヨラナ粒子の実現(研究代表者:松尾貞茂、JPMJPR18L8)」、新世代研究所ATI研究助成「並列ジョセフソン接合間に流れる非局所超伝導電流の制御」による助成を受けて行われました。
原論文情報
Sadashige Matsuo, Takaya Imoto, Tomohiro Yokoyama, Yosuke Sato, Tyler Lindemann, Sergei Gronin, Geoffrey C. Gardner, Sho Nakosai, Yukio Tanaka, Michael J. Manfra, Seigo Tarucha, “Phase-dependent Andreev molecules and superconducting gap closing in coherently-coupled Josephson junctions”, Nature Communications, 10.1038/s41467-023-44111-3
発表者
理化学研究所
創発物性科学研究センター 量子機能システム研究グループ
研究員 松尾 貞茂(マツオ・サダシゲ)
研修生(研究当時)井本 隆哉(イモト・タカヤ)
リサーチアソシエイト(研究当時)佐藤 洋介(サトウ・ヨウスケ)
グループディレクター 樽茶 清悟(タルチャ・セイゴ)
(量子コンピュータ研究センター 半導体量子情報デバイス研究チーム チームリーダー)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当